トヨタ「パワハラ自殺」に反省なし
メディアが流す「章男美談」の大嘘
2021年7月号公開
またもトヨタ自動車で章男社長を「ヨイショ」する情報リークだ。もはや「年中行事」ではあるが、そのネタが「パワハラ自殺事件」なのだから穏やかではない。二〇一七年十月に東京大学大学院修了の男性社員(当時二十八歳)が上司から激しいパワハラを受け自殺した事件だ。「バカ、アホ」「こんな説明ができないなら死んだ方がいい」「(地方大学から東大大学院に進学した)学歴ロンダリングだから、こんなこともわからないんや」などと悪口雑言の限りを尽くした執拗なパワハラ行為が繰り返されており、会社側に非があるのは明らかだ。
その最高責任者は言うまでもなく章男社長である。本来ならば自責の念に打ちひしがれそうなものだが、章男社長はとんでもない行為に出た。遺族との和解を利用して自らの「心優しき経営者」ぶりを大々的にアピールしたのである。六月にメディアやライターに情報を一斉リークし、「章男社長自らが遺族に二度も頭を下げた」「担当者からは何も知らされていなかった」などと擁護するニュースを書かせたのだ。報道で事件を知るまでは章男社長に情報が上がってこなかったというが、みずほ銀行の藤原弘治頭取が二一年二月の大規模なシステム障害をインターネットニュースで知ったことは報道で厳しく非難されている。章男社長と大違いだ。
イメージアップに「利用」
章男社長を称賛する連載をまとめた書籍『豊田章男』の著者でもある経済ジャーナリストの片山修氏は、東洋経済ONLINEで「パワハラ自殺で遺族に2度謝罪、豊田章男氏の心中」と題する記事を公開。「章男氏が遺族に2度にわたって直接謝罪したことの背景は、章男氏自身が、会社の中で居場所がなく、つらいサラリーマン生活を送ってきたことと無関係ではないだろう」「章男氏は『二度とこういうことを起こさない、起こる前に止めるということをやりとげるまで頑張っていく』と述べている。それは本心から出た言葉だと思う」などと、章男社長の擁護一辺倒の内容だ。
揚げ句の果てには、亡くなった社員について触れた後に「立場はまったく違うが、章男氏もトヨタでの生き方に悩み、3度にわたって“会社を辞める”といった。自分の率いるトヨタが社員を自殺に追いこんでしまったことは、章男氏にしてみれば、わが身を振り返って、それこそ痛恨の極みだった」などと、パワハラ被害者そっちのけでお涙頂戴の「章男物語」を展開する始末だ。
片山氏の記事だけではない。大手メディアの報道も五十歩百歩だ。朝日新聞は「死亡の原因がパワハラだとは、豊田氏に報告がなかった」「さらに自身に報告がなかったことを『これが今の会社の体質』と表現し、再調査と再発防止策の実行を約束した」と報じ、毎日新聞も「和解が成立した際も対面した遺族に再び陳謝し、『ご子息を忘れずに再発防止策の改善を続け、トヨタを変えていく』と述べたという」など、章男社長の直接謝罪とパワハラ根絶に向けた姿勢ばかりを強調している。
不祥事を起こした企業の社長を批判するのではなく、「改善を決意する名社長」と持ち上げる―御用メディアそのものである。しかも、パワハラ事件についての社長会見はなく、章男社長の遺族への謝罪や、その思いといった「内部情報」をリークしたのは明らかにトヨタサイドだ。パワハラ事件の「最高責任者」である章男社長が、自らのイメージアップのために社員のパワハラ自殺を「利用」したと見られても仕方あるまい。
「内部情報」の内容もお粗末だ。二度の遺族訪問は、いずれも章男社長の元上司で番頭役の小林耕士取締役が同行したという。「一人では謝罪にも行けないのか」とあきれる声が上がる一方で、「章男社長との蜜月ぶりを社内外にアピールするため、小林氏があえてリークした追加情報ではないか」(トヨタ担当の全国紙経済記者)との見方すら上がっているという。それが事実なら、亡くなった社員も浮かばれない。
事件を知った章男社長が、直ちに遺族に謝罪したという報道のストーリーにも疑問が残る。事件発生から二年近くにわたり、トヨタは遺族に対して「死亡は上司の言動によるものとまでは認められず、会社として責任を負うものではない」と主張し、頑としてパワハラを否定した。ところが一九年九月に豊田労働基準監督署が労災と認定する。章男社長が最初に謝罪に訪れたのは、労災認定が報道された同十一月になってからのこと。遺族訪問は「自らの責任を回避するための報道向けのアリバイ作りではないか」(前出経済記者)との声すらある。
「トヨタがパワハラを認める決定打となったのは労災認定だが、背景には法律改正があった」と、労働問題に詳しい大学研究者はみる。一九年五月に成立した「改正労働施策総合推進法」、いわゆる「パワハラ防止法」だ。かつては被害立証が難しく労災認定や労働者からの賠償請求は難しいとされてきたパワハラ被害について、企業側の責任が厳しく問われることになった。章男社長は「トヨタはパワハラ企業」と批判されることを恐れたのだ。そうしたイメージを払拭するために「お涙頂戴の和解劇」を演出したのである。そんなことよりも、章男社長自身が記者会見を開いてパワハラ防止の決意を表明すべきではなかったか。
章男主導の制度変更が原因
一方、トヨタの現場では遺族に「二度とパワハラ事件を起こさない。それをやりとげるまで頑張る」と約束した章男社長の発言に、冷ややかな反応を示す社員も多いという。今回和解した事件で社員が自殺したのは、章男社長主導で成果主義賃金制度への移行が一気に進んだ時期だ。「時間と場所にとらわれない働き方」と言えば聞こえがいいが、長時間勤務を強いる上に成果第一主義に陥りかねない裁量労働制的な要素を含む「Free Time & Location for Innovation=FTL(I)」を労働組合にのませた時期に当たる。
とりわけ管理職へのプレッシャーは強かった。パワハラをした上司も被害者に「おまえが休むと俺の立場も悪くなる」と責め立てたという。「部下を自殺に追い込んだ上司は言語道断だが、会社が彼を追い詰めていた可能性は否定できない」(トヨタ関係者)。今回の事件でパワハラ行為を繰り返した上司を就業規則に基づき処分したが、その原因を作ったのは章男社長ではなかったか。「事件の報告はなかったというが、都合の悪い報告が上がってこなかったのも章男社長の責任だ」(同前)。
自らの責任は棚に上げ、社員を悪人にしたてて、自殺事件をも「名経営者物語」にすり替える章男社長に、社内からはため息が漏れるばかりだ。
その最高責任者は言うまでもなく章男社長である。本来ならば自責の念に打ちひしがれそうなものだが、章男社長はとんでもない行為に出た。遺族との和解を利用して自らの「心優しき経営者」ぶりを大々的にアピールしたのである。六月にメディアやライターに情報を一斉リークし、「章男社長自らが遺族に二度も頭を下げた」「担当者からは何も知らされていなかった」などと擁護するニュースを書かせたのだ。報道で事件を知るまでは章男社長に情報が上がってこなかったというが、みずほ銀行の藤原弘治頭取が二一年二月の大規模なシステム障害をインターネットニュースで知ったことは報道で厳しく非難されている。章男社長と大違いだ。
イメージアップに「利用」
章男社長を称賛する連載をまとめた書籍『豊田章男』の著者でもある経済ジャーナリストの片山修氏は、東洋経済ONLINEで「パワハラ自殺で遺族に2度謝罪、豊田章男氏の心中」と題する記事を公開。「章男氏が遺族に2度にわたって直接謝罪したことの背景は、章男氏自身が、会社の中で居場所がなく、つらいサラリーマン生活を送ってきたことと無関係ではないだろう」「章男氏は『二度とこういうことを起こさない、起こる前に止めるということをやりとげるまで頑張っていく』と述べている。それは本心から出た言葉だと思う」などと、章男社長の擁護一辺倒の内容だ。
揚げ句の果てには、亡くなった社員について触れた後に「立場はまったく違うが、章男氏もトヨタでの生き方に悩み、3度にわたって“会社を辞める”といった。自分の率いるトヨタが社員を自殺に追いこんでしまったことは、章男氏にしてみれば、わが身を振り返って、それこそ痛恨の極みだった」などと、パワハラ被害者そっちのけでお涙頂戴の「章男物語」を展開する始末だ。
片山氏の記事だけではない。大手メディアの報道も五十歩百歩だ。朝日新聞は「死亡の原因がパワハラだとは、豊田氏に報告がなかった」「さらに自身に報告がなかったことを『これが今の会社の体質』と表現し、再調査と再発防止策の実行を約束した」と報じ、毎日新聞も「和解が成立した際も対面した遺族に再び陳謝し、『ご子息を忘れずに再発防止策の改善を続け、トヨタを変えていく』と述べたという」など、章男社長の直接謝罪とパワハラ根絶に向けた姿勢ばかりを強調している。
不祥事を起こした企業の社長を批判するのではなく、「改善を決意する名社長」と持ち上げる―御用メディアそのものである。しかも、パワハラ事件についての社長会見はなく、章男社長の遺族への謝罪や、その思いといった「内部情報」をリークしたのは明らかにトヨタサイドだ。パワハラ事件の「最高責任者」である章男社長が、自らのイメージアップのために社員のパワハラ自殺を「利用」したと見られても仕方あるまい。
「内部情報」の内容もお粗末だ。二度の遺族訪問は、いずれも章男社長の元上司で番頭役の小林耕士取締役が同行したという。「一人では謝罪にも行けないのか」とあきれる声が上がる一方で、「章男社長との蜜月ぶりを社内外にアピールするため、小林氏があえてリークした追加情報ではないか」(トヨタ担当の全国紙経済記者)との見方すら上がっているという。それが事実なら、亡くなった社員も浮かばれない。
事件を知った章男社長が、直ちに遺族に謝罪したという報道のストーリーにも疑問が残る。事件発生から二年近くにわたり、トヨタは遺族に対して「死亡は上司の言動によるものとまでは認められず、会社として責任を負うものではない」と主張し、頑としてパワハラを否定した。ところが一九年九月に豊田労働基準監督署が労災と認定する。章男社長が最初に謝罪に訪れたのは、労災認定が報道された同十一月になってからのこと。遺族訪問は「自らの責任を回避するための報道向けのアリバイ作りではないか」(前出経済記者)との声すらある。
「トヨタがパワハラを認める決定打となったのは労災認定だが、背景には法律改正があった」と、労働問題に詳しい大学研究者はみる。一九年五月に成立した「改正労働施策総合推進法」、いわゆる「パワハラ防止法」だ。かつては被害立証が難しく労災認定や労働者からの賠償請求は難しいとされてきたパワハラ被害について、企業側の責任が厳しく問われることになった。章男社長は「トヨタはパワハラ企業」と批判されることを恐れたのだ。そうしたイメージを払拭するために「お涙頂戴の和解劇」を演出したのである。そんなことよりも、章男社長自身が記者会見を開いてパワハラ防止の決意を表明すべきではなかったか。
章男主導の制度変更が原因
一方、トヨタの現場では遺族に「二度とパワハラ事件を起こさない。それをやりとげるまで頑張る」と約束した章男社長の発言に、冷ややかな反応を示す社員も多いという。今回和解した事件で社員が自殺したのは、章男社長主導で成果主義賃金制度への移行が一気に進んだ時期だ。「時間と場所にとらわれない働き方」と言えば聞こえがいいが、長時間勤務を強いる上に成果第一主義に陥りかねない裁量労働制的な要素を含む「Free Time & Location for Innovation=FTL(I)」を労働組合にのませた時期に当たる。
とりわけ管理職へのプレッシャーは強かった。パワハラをした上司も被害者に「おまえが休むと俺の立場も悪くなる」と責め立てたという。「部下を自殺に追い込んだ上司は言語道断だが、会社が彼を追い詰めていた可能性は否定できない」(トヨタ関係者)。今回の事件でパワハラ行為を繰り返した上司を就業規則に基づき処分したが、その原因を作ったのは章男社長ではなかったか。「事件の報告はなかったというが、都合の悪い報告が上がってこなかったのも章男社長の責任だ」(同前)。
自らの責任は棚に上げ、社員を悪人にしたてて、自殺事件をも「名経営者物語」にすり替える章男社長に、社内からはため息が漏れるばかりだ。
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