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連載

皇室の風 156

密かな愛読書
岩井 克己

2021年8月号

 あのとき田中角栄は確かに首を横に振ってくれた。
 一九八三(昭和五十八)年十月二十八日、ホテルオークラ。ロッキード事件丸紅ルート裁判で有罪判決を受けた田中は、九〇二号室で中曽根康弘首相から差しで議員辞職を迫られているはずだった。
 長い会談を終えた田中は、報道陣が待ち構える車寄せへと歩いてきた。目をらんらんと光らせ口をへの字に結んでいた。
 思い切って「田中さん、お辞めになるんですか?」と声をかけた。田中は口元を緩め、わずかに首を横に動かしかけたが、途中でやめて、黙って車に乗り込んだ。動きはほんの数センチ。それだけでは怖くて雑観原稿には盛り込めなかった。田中との接点はこの一瞬が最初で最後だった。
 四月三十日、立花隆が死去した。享年八十。
 彼の『田中角栄研究』が火をつけた金脈問題とロッキード疑獄では、張り込み要員の末端記者の悲哀を味わった世代である。
 間もなく皇室担当となり「昭和の終焉」に忙殺され事件取材とは縁遠くなったが、往時の先輩ジャーナリストたちの活躍は、血湧き肉躍りまぶしかった。ウォーターゲート事件のウッドワード・・・

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