「統一戦線」という言葉は、中国共産党にとって魔法のような響きを持つ。内戦と日本軍侵攻に苦しんでいた一九三〇年代。毛沢東は、「抗日民族統一戦線」を唱え、立場を乗り越えて日本打倒に団結しようと、中国人に呼び掛けた。
　共産党が勝利し、中華人民共和国が成立した後も、統一戦線の仕事は続いた。任務は、国内の反共勢力や外国勢力をあぶりだし、国民を共産党に引き付けることだ。統一戦線部（統戦部）は、強大なスパイ機関に発展していった。
　現在は、宗教問題、少数民族、チベット自治区、新疆ウイグル自治区、台湾、香港、マカオ、海外在住の中国人などを担当する。換言すれば、中国の強権政治や人権弾圧の一切を取り仕切っているのが、統戦部である。
　尤権は今年六十七歳。二〇一七年から、統戦部のトップを務めている。小柄で、たたずまいは温厚な学者のようだが、素顔はまるで違う。もはや「スパイの親玉」という言葉では表しきれない、一党独裁の執行人なのだ。
　習近平国家主席は、父・習仲勲の代から統戦部と縁が深い。仲勲は抗日戦争で、共産党が弱い地域に潜入し、革命拠点を作ることに大きな才能を発揮・・・