皮肉屋で聞こえた山本夏彦の持論に「事実があるから報道があるのではない。報道があるから事実があるのである」というのがある。
　一九六九年の宇宙船アポロの月到達を中国人民は知らない。中国の新聞はアメリカの成功を伝えなかったからである。また、七四年に北朝鮮が板門店の地下に掘っていたトンネルを韓国が発見して大騒ぎになったことを、日本人は知らなかった。新聞がほとんど記事にしなかったからだ。さらに、と幾つもの「論じてさえいれば、必ず証拠は証拠でなくなる」例を挙げて、「論より証拠というが、証拠より論である」と断じた。「都合の悪い事実というものは、そもそもこの世に存在しないのである」。
　報道を「フェイク」と決めつけ、選挙敗北の結果に駄々っ子のごとく抗い続けたアメリカの前大統領がやっと舞台から去ったが、事実を疎かにすることで人後に落ちない男だった。詳細はボブ・ウッドワードによる『ＦＥＡＲ　恐怖の男』と、それに続く『ＲＡＧＥ　怒り』の二作で知れる。二〇一七年の政権発足から二〇年の選挙前までのホワイトハウスの内幕が手に取るように語られている。
　トランプより先に退場した「ゴ・・・