塩野義製薬の止まらぬ「業績下降」
コロナで晒した「成長限界」
2021年3月号公開
塩野義製薬の地盤沈下が著しい。そのことを印象づけたのが、一月三十日に大阪大学と国立循環器病研究センターが共同で開いた記者会見だ。この会見では、阪大にいた野尻崇医師らが複数の論文でデータを捏造、改竄していたことが報告された。うち一本は二〇一五年の『米科学アカデミー紀要』に発表されたもので、心臓病治療ホルモンhANPを用いることで肺がんの転移を防ぐことができるという基礎研究だ。
阪大と国立循環器病研究センターは一五年から十施設と共同で、hANPを肺がん患者に投与する臨床試験JANPを進めており、百六十人が既に投与を受けていた。深刻な有害事象は報告されていないが、「でっち上げの基礎データを根拠に、臨床試験を進めるのは前代未聞」(医学部教授)だ。阪大は既に退職している野尻医師を「懲戒解雇相当」とする処分を下した。その阪大・国立循環器病研究センターに五億円の研究資金を提供していたのが、塩野義だ。
インフルエンザ治療薬群が沈没
塩野義は一八七八年に大阪・道修町で創業した塩野義三郎商店以来、百四十三年の歴史を有する。一九八二年には、世界初のオキサセフェム系抗生剤シオマリンの開発に成功し、抗生剤メーカーとして名を馳せた。抗生剤市場が縮小すると、自社で創製した高脂血症治療薬クレストールの権利を一九九八年に英アストラゼネカに導出し、二〇〇五年に発売した。さらに一四年にはHIV治療薬テビケイ、一八年にはインフルエンザウイルス治療薬ゾフルーザを発売している。さらに、昨年四月には新型コロナウイルス(以下、コロナ)のワクチン開発に乗り出すことを発表した。
株価は〇五年一月の一千三百円から、五千九百七十六円(二月十二日時点)へと鰻登りだ。一一年五月には手代木功社長が第十四代日本製薬工業協会会長に就任している。
しかし、現在の塩野義の決算を見ると、昨年四~十二月の売上収益は二千二百四十四億円で、前年同期比マイナス一一・九%の落ち込みだ。塩野義の収益は国内医療用医薬品とHIV治療薬のロイヤルティ収入などが二本柱だが、いずれも調子が悪い。前者は七百十八億円で、前年同期比マイナス一〇・五%、後者は一千百四十八億円で同マイナス一一・五%だ。
もっとも、減収には特殊要因もある。ロイヤルティ収入の減少は為替とコロナのパンデミックが影響し、塩野義が得意とする感染症治療薬の売り上げが激減した。四~十二月の売り上げは七十六億円で、前年同期比マイナス四〇・七%だ。特にインフルエンザ治療薬群の売り上げが二億円で、同八八・二%の減少だ。ゾフルーザに至っては二億円しか売れていない。
しかし、こうした特殊要因がなくなったとしても、状況が改善する可能性は低い。「稼げる薬がない」(製薬業界関係者)からだ。四~十二月期決算で、売り上げを大きく伸ばしたのは注意欠陥・多動性障害(ADHD)治療薬インチュニブ(九十六億円、前年同期比三五・五%増)くらいで、塩野義の主力商品であったクレストールは五十一億円(前年同期比マイナス二二・五%)、オピオイド系治療薬オキシコンチン類は四十一億円(同マイナス一三・四%)と大きく売り上げを落としている。既に特許が切れているクレストールや、競合品が多いオキシコンチンに大きな売り上げ増は期待できない。
塩野義が生き残るには、新薬を作り続けるしかない。塩野義は現在、国内外で九つの新薬が、十七の適応の取得を目指して、後期臨床開発の段階にある。内訳は第三相臨床試験が九つ、承認申請中が二つ、承認済みで発売準備中が六つだ。多数の新薬候補を抱えているが、問題はその中身だ。このうち十一がインフルエンザ治療薬で、残りはHIV治療薬二つ、抗菌剤二つ、うつ病治療薬一つ、食道がん治療薬一つだ。インフルエンザ治療薬の開発に偏重しており、コロナパンデミックが収束しなければ、新薬を販売できても、大した売り上げは期待できない。
コロナ治療薬も絶望的
では、コロナワクチンや治療薬の開発はどうなっているだろうか。一九年十二月に、バイオベンチャーのUMNファーマを総額六十六億円で買収して、遺伝子組み換え技術により目的遺伝子をバキュロウイルスに導入し、そのウイルスを昆虫細胞に感染させて大量培養する技術を獲得した。ワクチン開発は「職人芸の世界」だが、UMNファーマの買収で、ノウハウと専門家を確保した。塩野義は、コロナワクチン開発でもっとも期待が寄せられている日本メーカーだ。
ところが、開発が一向に進まない。当初、今年一月から医療従事者を対象にワクチンの供給を開始すると発表し、昨年中にアピ社とその子会社ユニジェン社と提携し、ワクチン生産体制を整備したが、第一・二相試験が始まったのが昨年十二月だ。米ファイザーや英アストラゼネカからは周回遅れで、塩野義のワクチンが承認されたころには、日本人は集団免疫を獲得してしまっている可能性が高い。「新興国向けに格安で輸出するしかない」(前出の製薬業界関係者)のが実情だ。
コロナ治療薬も同様だ。米バイオエイジから導入したプロスタグランジン受容体拮抗薬(BGE-一七五)も「有効性と安全性のさらなる検証が必要と判断し、二〇二〇年度内の臨床試験目標を断念」と発表した。BGE-一七五はアレルギー性鼻炎を対象に海外で第三相臨床試験が既に実施されており、安全性について懸念はない。「デューディリジェンスが甘く、駄目な薬を掴まされた」というのが、業界の共通した見方だ。塩野義が生き残るには、コロナ治療薬の分野で新薬を開発する必要があるが、「現状では何も候補がない」(前出の製薬業界関係者)という。
冒頭で紹介したhANP、コロナワクチン、BGE-一七五の顛末は、現在の塩野義の実力を反映している。有望な新薬候補を打ち上げるが、インフルエンザ治療薬開発以外、どれもうまくいかず、ひっそりと消えていく。一六年二月、東京大学発のバイオベンチャーであるペプチドリームと業務提携し、大きな話題となったが、二月一日の決算資料からはペプチドリームの名前は消えた。巨額の資金を浪費し続けてきたことになる。
塩野義に残された時間は多くない。二八年には膨大なロイヤルティ収入をもたらしていたHIV治療薬の特許が切れる。危機感を抱く塩野義は昨年六月、「二〇三〇年Visionと新中期経営計画(二一年三月期-二五年三月期)」を発表したが、二〇年度の目標は未達となる公算が大きく、中期計画の最初から失敗したことになる。このままインフルエンザ以外の新薬を作れなければ、コロナと共に沈没することになりそうだ。
阪大と国立循環器病研究センターは一五年から十施設と共同で、hANPを肺がん患者に投与する臨床試験JANPを進めており、百六十人が既に投与を受けていた。深刻な有害事象は報告されていないが、「でっち上げの基礎データを根拠に、臨床試験を進めるのは前代未聞」(医学部教授)だ。阪大は既に退職している野尻医師を「懲戒解雇相当」とする処分を下した。その阪大・国立循環器病研究センターに五億円の研究資金を提供していたのが、塩野義だ。
インフルエンザ治療薬群が沈没
塩野義は一八七八年に大阪・道修町で創業した塩野義三郎商店以来、百四十三年の歴史を有する。一九八二年には、世界初のオキサセフェム系抗生剤シオマリンの開発に成功し、抗生剤メーカーとして名を馳せた。抗生剤市場が縮小すると、自社で創製した高脂血症治療薬クレストールの権利を一九九八年に英アストラゼネカに導出し、二〇〇五年に発売した。さらに一四年にはHIV治療薬テビケイ、一八年にはインフルエンザウイルス治療薬ゾフルーザを発売している。さらに、昨年四月には新型コロナウイルス(以下、コロナ)のワクチン開発に乗り出すことを発表した。
株価は〇五年一月の一千三百円から、五千九百七十六円(二月十二日時点)へと鰻登りだ。一一年五月には手代木功社長が第十四代日本製薬工業協会会長に就任している。
しかし、現在の塩野義の決算を見ると、昨年四~十二月の売上収益は二千二百四十四億円で、前年同期比マイナス一一・九%の落ち込みだ。塩野義の収益は国内医療用医薬品とHIV治療薬のロイヤルティ収入などが二本柱だが、いずれも調子が悪い。前者は七百十八億円で、前年同期比マイナス一〇・五%、後者は一千百四十八億円で同マイナス一一・五%だ。
もっとも、減収には特殊要因もある。ロイヤルティ収入の減少は為替とコロナのパンデミックが影響し、塩野義が得意とする感染症治療薬の売り上げが激減した。四~十二月の売り上げは七十六億円で、前年同期比マイナス四〇・七%だ。特にインフルエンザ治療薬群の売り上げが二億円で、同八八・二%の減少だ。ゾフルーザに至っては二億円しか売れていない。
しかし、こうした特殊要因がなくなったとしても、状況が改善する可能性は低い。「稼げる薬がない」(製薬業界関係者)からだ。四~十二月期決算で、売り上げを大きく伸ばしたのは注意欠陥・多動性障害(ADHD)治療薬インチュニブ(九十六億円、前年同期比三五・五%増)くらいで、塩野義の主力商品であったクレストールは五十一億円(前年同期比マイナス二二・五%)、オピオイド系治療薬オキシコンチン類は四十一億円(同マイナス一三・四%)と大きく売り上げを落としている。既に特許が切れているクレストールや、競合品が多いオキシコンチンに大きな売り上げ増は期待できない。
塩野義が生き残るには、新薬を作り続けるしかない。塩野義は現在、国内外で九つの新薬が、十七の適応の取得を目指して、後期臨床開発の段階にある。内訳は第三相臨床試験が九つ、承認申請中が二つ、承認済みで発売準備中が六つだ。多数の新薬候補を抱えているが、問題はその中身だ。このうち十一がインフルエンザ治療薬で、残りはHIV治療薬二つ、抗菌剤二つ、うつ病治療薬一つ、食道がん治療薬一つだ。インフルエンザ治療薬の開発に偏重しており、コロナパンデミックが収束しなければ、新薬を販売できても、大した売り上げは期待できない。
コロナ治療薬も絶望的
では、コロナワクチンや治療薬の開発はどうなっているだろうか。一九年十二月に、バイオベンチャーのUMNファーマを総額六十六億円で買収して、遺伝子組み換え技術により目的遺伝子をバキュロウイルスに導入し、そのウイルスを昆虫細胞に感染させて大量培養する技術を獲得した。ワクチン開発は「職人芸の世界」だが、UMNファーマの買収で、ノウハウと専門家を確保した。塩野義は、コロナワクチン開発でもっとも期待が寄せられている日本メーカーだ。
ところが、開発が一向に進まない。当初、今年一月から医療従事者を対象にワクチンの供給を開始すると発表し、昨年中にアピ社とその子会社ユニジェン社と提携し、ワクチン生産体制を整備したが、第一・二相試験が始まったのが昨年十二月だ。米ファイザーや英アストラゼネカからは周回遅れで、塩野義のワクチンが承認されたころには、日本人は集団免疫を獲得してしまっている可能性が高い。「新興国向けに格安で輸出するしかない」(前出の製薬業界関係者)のが実情だ。
コロナ治療薬も同様だ。米バイオエイジから導入したプロスタグランジン受容体拮抗薬(BGE-一七五)も「有効性と安全性のさらなる検証が必要と判断し、二〇二〇年度内の臨床試験目標を断念」と発表した。BGE-一七五はアレルギー性鼻炎を対象に海外で第三相臨床試験が既に実施されており、安全性について懸念はない。「デューディリジェンスが甘く、駄目な薬を掴まされた」というのが、業界の共通した見方だ。塩野義が生き残るには、コロナ治療薬の分野で新薬を開発する必要があるが、「現状では何も候補がない」(前出の製薬業界関係者)という。
冒頭で紹介したhANP、コロナワクチン、BGE-一七五の顛末は、現在の塩野義の実力を反映している。有望な新薬候補を打ち上げるが、インフルエンザ治療薬開発以外、どれもうまくいかず、ひっそりと消えていく。一六年二月、東京大学発のバイオベンチャーであるペプチドリームと業務提携し、大きな話題となったが、二月一日の決算資料からはペプチドリームの名前は消えた。巨額の資金を浪費し続けてきたことになる。
塩野義に残された時間は多くない。二八年には膨大なロイヤルティ収入をもたらしていたHIV治療薬の特許が切れる。危機感を抱く塩野義は昨年六月、「二〇三〇年Visionと新中期経営計画(二一年三月期-二五年三月期)」を発表したが、二〇年度の目標は未達となる公算が大きく、中期計画の最初から失敗したことになる。このままインフルエンザ以外の新薬を作れなければ、コロナと共に沈没することになりそうだ。
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