みずほFG恒例「行内闘争」の戦況
坂井社長の「佐藤派一掃」はなるか
2021年2月号公開
みずほフィナンシャルグループ(FG)の坂井辰史社長が四月一日、全国銀行協会(全銀協)の会長に就任する。これまで持ち株会社トップが会長に就任した例はあるが、銀行の頭取を経験していない人物としては、みずほFG元社長として全銀協会長をつとめた前田晃伸氏(現NHK会長)以来である。しかも坂井氏は銀行の副頭取さえつとめておらず、みずほ証券社長からいきなりFG社長に抜擢された人物であり、全銀協会長の経歴としては極めて異例だ。
全銀協トップは持ち回りで、みずほ銀行の藤原弘治頭取が二〇一八年度に続いて再就任するとみられていたが、昨秋、突如としてひっくり返った。これにより「坂井氏が藤原頭取の交代を考えているのではないかという観測が急速に広がっている」(みずほ関係者)。藤原氏は旧興銀出身者が牛耳るみずほで第一勧銀出身者ではあるが、佐藤康博FG会長の覚えがめでたく頭取にまで上り詰めた人物。その藤原氏を交代させることになれば、「この間、佐藤会長と坂井社長が水面下で繰り広げてきた暗闘が新たな局面に入る」(同前)という見方が浮上している。
「みずほ証券」を金融庁が問題視
坂井氏は社長に就任した一八年以降、佐藤シンパを遠ざけて自らの地盤を固めてきた。その中で頭角を現してきた坂井派の代表が、日興証券出身でFGの執行役専務、リテール・事業法人カンパニーのトップをつとめる福家尚文氏だ。坂井氏の出身というべきみずほ証券の副社長であり、特段引き立てられてきた。この福家氏が携わり、グループの大きな収益源となった商品が今、金融庁をも巻き込む問題になり、みずほのガバナンスの欠陥をも浮き彫りにしている。
昨年暮れ、証券業界に驚きが広がった。震源になったのは十二月二十一日付の日経新聞に見開きで掲載されたみずほ証券の広告である。内容は同社の主力である一連の投信商品、「未来の世界」シリーズをアピールするもの。同シリーズ誕生の立役者として福家氏が対談形式で語る体裁だった。
同シリーズは「グローバル・ハイクオリティ成長株式ファンド」から「ESG版」まで五ファンドをそろえ、合計の設定額は二兆円超に達する久方ぶりの大ヒット投信である。なかでも、約三千八百三十億円の初期設定額だったESG版は昨年十二月時点で八千億円を超える規模にまで膨らみ、税抜き三%という販売手数料の高さもあり、「ドル箱」になっている
ところが、だ。すでに証券業界では同商品が「金融庁が強く業界に要請してきたルールを無視したかのような内容」(大手証券幹部)であることが疑問視されていた。
手数料の高さだけでなく、明らかに「販売会社主導」と言える商品であることが問題だという。金融庁は近年、投信について「顧客本位を逸脱するような手数料狙いの販売会社主導による商品組成や販売」を強く戒め続けている。
しかし、みずほ証券の商品では資産運用を担うアセットマネジメントの存在は希薄で、販売会社のみずほ証券が前面に出ている。運用委託は系列の「アセットマネジメントOne」が担う格好になっているものの、実際はモルガン・スタンレー系列の米国の会社が行っている。アセットマネジメントOneは単なるハコの提供にすぎないが、対価は与えられ、高い販売手数料はその構造に由来している。
金融庁の不快感はそれだけにとどまらないという。ESG版の組み入れ銘柄は原型となった「グローバル・ハイクオリティ成長株式ファンド」とほぼ変わらない上、いかにESG(環境、社会、ガバナンス)を軸に銘柄選定したのかという説明は販売資料などにほとんど記載されていない。これでは「ESGブームに便乗したまがい物」という判を押されかねない。しかも、原型商品ではみずほグループ以外の多くの金融機関が販売会社に並んでいたものの、ESG版はみずほ証券、みずほ銀行、みずほ信託のグループ限定扱いになった。
十二月の広告でも、グループ各社の名前が前面に出る一方で、運用会社の存在はほとんど見えない。委託会社としてアセットマネジメントOneが小さく記載されているだけだったのだ。
「これでは、販社主導でございますと自ら宣言しているに等しい」
有力資産運用会社のトップがこう苦笑いを浮かべるまでもなく、金融庁の不快感は怒りへと変わっている。この間、金融庁はみずほ証券の幹部に、同シリーズへの問題意識を伝えてきた。それでも一向に改善されず、金融庁はみずほ証券の飯田浩一社長を呼び出す事態になっていたという。しかし、飯田社長は状況を把握できていなかったというから深刻だ。
原因のひとつは親会社であるみずほFGに築かれたカンパニー制である。みずほ証券の社長は飯田氏だが、FGでは証券の副社長である福家尚文氏がリテール・事業法人部門のカンパニー長となって、証券、銀行を横断する形で掌握している。いわば、二重構造とも言うべき状態が放置されているのだ。
佐藤会長の「巻き返し」もある
みずほFGの指名委員会が坂井氏を社長に指名した際に、佐藤氏は周囲に「指名委にやられた」と不満を漏らしていたが後の祭りであった。佐藤氏は自らの右腕で、当時FG副社長を務めていた菅野暁氏を推していた。しかし旧興銀出身で国際畑や投資銀行畑を歩んできた菅野氏の経歴が、「あまりに旧来型であり、考え方も保守的だったことで指名委と溝が生じた」(みずほ銀OB)という。事業会社トップの経験がないことも問題視され、最終的には菅野氏と肌が合わなかった指名委トップの川村隆氏(元日立製作所会長)が、首を縦に振らなかったという。
まさにダークホースだった坂井氏は就任直後に、菅野氏をFG中枢から外している。その行き先が前述した「ハコ」であるアセットマネジメントOneの社長であることは偶然ではないだろう。
現在、坂井社長の「子飼い」といわれているのが、FGの執行役常務である猪股尚志企画グループ長兼特命事項担当役員だ。四月に坂井社長が全銀協会長に就く際には、同協会の「企画委員長」として帯同する予定になっている。これは「出世コース」といわれるポストで、猪股氏は旧富士銀出身ながら、坂井氏の側近に抜擢されたとみられる。みずほ周辺では「今年は藤原頭取を続投させて、全銀協から戻った来年以降に、猪股氏を頭取につけるサプライズの可能性もある」(金融業界関係者)という見方も浮上している。もちろんその先には佐藤氏やそのシンパのさらなる放逐も視野に入る。
ただし現状、佐藤会長らの力が完全にそぎ落とされたわけではない。着実に足場を固める坂井社長に対して佐藤氏らの抵抗は今後さらに激しくなり「巻き返しも十分にある」(同前)。今年はみずほの社内闘争がこれまで以上に激しくなりそうだ。
全銀協トップは持ち回りで、みずほ銀行の藤原弘治頭取が二〇一八年度に続いて再就任するとみられていたが、昨秋、突如としてひっくり返った。これにより「坂井氏が藤原頭取の交代を考えているのではないかという観測が急速に広がっている」(みずほ関係者)。藤原氏は旧興銀出身者が牛耳るみずほで第一勧銀出身者ではあるが、佐藤康博FG会長の覚えがめでたく頭取にまで上り詰めた人物。その藤原氏を交代させることになれば、「この間、佐藤会長と坂井社長が水面下で繰り広げてきた暗闘が新たな局面に入る」(同前)という見方が浮上している。
「みずほ証券」を金融庁が問題視
坂井氏は社長に就任した一八年以降、佐藤シンパを遠ざけて自らの地盤を固めてきた。その中で頭角を現してきた坂井派の代表が、日興証券出身でFGの執行役専務、リテール・事業法人カンパニーのトップをつとめる福家尚文氏だ。坂井氏の出身というべきみずほ証券の副社長であり、特段引き立てられてきた。この福家氏が携わり、グループの大きな収益源となった商品が今、金融庁をも巻き込む問題になり、みずほのガバナンスの欠陥をも浮き彫りにしている。
昨年暮れ、証券業界に驚きが広がった。震源になったのは十二月二十一日付の日経新聞に見開きで掲載されたみずほ証券の広告である。内容は同社の主力である一連の投信商品、「未来の世界」シリーズをアピールするもの。同シリーズ誕生の立役者として福家氏が対談形式で語る体裁だった。
同シリーズは「グローバル・ハイクオリティ成長株式ファンド」から「ESG版」まで五ファンドをそろえ、合計の設定額は二兆円超に達する久方ぶりの大ヒット投信である。なかでも、約三千八百三十億円の初期設定額だったESG版は昨年十二月時点で八千億円を超える規模にまで膨らみ、税抜き三%という販売手数料の高さもあり、「ドル箱」になっている
ところが、だ。すでに証券業界では同商品が「金融庁が強く業界に要請してきたルールを無視したかのような内容」(大手証券幹部)であることが疑問視されていた。
手数料の高さだけでなく、明らかに「販売会社主導」と言える商品であることが問題だという。金融庁は近年、投信について「顧客本位を逸脱するような手数料狙いの販売会社主導による商品組成や販売」を強く戒め続けている。
しかし、みずほ証券の商品では資産運用を担うアセットマネジメントの存在は希薄で、販売会社のみずほ証券が前面に出ている。運用委託は系列の「アセットマネジメントOne」が担う格好になっているものの、実際はモルガン・スタンレー系列の米国の会社が行っている。アセットマネジメントOneは単なるハコの提供にすぎないが、対価は与えられ、高い販売手数料はその構造に由来している。
金融庁の不快感はそれだけにとどまらないという。ESG版の組み入れ銘柄は原型となった「グローバル・ハイクオリティ成長株式ファンド」とほぼ変わらない上、いかにESG(環境、社会、ガバナンス)を軸に銘柄選定したのかという説明は販売資料などにほとんど記載されていない。これでは「ESGブームに便乗したまがい物」という判を押されかねない。しかも、原型商品ではみずほグループ以外の多くの金融機関が販売会社に並んでいたものの、ESG版はみずほ証券、みずほ銀行、みずほ信託のグループ限定扱いになった。
十二月の広告でも、グループ各社の名前が前面に出る一方で、運用会社の存在はほとんど見えない。委託会社としてアセットマネジメントOneが小さく記載されているだけだったのだ。
「これでは、販社主導でございますと自ら宣言しているに等しい」
有力資産運用会社のトップがこう苦笑いを浮かべるまでもなく、金融庁の不快感は怒りへと変わっている。この間、金融庁はみずほ証券の幹部に、同シリーズへの問題意識を伝えてきた。それでも一向に改善されず、金融庁はみずほ証券の飯田浩一社長を呼び出す事態になっていたという。しかし、飯田社長は状況を把握できていなかったというから深刻だ。
原因のひとつは親会社であるみずほFGに築かれたカンパニー制である。みずほ証券の社長は飯田氏だが、FGでは証券の副社長である福家尚文氏がリテール・事業法人部門のカンパニー長となって、証券、銀行を横断する形で掌握している。いわば、二重構造とも言うべき状態が放置されているのだ。
佐藤会長の「巻き返し」もある
みずほFGの指名委員会が坂井氏を社長に指名した際に、佐藤氏は周囲に「指名委にやられた」と不満を漏らしていたが後の祭りであった。佐藤氏は自らの右腕で、当時FG副社長を務めていた菅野暁氏を推していた。しかし旧興銀出身で国際畑や投資銀行畑を歩んできた菅野氏の経歴が、「あまりに旧来型であり、考え方も保守的だったことで指名委と溝が生じた」(みずほ銀OB)という。事業会社トップの経験がないことも問題視され、最終的には菅野氏と肌が合わなかった指名委トップの川村隆氏(元日立製作所会長)が、首を縦に振らなかったという。
まさにダークホースだった坂井氏は就任直後に、菅野氏をFG中枢から外している。その行き先が前述した「ハコ」であるアセットマネジメントOneの社長であることは偶然ではないだろう。
現在、坂井社長の「子飼い」といわれているのが、FGの執行役常務である猪股尚志企画グループ長兼特命事項担当役員だ。四月に坂井社長が全銀協会長に就く際には、同協会の「企画委員長」として帯同する予定になっている。これは「出世コース」といわれるポストで、猪股氏は旧富士銀出身ながら、坂井氏の側近に抜擢されたとみられる。みずほ周辺では「今年は藤原頭取を続投させて、全銀協から戻った来年以降に、猪股氏を頭取につけるサプライズの可能性もある」(金融業界関係者)という見方も浮上している。もちろんその先には佐藤氏やそのシンパのさらなる放逐も視野に入る。
ただし現状、佐藤会長らの力が完全にそぎ落とされたわけではない。着実に足場を固める坂井社長に対して佐藤氏らの抵抗は今後さらに激しくなり「巻き返しも十分にある」(同前)。今年はみずほの社内闘争がこれまで以上に激しくなりそうだ。
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