楽天携帯事業が早くも「討死」
菅に見捨てられた三木谷の哀れ
2020年12月号公開
自らの不明をようやく悟ったか、楽天の会長兼社長・三木谷浩史は色を失った。
「これは大きな問題だ!」
NTTによるNTTドコモのTOB(株式公開買い付け)は十一月十六日に完了、年内にドコモは上場廃止され、NTTの完全子会社となる。それに先立つ同十一日、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの携帯キャリア三社はじめ二十八社の通信事業者は、公正な競争環境の整備を求める意見書を総務省へ提出したが、事前の呼び掛けに最も強く反応したのが三木谷だった。危機感は強く、「発表には俺が出る」と息巻き、周囲を困惑させたという。
三社の共同発表は結局、総務省を刺激することを避け、社長ではなく実務者によるNTT糾弾会見となった。が、三木谷の代理の楽天モバイル執行役員渉外部長・鴻池庸一郎の発言に、「こんなはずじゃなかった」という失望と遺恨を感じた通信関係者は少なくないだろう。鴻池はこう言った。
「新規事業者の位置付けの当社は、特にNTTとの関わりが重要になっている」
梯子を外された“変革者”
振り返れば、三木谷が安倍晋三政権の官房長官時代の菅義偉を後ろ楯に“第四の携帯キャリア”へ参入を表明したのは二〇一七年十二月、ちょうど三年前だ。当時、既存大手の三社寡占に業を煮やしていた菅は、三木谷を“変革者”に見立て、「料金引き下げの急先鋒になってくれ」と督励した。三木谷は当初、菅の権力の背後に見える国策会社の参入支援を期待していた節がある。
実際、ドコモへローミング(通信回線の乗り入れ)を申し入れている。が、当時のNTT社長・鵜浦博夫の反応は予想外に冷たく、やむなくKDDIとローミング契約を結んだ。それでも、総務省はこの三年、楽天に有利な競争政策を次々と打ち出してくれた。通信料金と携帯端末代金の分離、上限二万円の端末値引き規制、加入者乗り換えの番号ポータビリティ制度の手数料無料化……、これらは財務体力がなくても、安価な通信サービスさえ実現すれば加入者を獲得できる施策である。
ところが、ドコモが民間会社ではなくなるのだ。菅の“官製値下げ”の走狗となり、今後、一段の料金攻勢を掛けてくる。
「梯子を外された……」
三木谷はそう受け止めただろう。菅に見捨てられたのだ。当初の昨年十月の参入予定から一年以上が経っても基地局整備は進まず、“料金無料の本格サービス”という誤魔化しを続けている。十月末時点の都市部の基地局は六千七百局程度まで増えたが、大手三社の全国二十五万局近い基地局網の約三%にすぎない。
来夏の人口カバー率九〇%超を目指し、社員はもちろん、提携・出資先、EC(電子商取引)モールの出店者などを総動員、なりふり構わぬ人海戦術で基地局整備を急いでいる。その過程で、三木谷はNTTに対する自らの甘い認識に気づいたに違いない。基地局を設置しても、足回りとなるNTT東日本・西日本の光回線の接続が進まず、開設できないのだ。真偽はともかく、すでに楽天は一万局以上を設置済みというが、多くが棚晒しにされている。
「このビルの工事は一カ月かかる」「あそこは電波干渉を調査するので三カ月必要」などと、NTT東西に言い逃れされても対抗策がない。鴻池の「NTTとの関わりが重要」という発言は、光回線のボトルネック性を痛感している証拠だ。そして、ドコモを完全子会社化したNTTは、次にNTT東西の光回線の卸料金を引き上げてくる。基地局整備を本格化する楽天にとっては致命的打撃と言え、ドコモの料金攻勢にも挟撃されれば、三木谷は進退窮まるだろう。
つまり、“変革者”はもはや用済みということだ。光回線の工費・納期・料金、いわば生殺与奪権をNTTに握られているにもかかわらず、菅に乗せられて蛮勇を振るった愚昧さ、それをようやく悟ったわけだ。しかし、三木谷の不明はそれにとどまらない。
「今朝からずーっと圏外。サポートチャットも三回レスあっただけ」「コンビニでもバーコード決済が立ち上がらない。ダメすぎる」「使えるはずの地下も全然やんけ。詐欺やろ」「無料なら何でもありか、通信事業者の自覚がまったく足りない」
楽天の通信品質への不満ツイートは以前からあったが、十月二十二日から激増している。KDDIとのローミングを東京、大阪などの一部地域で打ち切ったからだ。たちまち圏外エリアが多発、事前告知がなかったため加入者は混乱に陥った。顧客を大事にしない楽天の体質がまたも露呈された形だ。
KDDIとのローミングは、人口カバー率が七〇%に達した段階で順次解除できる契約になっているという。が、人口カバー率は電波が網羅した地域の定住人口の比率にすぎず、つながることを意味しない。とりわけ楽天の一・七ギガヘルツ帯電波は直進性があり、屋内や地下には浸透しにくいのだ。ある通信関係者は指摘する。
「三木谷氏は現場から報告を受けているのか。七〇%程度での打ち切りは自殺行為だが、遣り繰り算段を優先させたのだろう」
課金始まれば大量解約も
楽天は来年四月、ようやくデータ使い放題サービスの月額料金二千九百八十円の課金を開始する。が、ローミングには一ギガバイト(GB)当たり約五百円の費用がかかっており、しかも、三木谷はそのデータ容量を当初の二GBから五GBへ引き上げたため、月額二千五百円相当分をKDDIへ支払っている。つまり、課金が始まっても楽天の手取りは五百円程度。これでは間尺に合わないとみてローミングを打ち切ったわけだ。
しかし、来年四月までに大量解約が発生するのは必至だろう。楽天の現行百六十万件の申込者は当初目標の半分とはいえ、料金無料だから集まったが、つながらない携帯電話に誰がカネを払うか。三木谷が損益分岐点とする加入者七百万件は遙かに遠のいている。
「KDDI、ソフトバンクは(ドコモに)負けるかもしれない」
NTT社長の澤田純はドコモTOBに当たってこう豪語し、両社の神経を逆撫でしたが、楽天には言及はなかった。鵜浦の社長時代から楽天はNTTの眼中にないのだ。それどころか、楽天が圏外エリアとなった加入者に、代替機としてドコモ回線を使ったMVNO(仮想移動体通信事業者)端末を貸し出している現実はその命運を暗示する。いずれNTTグループに巻き取られるだろう。
匹夫の勇、一人に敵するものなり―。ECモール屋の“変革者”を気取った幼稚な自矜心は、その命を縮めるだけである。(敬称略)
「これは大きな問題だ!」
NTTによるNTTドコモのTOB(株式公開買い付け)は十一月十六日に完了、年内にドコモは上場廃止され、NTTの完全子会社となる。それに先立つ同十一日、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの携帯キャリア三社はじめ二十八社の通信事業者は、公正な競争環境の整備を求める意見書を総務省へ提出したが、事前の呼び掛けに最も強く反応したのが三木谷だった。危機感は強く、「発表には俺が出る」と息巻き、周囲を困惑させたという。
三社の共同発表は結局、総務省を刺激することを避け、社長ではなく実務者によるNTT糾弾会見となった。が、三木谷の代理の楽天モバイル執行役員渉外部長・鴻池庸一郎の発言に、「こんなはずじゃなかった」という失望と遺恨を感じた通信関係者は少なくないだろう。鴻池はこう言った。
「新規事業者の位置付けの当社は、特にNTTとの関わりが重要になっている」
梯子を外された“変革者”
振り返れば、三木谷が安倍晋三政権の官房長官時代の菅義偉を後ろ楯に“第四の携帯キャリア”へ参入を表明したのは二〇一七年十二月、ちょうど三年前だ。当時、既存大手の三社寡占に業を煮やしていた菅は、三木谷を“変革者”に見立て、「料金引き下げの急先鋒になってくれ」と督励した。三木谷は当初、菅の権力の背後に見える国策会社の参入支援を期待していた節がある。
実際、ドコモへローミング(通信回線の乗り入れ)を申し入れている。が、当時のNTT社長・鵜浦博夫の反応は予想外に冷たく、やむなくKDDIとローミング契約を結んだ。それでも、総務省はこの三年、楽天に有利な競争政策を次々と打ち出してくれた。通信料金と携帯端末代金の分離、上限二万円の端末値引き規制、加入者乗り換えの番号ポータビリティ制度の手数料無料化……、これらは財務体力がなくても、安価な通信サービスさえ実現すれば加入者を獲得できる施策である。
ところが、ドコモが民間会社ではなくなるのだ。菅の“官製値下げ”の走狗となり、今後、一段の料金攻勢を掛けてくる。
「梯子を外された……」
三木谷はそう受け止めただろう。菅に見捨てられたのだ。当初の昨年十月の参入予定から一年以上が経っても基地局整備は進まず、“料金無料の本格サービス”という誤魔化しを続けている。十月末時点の都市部の基地局は六千七百局程度まで増えたが、大手三社の全国二十五万局近い基地局網の約三%にすぎない。
来夏の人口カバー率九〇%超を目指し、社員はもちろん、提携・出資先、EC(電子商取引)モールの出店者などを総動員、なりふり構わぬ人海戦術で基地局整備を急いでいる。その過程で、三木谷はNTTに対する自らの甘い認識に気づいたに違いない。基地局を設置しても、足回りとなるNTT東日本・西日本の光回線の接続が進まず、開設できないのだ。真偽はともかく、すでに楽天は一万局以上を設置済みというが、多くが棚晒しにされている。
「このビルの工事は一カ月かかる」「あそこは電波干渉を調査するので三カ月必要」などと、NTT東西に言い逃れされても対抗策がない。鴻池の「NTTとの関わりが重要」という発言は、光回線のボトルネック性を痛感している証拠だ。そして、ドコモを完全子会社化したNTTは、次にNTT東西の光回線の卸料金を引き上げてくる。基地局整備を本格化する楽天にとっては致命的打撃と言え、ドコモの料金攻勢にも挟撃されれば、三木谷は進退窮まるだろう。
つまり、“変革者”はもはや用済みということだ。光回線の工費・納期・料金、いわば生殺与奪権をNTTに握られているにもかかわらず、菅に乗せられて蛮勇を振るった愚昧さ、それをようやく悟ったわけだ。しかし、三木谷の不明はそれにとどまらない。
「今朝からずーっと圏外。サポートチャットも三回レスあっただけ」「コンビニでもバーコード決済が立ち上がらない。ダメすぎる」「使えるはずの地下も全然やんけ。詐欺やろ」「無料なら何でもありか、通信事業者の自覚がまったく足りない」
楽天の通信品質への不満ツイートは以前からあったが、十月二十二日から激増している。KDDIとのローミングを東京、大阪などの一部地域で打ち切ったからだ。たちまち圏外エリアが多発、事前告知がなかったため加入者は混乱に陥った。顧客を大事にしない楽天の体質がまたも露呈された形だ。
KDDIとのローミングは、人口カバー率が七〇%に達した段階で順次解除できる契約になっているという。が、人口カバー率は電波が網羅した地域の定住人口の比率にすぎず、つながることを意味しない。とりわけ楽天の一・七ギガヘルツ帯電波は直進性があり、屋内や地下には浸透しにくいのだ。ある通信関係者は指摘する。
「三木谷氏は現場から報告を受けているのか。七〇%程度での打ち切りは自殺行為だが、遣り繰り算段を優先させたのだろう」
課金始まれば大量解約も
楽天は来年四月、ようやくデータ使い放題サービスの月額料金二千九百八十円の課金を開始する。が、ローミングには一ギガバイト(GB)当たり約五百円の費用がかかっており、しかも、三木谷はそのデータ容量を当初の二GBから五GBへ引き上げたため、月額二千五百円相当分をKDDIへ支払っている。つまり、課金が始まっても楽天の手取りは五百円程度。これでは間尺に合わないとみてローミングを打ち切ったわけだ。
しかし、来年四月までに大量解約が発生するのは必至だろう。楽天の現行百六十万件の申込者は当初目標の半分とはいえ、料金無料だから集まったが、つながらない携帯電話に誰がカネを払うか。三木谷が損益分岐点とする加入者七百万件は遙かに遠のいている。
「KDDI、ソフトバンクは(ドコモに)負けるかもしれない」
NTT社長の澤田純はドコモTOBに当たってこう豪語し、両社の神経を逆撫でしたが、楽天には言及はなかった。鵜浦の社長時代から楽天はNTTの眼中にないのだ。それどころか、楽天が圏外エリアとなった加入者に、代替機としてドコモ回線を使ったMVNO(仮想移動体通信事業者)端末を貸し出している現実はその命運を暗示する。いずれNTTグループに巻き取られるだろう。
匹夫の勇、一人に敵するものなり―。ECモール屋の“変革者”を気取った幼稚な自矜心は、その命を縮めるだけである。(敬称略)
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