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連載

大往生考 第12話

夫の最期で妻が望んだこと
佐野 海那斗

2020年12月号

「幾らくらいお礼をすればいいでしょうか。」
 患者を専門医に紹介した場合、本人や家族から、このような質問を受けることが多い。
 医師は患者から謝礼を貰うべきではない。このように考える読者もおられるだろう。ただ、それは建前だ。私に、このような質問をするくらいだから、患者・家族は最初から謝礼をすると決めている。知りたいのは相場だ。私は、患者・家族の社会的な立場や経済状態を考慮して、個別に助言することとしている。
 今回は大往生と医師への謝礼について論じたいのだが、それは、このような行為が、時に単なる金銭のやりとり以上の意味を持つからだ。私の記憶に残る夫婦の経験をご紹介したい。
 夫婦は共に五十代後半で、二人とも中小企業の経営者だった。新卒で入社した企業で出会い、二十代の後半で結婚した。仲は睦まじかったが、子どもはできなかった。夫婦共に仕事に全精力を注ぎ、成功した。
 経営者である夫婦は、健康に気をつかい、定期的に都内の病院で人間ドックを受けていた。この夫婦の生活に変化が生じたのが、四年前だった。定期健診の腹部超音波検査で、夫の方が膵臓がんの・・・