官邸「居残り警察官僚」の役回り
菅の「醜聞封じ」で守護者二人
2020年10月号公開
再任、留任の多用で「実務型」と分かりやすい評価を受ける菅義偉内閣は、深部に闇が潜む。警察庁出身の幹部官僚二人の留任である。理由を探ると、内閣の命運を左右するのは、「居残り官僚」であることが見えてくる。
二人とは、第二次安倍晋三内閣の発足以来、事務の内閣官房副長官を務める杉田和博と、当初は内閣情報官として、その後は国家安全保障局(NSS)局長として安倍を支えた北村滋だ。
菅内閣発足直後の支持率が七〇%前後の高さとなったのは、菅の「叩き上げ」「地方出身」というキャラクターが好感されたことに加え、安倍内閣を牛耳った「官邸官僚」、中でも、総理大臣補佐官兼秘書官だった今井尚哉ら経済産業省出身者の退任も寄与した。菅の右腕で、総理大臣補佐官として留任した国土交通省出身の和泉洋人を含め、今井の悪役ぶりが際だったせいで「居残り官僚」の存在は見過ごされがちだ。
だが、中央官僚の多くは、「本当に怖かったのは杉田」と口を揃える。対外的には温和な物腰の杉田への畏怖は、霞が関人事を一手に仕切っていたことに起因する。
「過去を握りつぶすための布石」
七十九歳の杉田は就任以来、高齢を理由に引退するとの観測が絶えなかった。北村の前任のNSS局長だった谷内正太郎と、「身を引く時は一緒」と誓い合った時期もあった。老骨に鞭打ってきたのは、権力の磁力と、二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピックの警備に対する責任感のなせる業だ。それだけに、オリパラが延期となり、安倍が病気退陣した以上、杉田は辞めると見られていた。
「定説」では、菅と杉田の関係は緊密とされる。内閣人事局を通じて霞が関に睨みを利かせる菅も、官僚全てを知る由もなく、杉田に頼った部分が大きい。安倍政権末期の躓きの一因となった検事長の定年延長問題でも、賭け麻雀で職を追われた前東京高等検察庁検事長の黒川弘務の定年延長を画策したのは菅・杉田コンビだ。
ただ、両者の関係には、正反対の見方もある。例えば、菅の「子飼い」と見られていた前経済産業大臣の菅原一秀、元法務大臣の河井克行、そして和泉を巡る醜聞だ。当時、菅は「誰かが俺をはめようとした」と疑心暗鬼を募らせた。疑いの目は、杉田と北村に向いた。「令和おじさん」として人気が急上昇し、総理大臣の座に色気を見せ始めた菅に対する安倍の不信感を背景に、警察出身者が週刊誌に菅原らの話をリークし、「菅つぶし」を図ったのではないかというわけだ。
安倍政権の後半は、外務省出身の谷内のNSS局長退任に伴い、総理大臣官邸は「警察官邸」に変貌したとも言われた。その中核が杉田や北村だ。「外事畑」を歩んだ北村は警察キャリアでは主流を外れたが、杉田に重用され、NSS局長まで上り詰めた。この二人にとって菅は、安倍と違い、部下に権限を丸投げせず、自ら幅広く情報を収集し、警察人脈の勝手を許さない、厄介な存在だった。
菅と警察との溝は、自由民主党総裁選の最中に発した一言にも端的に表れていた。持論の「行政の縦割り打破」の文脈で、外国人労働者の受け入れ拡大に関係省庁が賛意を示す中、警察だけが「外国人の犯罪が増える」と強く抵抗したと、名指しで批判したのだ。
そんな菅が、なぜ、警察出身者二人の続投にこだわったのか。関係筋は「金銭にまつわる過去を握りつぶすための布石」と見る。
菅が「政治とカネ」の問題で躓くのではないかと懸念する声は、自民党関係者に少なくない。地縁も血縁もない土地で市議になり、国政へと進出する過程で、「身辺が綺麗なはずがない」(同筋)。秘書として仕えた元建設大臣の故・小此木彦三郎の幅広い人脈には、今なら「反社会的勢力」と断じられかねない面々もいたという。
菅が最近、カジノを中核とする統合型リゾート(IR)の地元・横浜への招致を巡って衝突したマリコンの実力者、藤木幸夫と「手打ち」したのも、「過去」を知る藤木を黙らせるためと受け止められた。菅の横浜市議時代から陰に陽に支援してきた藤木は、カジノ合法化の旗振り役をした菅と利権争いになり、IR反対の急先鋒となって揺さぶった。ところが、新型コロナウイルスの影響で米カジノ大手の撤退や計画留保が相次ぎ、横浜でのIRが不透明になると、利権そのものが宙に浮いた。
菅にしてみれば、過去の話を暴露されるリスクをとってまで対立する意味は消えた。今年九十歳になった藤木も六月、横浜港運協会の会長職を長男に譲り、一線を退いた。安倍が医師から持病の再悪化を告げられ、菅が宰相への野心を燃やし始めた時期と重なる。
さらに、大手ゼネコン「大成建設」に勤める菅の子息について、「米海兵隊普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の辺野古(同県名護市)移設事業を担当したのは、利権絡み」と疑う声がくすぶる。
内閣官房長官として何度も沖縄を訪れ、辺野古移設の実現を訴え、米軍基地キャンプ・シュワブから大浦湾に突き出す新滑走路建設地点に軟弱地盤が見つかりながら「計画に変更なし」と強弁する菅の態様も、疑念を増幅させた。
法務大臣「再任」の真意
一連の疑惑も、捜査当局が乗り出さない限り、噂で終わる。逆に、法令違反はなくても捜査が表面化するだけで政治的ダメージは大きい。政治家絡みの疑惑は通常、検察が動くが、情報は警察に集まり、検察と警察の関係は悪い。今回の閣僚人事で、菅は法務大臣に上川陽子を再起用した。黒川の失脚で検事総長を射止めた林眞琴は、前回在任中の上川から疎んじられ、名古屋高等検察庁に飛ばされた経緯がある。上川の登場は検察に対する牽制であり、検察・警察の間に楔を打ったとも考えられる。
警察権力に関しては、杉田と北村が「反・菅」なら、野に放つより官邸内に「幽閉」した方が安全だ。「親・菅」なら、警察への敵意や不信を隠さない菅に対する反発の防護壁にするためにも、官邸に置いた方がいい。結論は同じだ。警察庁次長は、菅を内閣官房長官秘書官として支えた忠臣・中村格が務める。次期衆議院議員選挙と来年秋の総裁選まで捜査の動きを抑え、その間に権力基盤を固めれば、誰も手出しできなくなる。
杉田や北村の側も、官邸を去ればどんな仕打ちを受けるか分からず、官邸に残れば様々な情報が入り、いざという時の反撃材料を蓄えられるとの計算が働く。
「国民から見て当たり前」を実現すると改革意欲を強調し、「田舎出身の純朴さ」を演じる菅の素顔を知れば、高い内閣支持率も長続きしない。強権確立の時間稼ぎに「居残り官僚」を利用しているなら、「国民の信頼を得る」という菅の約束は、「国民の不信をそらす」と言い換えた方がいい。(敬称略)
二人とは、第二次安倍晋三内閣の発足以来、事務の内閣官房副長官を務める杉田和博と、当初は内閣情報官として、その後は国家安全保障局(NSS)局長として安倍を支えた北村滋だ。
菅内閣発足直後の支持率が七〇%前後の高さとなったのは、菅の「叩き上げ」「地方出身」というキャラクターが好感されたことに加え、安倍内閣を牛耳った「官邸官僚」、中でも、総理大臣補佐官兼秘書官だった今井尚哉ら経済産業省出身者の退任も寄与した。菅の右腕で、総理大臣補佐官として留任した国土交通省出身の和泉洋人を含め、今井の悪役ぶりが際だったせいで「居残り官僚」の存在は見過ごされがちだ。
だが、中央官僚の多くは、「本当に怖かったのは杉田」と口を揃える。対外的には温和な物腰の杉田への畏怖は、霞が関人事を一手に仕切っていたことに起因する。
「過去を握りつぶすための布石」
七十九歳の杉田は就任以来、高齢を理由に引退するとの観測が絶えなかった。北村の前任のNSS局長だった谷内正太郎と、「身を引く時は一緒」と誓い合った時期もあった。老骨に鞭打ってきたのは、権力の磁力と、二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピックの警備に対する責任感のなせる業だ。それだけに、オリパラが延期となり、安倍が病気退陣した以上、杉田は辞めると見られていた。
「定説」では、菅と杉田の関係は緊密とされる。内閣人事局を通じて霞が関に睨みを利かせる菅も、官僚全てを知る由もなく、杉田に頼った部分が大きい。安倍政権末期の躓きの一因となった検事長の定年延長問題でも、賭け麻雀で職を追われた前東京高等検察庁検事長の黒川弘務の定年延長を画策したのは菅・杉田コンビだ。
ただ、両者の関係には、正反対の見方もある。例えば、菅の「子飼い」と見られていた前経済産業大臣の菅原一秀、元法務大臣の河井克行、そして和泉を巡る醜聞だ。当時、菅は「誰かが俺をはめようとした」と疑心暗鬼を募らせた。疑いの目は、杉田と北村に向いた。「令和おじさん」として人気が急上昇し、総理大臣の座に色気を見せ始めた菅に対する安倍の不信感を背景に、警察出身者が週刊誌に菅原らの話をリークし、「菅つぶし」を図ったのではないかというわけだ。
安倍政権の後半は、外務省出身の谷内のNSS局長退任に伴い、総理大臣官邸は「警察官邸」に変貌したとも言われた。その中核が杉田や北村だ。「外事畑」を歩んだ北村は警察キャリアでは主流を外れたが、杉田に重用され、NSS局長まで上り詰めた。この二人にとって菅は、安倍と違い、部下に権限を丸投げせず、自ら幅広く情報を収集し、警察人脈の勝手を許さない、厄介な存在だった。
菅と警察との溝は、自由民主党総裁選の最中に発した一言にも端的に表れていた。持論の「行政の縦割り打破」の文脈で、外国人労働者の受け入れ拡大に関係省庁が賛意を示す中、警察だけが「外国人の犯罪が増える」と強く抵抗したと、名指しで批判したのだ。
そんな菅が、なぜ、警察出身者二人の続投にこだわったのか。関係筋は「金銭にまつわる過去を握りつぶすための布石」と見る。
菅が「政治とカネ」の問題で躓くのではないかと懸念する声は、自民党関係者に少なくない。地縁も血縁もない土地で市議になり、国政へと進出する過程で、「身辺が綺麗なはずがない」(同筋)。秘書として仕えた元建設大臣の故・小此木彦三郎の幅広い人脈には、今なら「反社会的勢力」と断じられかねない面々もいたという。
菅が最近、カジノを中核とする統合型リゾート(IR)の地元・横浜への招致を巡って衝突したマリコンの実力者、藤木幸夫と「手打ち」したのも、「過去」を知る藤木を黙らせるためと受け止められた。菅の横浜市議時代から陰に陽に支援してきた藤木は、カジノ合法化の旗振り役をした菅と利権争いになり、IR反対の急先鋒となって揺さぶった。ところが、新型コロナウイルスの影響で米カジノ大手の撤退や計画留保が相次ぎ、横浜でのIRが不透明になると、利権そのものが宙に浮いた。
菅にしてみれば、過去の話を暴露されるリスクをとってまで対立する意味は消えた。今年九十歳になった藤木も六月、横浜港運協会の会長職を長男に譲り、一線を退いた。安倍が医師から持病の再悪化を告げられ、菅が宰相への野心を燃やし始めた時期と重なる。
さらに、大手ゼネコン「大成建設」に勤める菅の子息について、「米海兵隊普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の辺野古(同県名護市)移設事業を担当したのは、利権絡み」と疑う声がくすぶる。
内閣官房長官として何度も沖縄を訪れ、辺野古移設の実現を訴え、米軍基地キャンプ・シュワブから大浦湾に突き出す新滑走路建設地点に軟弱地盤が見つかりながら「計画に変更なし」と強弁する菅の態様も、疑念を増幅させた。
法務大臣「再任」の真意
一連の疑惑も、捜査当局が乗り出さない限り、噂で終わる。逆に、法令違反はなくても捜査が表面化するだけで政治的ダメージは大きい。政治家絡みの疑惑は通常、検察が動くが、情報は警察に集まり、検察と警察の関係は悪い。今回の閣僚人事で、菅は法務大臣に上川陽子を再起用した。黒川の失脚で検事総長を射止めた林眞琴は、前回在任中の上川から疎んじられ、名古屋高等検察庁に飛ばされた経緯がある。上川の登場は検察に対する牽制であり、検察・警察の間に楔を打ったとも考えられる。
警察権力に関しては、杉田と北村が「反・菅」なら、野に放つより官邸内に「幽閉」した方が安全だ。「親・菅」なら、警察への敵意や不信を隠さない菅に対する反発の防護壁にするためにも、官邸に置いた方がいい。結論は同じだ。警察庁次長は、菅を内閣官房長官秘書官として支えた忠臣・中村格が務める。次期衆議院議員選挙と来年秋の総裁選まで捜査の動きを抑え、その間に権力基盤を固めれば、誰も手出しできなくなる。
杉田や北村の側も、官邸を去ればどんな仕打ちを受けるか分からず、官邸に残れば様々な情報が入り、いざという時の反撃材料を蓄えられるとの計算が働く。
「国民から見て当たり前」を実現すると改革意欲を強調し、「田舎出身の純朴さ」を演じる菅の素顔を知れば、高い内閣支持率も長続きしない。強権確立の時間稼ぎに「居残り官僚」を利用しているなら、「国民の信頼を得る」という菅の約束は、「国民の不信をそらす」と言い換えた方がいい。(敬称略)
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