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連載

本に遇う 第251話

嘘から出た東京五輪
河谷 史夫

2020年11月号

「五輪はありますかね」と若い友だちに聞かれた。「ない。返上すべきだよ」と答えると、「僕は半信半疑です」と言うから、反骨を通した新聞人むのたけじ(一九一五〜二〇一六)が初めて世に問うた『たいまつ十六年』を見せた。
 むのが学んだ東京外国語学校(現東京外国語大学)のスペイン語学科講師だったムニョス先生が出てくる。独裁者フランコに反抗してスペインを出国。以来、「フランコがいる限り母国に帰らない」との志を貫き、何主義者かと問われれば、おうむ返しに「合理主義者だ」と応じる人だった。
 先生は学生が「半信半疑」をそのまま横文字に訳したのを見て、「日本人は実にでたらめな言葉遣いをするね」と両手を広げて肩をすくめ、こう言ったそうである。
「キミ、信じているということは疑わないことだよ。たとい二分の一だろうと三分の一だろうと疑う気持があったら、それは疑っていることだ。半信半疑という心境は、あるように思えて、じつは存在しない心境だよ」
「ははあ、ムニョス先生に叱られますね」と彼は頭をかいたが、わたしも偉そうなことは言えない。新明解国語辞典を引くと、半信半疑とは「信じ・・・