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連載

現代史の言霊  第31話

十一月の退陣-サッチャー首相辞任(一九九〇年)-
伊熊 幹雄

2020年11月号

《たぶんそれは長すぎた》
ジェフリー・ハウ
(元英副首相)


 マーガレット・サッチャーは二〇一三年、八十七歳で死去した。稀代の首相の数々のハイライトは、シェークスピア劇に例えられる。三十年前、一九九〇年十一月二十八日の退陣は、娘たちから裏切られる『リア王』であろうか。
 ほんの十日前まで、誰も想像しなかった。東西ドイツは十月に再統一したばかり。イラクのサダム・フセイン大統領が八月、クウェートに侵攻した。英国は米国とともに、中東に大規模部隊を送り、「開戦はいつか?」が、世界の関心だった。こんな時に、西側陣営の大立者が辞任するわけがない。首相は在任が十一年半を超え、戦後最長記録を更新中だった。

股肱の臣はなぜ裏切ったのか

 しかも、火付け人は股肱の臣、ジェフリー・ハウだった。サッチャーは七五年に、当時野党だった保守党党首に選ばれた。ハウはこの時以来の側近だ。サッチャー内閣では財務相、外相という最重要ポストを歴任した。・・・