金融界の爆弾「航空機リース事業」
メガ銀行「コロナ損失」の痛打
2020年5月号公開
グローバリズムの恩恵を一身に受けて拡大を続けてきた世界の航空業界が深刻なフリーズを来している。新型コロナウイルス問題で、人とモノの移動は大きく減少し、すでに経営的には瀕死の航空会社が続出している。公的支援も始まったものの、火種は航空業界内にとどまらない。その余波が着々と迫りつつあるのが、じつはわが国の金融業界なのだ。
世界の主要航空各社が加盟するIATA(国際航空運送協会)のジュニアック事務総長が、世界の航空会社の損失額について「最大で年間一千百三十億ドル(約十二兆円)」と悲惨な見通しを明らかにしたのは三月五日だった。ところが、それから二週間もまたずに、同氏はこの見通しを「すでに古くなった」と撤回。代わって「最大二十一兆円規模の政府支援」の必要性を訴えた。しかし、航空関連のアナリストたちがすでに「この規模ですら、もはや足りない」と声を揃えるほどに、世界の航空業界は危機に瀕している。
こうした世界の航空各社の動向を胃が痛む思いで見つめているのが、実は日本のメガバンクや大手リース会社などだ。巨額な航空機ファイナンス債権を保有しているからである。ある金融関係者はこう指摘する。
「航空各社の資金繰りはきわめて深刻化している。公的支援が途絶えれば、とたんに経営破綻しかねない」
となると、債権者たる銀行などが無傷ですむ道理はない。
「高値掴み」で負った深い傷
一機が極めて高額な航空機の金融は独特である。航空各社が一括購入するには負担が大きいからだ。結果として、発達したのが航空機リースなどの仕組みだ。あらかじめ使用期間を設定し、満了時の売却価値を算出し、それを差し引いた残額を保有期間で按分して実質的な利息を航空会社が銀行などに支払うという「オペレーティングリース」がその代表的な手法である。これによって、航空機は大手航空会社から中堅会社、さらには格安航空会社(LCC)各社へと使い回しされていくプロセスが出来上がっている。
欧米の銀行業界はそのビジネスを積極化させ、莫大な利益に浴していた。わが国の金融部門もリースなどによって航空機関連のファイナンスを強化してきたが、やはり欧米の後塵を拝する規模にとどまり続けたことは否めない。
ところが、そこに大きな岐路が訪れた。二〇〇八年九月に発生したリーマンショックである。欧米の主要銀行は、事業縮小に走り、航空機ファイナンス事業の売却を迫られるなど大きな市場変化が起きた。結果として、これ以降、こうした事業の買い手として積極的に手を挙げたのが、わが国の主要銀行などだった。
一二年に三井住友フィナンシャルグループ(FG)が住友商事と共同で英国のロイヤル・バンク・オブ・スコットランドから航空機リース部門を約五千五百億円で買収した。昨年にも、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)がドイツのDZバンクグループから航空機ファイナンス事業を七千百二十二億円で買い取った。この他にも、みずほグループの関連リース会社である東京センチュリーが総額三千八百七十億円を投じて米国の航空機リース関連会社を完全子会社したほか、みずほリースも丸紅と共同で米国の航空機リース会社を一千九百億円で今年六月までに買収する。
主要銀行グループだけではない。かねて航空機リースを拡充してきたオリックスも動いた。同社は自社保有機のリースだけではなく、リース債権を機関投資家などに提供するビジネスも広く手掛けている。航空機金融の世界的な再編を好機と見たのだろう。同社は一八年、世界第三位の航空機リース会社だった中国海航集団傘下企業の株式三〇%を二千五百億円超で取得している。
このようにリーマン後から昨年まで、世界の航空機ファイナンスの領域で事業拡大に走ったのが、日本の大手金融プレーヤーたちだったのである。ところが、このコロナ危機でとんだ「高値掴み」となってしまった。
金融関係者は、「いずれ、民間金融部門は、リースやファイナンスの与信条件の見直しや、最悪の場合には債権放棄を迫られることになりかねない」という警戒感を強める。そうなれば、主要邦銀グループや大手ノンバンクは保有債権などの大幅な減損処理に追い込まれることになる。
MUFG関係者によると、同社が買収したドイツのリース会社は五千億円に上る航空機債権を抱えているという。コロナ禍の影響については「精査中」だというが、機体価値が毀損される危険性や、今後の減損の可能性について認めざるを得ない状況だ。
みずほ系の東京センチュリーが買収した米国リース会社について、関係者が「資産残高の二割を航空機が占める」とし、今後の財務悪化の可能性について言及している。
節税対策の法人や個人も危うい
今後、さらに収益力が落ちれば、すでに相当に厳しくなっている各社のドル資金調達に一段の打撃が及びかねない。前述した買収もドル建てであり、その実行のために各社はドル資金を調達した。その事業を保有し続ける限り、返済期限が到来したドル資金の再調達が必要となる。減損処理で事業が減価しても、買収時のドル資金調達額は減ることはない。利益は減少し、ドル資金の借金の重さだけがズシリと増すことになる。
影響は業界再編にも及びかねないという観測も浮上している。やはり航空機ファイナンスを行っているMUFG傘下の三菱UFJリースは、日立キャピタルとの経営統合が噂されてきた。日立キャピタル側は三菱との合流に否定的とされるが、現在の急落した株価が、この合流観測に影響を与えかねない。このほかにも、東京センチュリーの下落した株を伊藤忠商事が買い増す動きもあり、業界の動向から目が離せない状況が当分続く。
「ナショナルフラッグの航空会社は各国が救済するだろうが、近年、世界中で拡大したLCCなどは見放されるだろう」
航空アナリストはそうシビアに見る。実際、豪州二位の航空会社ヴァージン・オーストラリアが四月二十一日に経営破綻した。同社は豪州政府に支援を求めたが叶わず、日本の「民事再生法」にあたる手続きを開始した。これは序の口であり、似たようなケースは今後さらに発生することが予想される。そうなると、買収などで事業を拡大し続けた金融セクターだけでなく、節税対策も含めてオペレーティングリース投資を拡大させた法人や個人の投資家にも、損失が及ぶことになる。
いまのところ、日本の金融セクターが巨費を投じた航空機ファイナンスの先行きには、悲劇的なシナリオしか描けそうにない。
※ 当時のレート
世界の主要航空各社が加盟するIATA(国際航空運送協会)のジュニアック事務総長が、世界の航空会社の損失額について「最大で年間一千百三十億ドル(約十二兆円)」と悲惨な見通しを明らかにしたのは三月五日だった。ところが、それから二週間もまたずに、同氏はこの見通しを「すでに古くなった」と撤回。代わって「最大二十一兆円規模の政府支援」の必要性を訴えた。しかし、航空関連のアナリストたちがすでに「この規模ですら、もはや足りない」と声を揃えるほどに、世界の航空業界は危機に瀕している。
こうした世界の航空各社の動向を胃が痛む思いで見つめているのが、実は日本のメガバンクや大手リース会社などだ。巨額な航空機ファイナンス債権を保有しているからである。ある金融関係者はこう指摘する。
「航空各社の資金繰りはきわめて深刻化している。公的支援が途絶えれば、とたんに経営破綻しかねない」
となると、債権者たる銀行などが無傷ですむ道理はない。
「高値掴み」で負った深い傷
一機が極めて高額な航空機の金融は独特である。航空各社が一括購入するには負担が大きいからだ。結果として、発達したのが航空機リースなどの仕組みだ。あらかじめ使用期間を設定し、満了時の売却価値を算出し、それを差し引いた残額を保有期間で按分して実質的な利息を航空会社が銀行などに支払うという「オペレーティングリース」がその代表的な手法である。これによって、航空機は大手航空会社から中堅会社、さらには格安航空会社(LCC)各社へと使い回しされていくプロセスが出来上がっている。
欧米の銀行業界はそのビジネスを積極化させ、莫大な利益に浴していた。わが国の金融部門もリースなどによって航空機関連のファイナンスを強化してきたが、やはり欧米の後塵を拝する規模にとどまり続けたことは否めない。
ところが、そこに大きな岐路が訪れた。二〇〇八年九月に発生したリーマンショックである。欧米の主要銀行は、事業縮小に走り、航空機ファイナンス事業の売却を迫られるなど大きな市場変化が起きた。結果として、これ以降、こうした事業の買い手として積極的に手を挙げたのが、わが国の主要銀行などだった。
一二年に三井住友フィナンシャルグループ(FG)が住友商事と共同で英国のロイヤル・バンク・オブ・スコットランドから航空機リース部門を約五千五百億円で買収した。昨年にも、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)がドイツのDZバンクグループから航空機ファイナンス事業を七千百二十二億円で買い取った。この他にも、みずほグループの関連リース会社である東京センチュリーが総額三千八百七十億円を投じて米国の航空機リース関連会社を完全子会社したほか、みずほリースも丸紅と共同で米国の航空機リース会社を一千九百億円で今年六月までに買収する。
主要銀行グループだけではない。かねて航空機リースを拡充してきたオリックスも動いた。同社は自社保有機のリースだけではなく、リース債権を機関投資家などに提供するビジネスも広く手掛けている。航空機金融の世界的な再編を好機と見たのだろう。同社は一八年、世界第三位の航空機リース会社だった中国海航集団傘下企業の株式三〇%を二千五百億円超で取得している。
このようにリーマン後から昨年まで、世界の航空機ファイナンスの領域で事業拡大に走ったのが、日本の大手金融プレーヤーたちだったのである。ところが、このコロナ危機でとんだ「高値掴み」となってしまった。
金融関係者は、「いずれ、民間金融部門は、リースやファイナンスの与信条件の見直しや、最悪の場合には債権放棄を迫られることになりかねない」という警戒感を強める。そうなれば、主要邦銀グループや大手ノンバンクは保有債権などの大幅な減損処理に追い込まれることになる。
MUFG関係者によると、同社が買収したドイツのリース会社は五千億円に上る航空機債権を抱えているという。コロナ禍の影響については「精査中」だというが、機体価値が毀損される危険性や、今後の減損の可能性について認めざるを得ない状況だ。
みずほ系の東京センチュリーが買収した米国リース会社について、関係者が「資産残高の二割を航空機が占める」とし、今後の財務悪化の可能性について言及している。
節税対策の法人や個人も危うい
今後、さらに収益力が落ちれば、すでに相当に厳しくなっている各社のドル資金調達に一段の打撃が及びかねない。前述した買収もドル建てであり、その実行のために各社はドル資金を調達した。その事業を保有し続ける限り、返済期限が到来したドル資金の再調達が必要となる。減損処理で事業が減価しても、買収時のドル資金調達額は減ることはない。利益は減少し、ドル資金の借金の重さだけがズシリと増すことになる。
影響は業界再編にも及びかねないという観測も浮上している。やはり航空機ファイナンスを行っているMUFG傘下の三菱UFJリースは、日立キャピタルとの経営統合が噂されてきた。日立キャピタル側は三菱との合流に否定的とされるが、現在の急落した株価が、この合流観測に影響を与えかねない。このほかにも、東京センチュリーの下落した株を伊藤忠商事が買い増す動きもあり、業界の動向から目が離せない状況が当分続く。
「ナショナルフラッグの航空会社は各国が救済するだろうが、近年、世界中で拡大したLCCなどは見放されるだろう」
航空アナリストはそうシビアに見る。実際、豪州二位の航空会社ヴァージン・オーストラリアが四月二十一日に経営破綻した。同社は豪州政府に支援を求めたが叶わず、日本の「民事再生法」にあたる手続きを開始した。これは序の口であり、似たようなケースは今後さらに発生することが予想される。そうなると、買収などで事業を拡大し続けた金融セクターだけでなく、節税対策も含めてオペレーティングリース投資を拡大させた法人や個人の投資家にも、損失が及ぶことになる。
いまのところ、日本の金融セクターが巨費を投じた航空機ファイナンスの先行きには、悲劇的なシナリオしか描けそうにない。
※ 当時のレート
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