株価暴落で「仕組債」の阿鼻叫喚
証券大手「強引営業」の大罪
2020年4月号公開
「すでに手持ちの仕組債のほとんどがノックインした。このままでは多額の損失が出るのは確実。首吊りモノだ」。中規模年金基金の運用担当者が天を仰ぐ。
新型コロナショックの激震に揺れる世界の金融資本市場。日経平均株価は今年一月十七日につけた取引時間中の年初来最高値二万四千百十五円余から三月九日には二万円割れ。同十九日には一万七千円をも割り込み、三割を超える大暴落となった。二二%強だった二〇一〇年の欧州債務危機や二一%弱だった一一年の東日本大震災時を上回る下落率で、この間の下落幅は七千七百五十七円強。率では及ばないものの、下げ幅では〇八年のリーマンショック(七千四百三十四円、下落率五一%強)を超えた。
新型コロナ禍の終息はなおまったく見通しが立っておらず、今後も感染拡大に歯止めがかからなければ一万五千円割れも視野に入る。「底の見えない展開」(大手信託銀行関係者)だ。
そんな荒れ狂う市場を前に今、阿鼻叫喚ともいえる有り様を呈しているのが生損保や年金基金、地銀などの機関投資家だ。EB(他社株転換可能)債やリンク(株価指数連動)債といった仕組債を大量に抱え込んでしまっているためだ。株式や日経平均などの値動きによってリターンが変動するよう設計された商品で、対象銘柄の株価や日経平均が予め決められた水準(ノックイン価格)を下回れば元本割れのリスクが一気に高まり、巨額の損失を被りかねない。
しかも償還期間中に一度でもノックインしてしまえば、仮に今後株価が回復しても満期時に償還されるのは最大でも元本まで。そのうえEB債ではノックインしたままの状態で満期を迎えれば、償還は対象株式(単元未満株は現金)で行われる。下落した株価の水準に応じた株式数が受け取れるならまだましだが、返ってくる株式数は高値水準だった発行時の基準価格に応じた分だけ。おまけにいきなり多大な評価損を抱えることにもなりかねない。まさに「危険極まりないシロモノ」(金融筋)だ。
運用難や投資家心理に付け込む
実際、リーマンショック時にはほぼすべての仕組債がノックイン。元本に株価下落率を乗じた金額しか償還されず、大半の投資家に損失が発生した。
なかでも超アグレッシブな運用を続けていた農林中央金庫はCDO(債務担保証券)などと合わせ一時、有価証券評価損が一・五兆円にも膨らんで資本基盤が劣化、経営危機に陥ったほど。コロナショックで今回、その悪夢が再来する可能性が限りなく高まっているというわけだ。
「投資家らがいま保有している仕組債は基準価格に対して二〇~三〇%の下落でノックインするタイプが主流のハズ。つまり現時点ですでにアウト。仮に百億円を投資していたら満期時に償還されるのは七十億~八十億円にとどまり、中小地銀や信用金庫ならそれだけで期間利益が吹き飛ぶ。三月期末決算を目前に控え、これは地獄絵図となる」。メガバンク関係者の一人も言い切る。
それにしても何故このような商品に手を出したのか。背景にあるのは他でもない、超低金利の長期化だ。現在、十年物国債の流通利回りは年〇・〇六%前後しかない。三年物や五年物に至ってはマイナスだ。
その点、仕組債の中にはクーポンが年五~一〇%といった商品も少なくない。国債はもとより上場企業などが発行体となる通常の社債などをもはるかに上回る。運用先が日増しに先細りとなっていく中、個人投資家と違ってキャッシュを遊ばせておくことができない機関投資家からすれば、「少しでもリターンが見込める商品があれば、ある程度のリスクを取ってでも買わざるを得ない」(大手損保関係者)といったところだろう。
米国を牽引役とした世界景気の拡大が続き、株式相場が堅調に推移していたことも大きい。日経平均は一九年一月に一時、二万円を割り込んだものの、その後は二万円を超える水準で推移。同十月以降はじりじりと上昇を続けた。「よもやノックインすることはないだろう」と踏んで飛びついたのだ。
そしてこうした運用難や投資家心理に付け込んで仕組債を大々的に売りまくったのが、野村・大和・SMBC日興をはじめとした証券大手だ。仕組債の販売価格は証券会社のいわば仕切り値だ。利潤は織り込み済みで、手数料はもらえない代わりに売れば売っただけ「スプレッドは確実に抜ける」(業界筋)。
しかも売り手のリスクは限定されている。仕組債には早期償還条項が設定されているためだ。ノックインとは逆に株価や日経平均が予め決められた水準を超えると満期を待つことなく償還してしまう取り決めで、証券会社の負担は早期償還までの利息分だけだ。原則として投資家からの中途解約は認められていない(元本割れ覚悟なら認められる場合も)から、売ってしまえば利益はほぼ確定する。
一種の中毒性
実は昨年春以降、証券大手にとって株式相場はじれったいような展開が続いていた。二万~二万二千円の間でもみ合い、日経平均がほとんど動かなくなったのだ。足元のような乱高下はさておくにしても、株価のボラティリティを利用して利益を稼ぎ出すという証券会社の収益構造からすれば、極めて妙味の薄い相場環境だったことになる。「仕組債増販への大号令が下ったのはまさにそこから」(大和証券関係者)。機関投資家ばかりでなく、その一部は「地方公共団体や学校法人などにも押し込まれた」(事情通)とされる。
仕組債には一種の中毒性があるともいわれている。ドラッグと一緒で、投資家は「一度手を出すとおいそれとやめられなくなる」(メガバンク筋)というのだ。
前述のように仕組債では、対象銘柄の株価や日経平均が一定の水準を超えれば早期償還される仕組みが設けられている。ただ機関投資家からすれば、手元に返ってきた元本と利息をそのままにしておくわけにはいかない。そこでそれを元手に再度、次の仕組債を買う。ところが株価や日経平均がさらに上がればこれも早期償還されてしまう。こうして株価が上昇を続けている限り、投資→早期償還→再投資→早期償還→再々投資が繰り返され、次第に深みに嵌っていくというわけだ。
“ヤクの売人”たる証券会社側がこうした仕組債の属性を熟知していないハズはない。「他の金融商品より利回りがいいことだけを強調して、取引に引きずり込んだ」。大手証券の営業マンの一人はこう嘯く。
恐ろしいことに株価が上昇していけば、当然のことながら新規発行のたびにノックイン価格の水準も切り上がる。相場のちょっとした変調でノックインしかねないリスクも膨らむうえ、現物株ではないので株価がいくら上昇しても投資家が手にできる利益はクーポン分だけだ。
利益限定、損失無限定―大手証券の高笑いが聞こえてくる。
新型コロナショックの激震に揺れる世界の金融資本市場。日経平均株価は今年一月十七日につけた取引時間中の年初来最高値二万四千百十五円余から三月九日には二万円割れ。同十九日には一万七千円をも割り込み、三割を超える大暴落となった。二二%強だった二〇一〇年の欧州債務危機や二一%弱だった一一年の東日本大震災時を上回る下落率で、この間の下落幅は七千七百五十七円強。率では及ばないものの、下げ幅では〇八年のリーマンショック(七千四百三十四円、下落率五一%強)を超えた。
新型コロナ禍の終息はなおまったく見通しが立っておらず、今後も感染拡大に歯止めがかからなければ一万五千円割れも視野に入る。「底の見えない展開」(大手信託銀行関係者)だ。
そんな荒れ狂う市場を前に今、阿鼻叫喚ともいえる有り様を呈しているのが生損保や年金基金、地銀などの機関投資家だ。EB(他社株転換可能)債やリンク(株価指数連動)債といった仕組債を大量に抱え込んでしまっているためだ。株式や日経平均などの値動きによってリターンが変動するよう設計された商品で、対象銘柄の株価や日経平均が予め決められた水準(ノックイン価格)を下回れば元本割れのリスクが一気に高まり、巨額の損失を被りかねない。
しかも償還期間中に一度でもノックインしてしまえば、仮に今後株価が回復しても満期時に償還されるのは最大でも元本まで。そのうえEB債ではノックインしたままの状態で満期を迎えれば、償還は対象株式(単元未満株は現金)で行われる。下落した株価の水準に応じた株式数が受け取れるならまだましだが、返ってくる株式数は高値水準だった発行時の基準価格に応じた分だけ。おまけにいきなり多大な評価損を抱えることにもなりかねない。まさに「危険極まりないシロモノ」(金融筋)だ。
運用難や投資家心理に付け込む
実際、リーマンショック時にはほぼすべての仕組債がノックイン。元本に株価下落率を乗じた金額しか償還されず、大半の投資家に損失が発生した。
なかでも超アグレッシブな運用を続けていた農林中央金庫はCDO(債務担保証券)などと合わせ一時、有価証券評価損が一・五兆円にも膨らんで資本基盤が劣化、経営危機に陥ったほど。コロナショックで今回、その悪夢が再来する可能性が限りなく高まっているというわけだ。
「投資家らがいま保有している仕組債は基準価格に対して二〇~三〇%の下落でノックインするタイプが主流のハズ。つまり現時点ですでにアウト。仮に百億円を投資していたら満期時に償還されるのは七十億~八十億円にとどまり、中小地銀や信用金庫ならそれだけで期間利益が吹き飛ぶ。三月期末決算を目前に控え、これは地獄絵図となる」。メガバンク関係者の一人も言い切る。
それにしても何故このような商品に手を出したのか。背景にあるのは他でもない、超低金利の長期化だ。現在、十年物国債の流通利回りは年〇・〇六%前後しかない。三年物や五年物に至ってはマイナスだ。
その点、仕組債の中にはクーポンが年五~一〇%といった商品も少なくない。国債はもとより上場企業などが発行体となる通常の社債などをもはるかに上回る。運用先が日増しに先細りとなっていく中、個人投資家と違ってキャッシュを遊ばせておくことができない機関投資家からすれば、「少しでもリターンが見込める商品があれば、ある程度のリスクを取ってでも買わざるを得ない」(大手損保関係者)といったところだろう。
米国を牽引役とした世界景気の拡大が続き、株式相場が堅調に推移していたことも大きい。日経平均は一九年一月に一時、二万円を割り込んだものの、その後は二万円を超える水準で推移。同十月以降はじりじりと上昇を続けた。「よもやノックインすることはないだろう」と踏んで飛びついたのだ。
そしてこうした運用難や投資家心理に付け込んで仕組債を大々的に売りまくったのが、野村・大和・SMBC日興をはじめとした証券大手だ。仕組債の販売価格は証券会社のいわば仕切り値だ。利潤は織り込み済みで、手数料はもらえない代わりに売れば売っただけ「スプレッドは確実に抜ける」(業界筋)。
しかも売り手のリスクは限定されている。仕組債には早期償還条項が設定されているためだ。ノックインとは逆に株価や日経平均が予め決められた水準を超えると満期を待つことなく償還してしまう取り決めで、証券会社の負担は早期償還までの利息分だけだ。原則として投資家からの中途解約は認められていない(元本割れ覚悟なら認められる場合も)から、売ってしまえば利益はほぼ確定する。
一種の中毒性
実は昨年春以降、証券大手にとって株式相場はじれったいような展開が続いていた。二万~二万二千円の間でもみ合い、日経平均がほとんど動かなくなったのだ。足元のような乱高下はさておくにしても、株価のボラティリティを利用して利益を稼ぎ出すという証券会社の収益構造からすれば、極めて妙味の薄い相場環境だったことになる。「仕組債増販への大号令が下ったのはまさにそこから」(大和証券関係者)。機関投資家ばかりでなく、その一部は「地方公共団体や学校法人などにも押し込まれた」(事情通)とされる。
仕組債には一種の中毒性があるともいわれている。ドラッグと一緒で、投資家は「一度手を出すとおいそれとやめられなくなる」(メガバンク筋)というのだ。
前述のように仕組債では、対象銘柄の株価や日経平均が一定の水準を超えれば早期償還される仕組みが設けられている。ただ機関投資家からすれば、手元に返ってきた元本と利息をそのままにしておくわけにはいかない。そこでそれを元手に再度、次の仕組債を買う。ところが株価や日経平均がさらに上がればこれも早期償還されてしまう。こうして株価が上昇を続けている限り、投資→早期償還→再投資→早期償還→再々投資が繰り返され、次第に深みに嵌っていくというわけだ。
“ヤクの売人”たる証券会社側がこうした仕組債の属性を熟知していないハズはない。「他の金融商品より利回りがいいことだけを強調して、取引に引きずり込んだ」。大手証券の営業マンの一人はこう嘯く。
恐ろしいことに株価が上昇していけば、当然のことながら新規発行のたびにノックイン価格の水準も切り上がる。相場のちょっとした変調でノックインしかねないリスクも膨らむうえ、現物株ではないので株価がいくら上昇しても投資家が手にできる利益はクーポン分だけだ。
利益限定、損失無限定―大手証券の高笑いが聞こえてくる。
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