JR東日本で「労組リスク」が増大
安全運行を脅かす革マル派「分裂劇」
2020年3月号公開
二月二十二日、東日本旅客鉄道(JR東日本)の社員が加わる新たな産業別組織(産別)が産声を上げた。同月上旬に「東日本旅客鉄道労働組合(JR東労組)」から相次いで分裂した「JR東日本輸送サービス労組」と「ジェイアールバス関東労組」に加わっている約二千百人が参加する組織だ。この新労組発足の背景と、現在のJR東が抱える問題点を読み解くと、同社が抱えるリスクが浮き彫りとなる。五万人超の社員を抱える巨大旅客企業の労使問題は、利用者の安全に直結する重大事だ。
「発足した新労組はJR東労組の中でも過激な一派が飛び出してできたもの。残ったJR東労組も穏当な組織ではなく、社内の分断は避けられない」
JR東のある社員はこう吐露する。二〇一八年の春闘を契機として始まったJR東労組の崩壊劇は、新たな局面に入ったといえる。
JR東労組および同団体が加わるJR総連について、「革マル派が浸透している」と警視庁広報誌が断じたのは一〇年のこと。民主党政権下だった当時、同党はJR東労組の支援を受けていたが、鳩山由紀夫内閣は「JR総連及びJR東労組の影響を行使し得る立場に、革マル派活動家が相当浸透している」と答弁をしている。
職場で繰り広げられる「オルグ」
一八年二月にJR東労組がJR発足後はじめてとなるストライキを会社側と厚生労働省に通告した直後、安倍晋三内閣も、同様の答弁書を閣議決定した。これをひとつのきっかけとして一挙に大量脱退が始まる。その直前までJR東労組の組合員は約四万七千人だったが、同年四月の時点で約二万九千人が離脱した。約五万五千人いた社員の約八割が加入していた巨大組合は、一九年十二月には一万一千人程度までに縮小したのだ。
社会の理解を得られない過激な運動方針に多くの社員が反発したのだが、原因は複合的だと前出社員が語る。
「給与の二%を超える高い組合費や、政治運動などに嫌気がさしていたことも大きい。会社側が労使共同宣言を破棄したことで流れが決定的になった」
また、現場管理職など会社側による「脱退をそそのかす動きもあり」(JR東関係者)、旧国鉄時代に「鬼の動労」と称された国鉄動力車労働組合の流れを色濃く汲んだ組織は、一年余りで大きく退潮した。かつて動労委員長を務め、革マル派ナンバー2だったJR東労組のドン、松崎明氏が亡くなったのが一〇年十二月。それから十年で大きな転換点を迎えたのだ。
「JR東労組はみずからの敗北を認めたとはいえ、三万人以上が脱退するなかで残った社員なので、政治的には中立ではない」
前出JR東関係者はこう話す。では今回の「分裂劇」はいかにして起きたのか。JR総連とは路線を異にするJR労組関係者はこう語る。
「昨秋、会社との協調を模索し始めたJR東労組中央の方針に、東京、八王子、水戸の地方本部(地本)が反発を強めた。結果として労働委員会への救済申し立てや個人賠償請求提訴が行われたが、この前後から分裂に向けた動きが始まっていた」
本格化したのは年明け以降で、前述した三つの地本では新労組に加わった役員から、「新労組に行くのか、JR東労組に残るか、組合をやめるか」という三択の回答を社員に迫るシーンが職場で繰り広げられた。「ロッカーや休憩室でもそのようなやり取りが行われ、相当ストレスが溜まっているとみられていた」(前出JR労組関係者)というから、安全運行への影響も軽微ではないだろう。
新労組に加わった大半は運転士や車掌といった旧動労のコアを構成する組合員であり、誰が見ても「松崎カラー」を継承する組織であることは間違いない。
一方で、JR東労組残留組もまた最大勢力は動労系であり、松崎氏が国労に意図的に動労勢力を浸透させるためにつくった「真国労」の流れを汲む組合員が含まれているという。
分裂した労組は表向き、お互いの運動方針を批判しているが、これを素直に受け取るわけにはいかない。革マル派が伝統的に掲げる「組織建設第一主義」「潜り込み戦術」を考えれば、JR東労組を単純放棄することは考えづらく、旧労組も革マル派残党労組の色が濃い。前出JR労組関係者が語る。
「今後JR東労組は過激な新労組との違いを強調し、脱退者への再加盟を働きかけていくだろう」
令和の時代になったにもかかわらず、まるで昭和と変わらないオルグ、勢力拡大合戦が続いているのである。
そして、いまや社内で最大勢力を持つのが「社友会」だ。任意の互助会でしかない社友会の正確な加盟者数は判然としない。JR東労組側は「会社が主導して社友会に加盟するよう促している」と主張しており、東労組とは立場を異にする前出JR労組関係者もこの事実を認める。
「会社側は、これ以上労組が増えることを望んでおらず、なんら権限を持たない社友会に多くの社員を留めたい本音が透けて見える」
さらなる技術力低下の危機
この状況が、乗客の命を預かる鉄道会社として健全なのか。JR東は近年、事故などが頻発しその安全性に疑問符がついてきた。特に、一四年に発生した京浜東北線脱線転覆事故や、一五年の山手線電柱倒壊事故といった重大事案の原因のひとつに、技術力低下が挙げられた。そして、JR東において労組が、前の世代から次の世代への技術継承システムの一端を担っていたのも明らかな事実だ。
また、近年のJR東社内での「士気低下」も見逃せないファクターだ。そもそも鉄道事業者は運行であれ保守であれ、現業部門がルーチンワークに陥りやすく士気の維持が難しい。そうした中で、現場の意思統一や士気を鼓舞する役目を労組が果たしてきた。
そして現状、JR東社内では、「変革2027」と銘打った組織改正やオペレーションの変更が矢継ぎ早に推し進められ、現場社員の間には不安や不満が蓄積されている。しかしこれらを汲み上げて、会社側にフィードバックする役目を担う組織がない。
ある鉄道ジャーナリストはこう警鐘を鳴らす。
「こうした状況がさらなる技術力低下を招き、安全を毀損する可能性について、JR東も労組側もいいかげん気づくべきだ」
しかし、三十年にわたって「革マル派労組を野放しにしてきたJR東にその当事者能力はない」(前出JR東関係者)。望むべくは、穏当な協調路線労組の誕生だが、それが生まれる土壌もないのだ。
分裂した新労組の幹部はほぼ全員が、JR発足以降に入社した人間。国鉄を知らない世代にも浸透する旧動労の生命力は馬鹿にできない。革マル派労組が退潮したにもかかわらず、JR東の安全の脅威が増すという皮肉な状況が生まれている。
「発足した新労組はJR東労組の中でも過激な一派が飛び出してできたもの。残ったJR東労組も穏当な組織ではなく、社内の分断は避けられない」
JR東のある社員はこう吐露する。二〇一八年の春闘を契機として始まったJR東労組の崩壊劇は、新たな局面に入ったといえる。
JR東労組および同団体が加わるJR総連について、「革マル派が浸透している」と警視庁広報誌が断じたのは一〇年のこと。民主党政権下だった当時、同党はJR東労組の支援を受けていたが、鳩山由紀夫内閣は「JR総連及びJR東労組の影響を行使し得る立場に、革マル派活動家が相当浸透している」と答弁をしている。
職場で繰り広げられる「オルグ」
一八年二月にJR東労組がJR発足後はじめてとなるストライキを会社側と厚生労働省に通告した直後、安倍晋三内閣も、同様の答弁書を閣議決定した。これをひとつのきっかけとして一挙に大量脱退が始まる。その直前までJR東労組の組合員は約四万七千人だったが、同年四月の時点で約二万九千人が離脱した。約五万五千人いた社員の約八割が加入していた巨大組合は、一九年十二月には一万一千人程度までに縮小したのだ。
社会の理解を得られない過激な運動方針に多くの社員が反発したのだが、原因は複合的だと前出社員が語る。
「給与の二%を超える高い組合費や、政治運動などに嫌気がさしていたことも大きい。会社側が労使共同宣言を破棄したことで流れが決定的になった」
また、現場管理職など会社側による「脱退をそそのかす動きもあり」(JR東関係者)、旧国鉄時代に「鬼の動労」と称された国鉄動力車労働組合の流れを色濃く汲んだ組織は、一年余りで大きく退潮した。かつて動労委員長を務め、革マル派ナンバー2だったJR東労組のドン、松崎明氏が亡くなったのが一〇年十二月。それから十年で大きな転換点を迎えたのだ。
「JR東労組はみずからの敗北を認めたとはいえ、三万人以上が脱退するなかで残った社員なので、政治的には中立ではない」
前出JR東関係者はこう話す。では今回の「分裂劇」はいかにして起きたのか。JR総連とは路線を異にするJR労組関係者はこう語る。
「昨秋、会社との協調を模索し始めたJR東労組中央の方針に、東京、八王子、水戸の地方本部(地本)が反発を強めた。結果として労働委員会への救済申し立てや個人賠償請求提訴が行われたが、この前後から分裂に向けた動きが始まっていた」
本格化したのは年明け以降で、前述した三つの地本では新労組に加わった役員から、「新労組に行くのか、JR東労組に残るか、組合をやめるか」という三択の回答を社員に迫るシーンが職場で繰り広げられた。「ロッカーや休憩室でもそのようなやり取りが行われ、相当ストレスが溜まっているとみられていた」(前出JR労組関係者)というから、安全運行への影響も軽微ではないだろう。
新労組に加わった大半は運転士や車掌といった旧動労のコアを構成する組合員であり、誰が見ても「松崎カラー」を継承する組織であることは間違いない。
一方で、JR東労組残留組もまた最大勢力は動労系であり、松崎氏が国労に意図的に動労勢力を浸透させるためにつくった「真国労」の流れを汲む組合員が含まれているという。
分裂した労組は表向き、お互いの運動方針を批判しているが、これを素直に受け取るわけにはいかない。革マル派が伝統的に掲げる「組織建設第一主義」「潜り込み戦術」を考えれば、JR東労組を単純放棄することは考えづらく、旧労組も革マル派残党労組の色が濃い。前出JR労組関係者が語る。
「今後JR東労組は過激な新労組との違いを強調し、脱退者への再加盟を働きかけていくだろう」
令和の時代になったにもかかわらず、まるで昭和と変わらないオルグ、勢力拡大合戦が続いているのである。
そして、いまや社内で最大勢力を持つのが「社友会」だ。任意の互助会でしかない社友会の正確な加盟者数は判然としない。JR東労組側は「会社が主導して社友会に加盟するよう促している」と主張しており、東労組とは立場を異にする前出JR労組関係者もこの事実を認める。
「会社側は、これ以上労組が増えることを望んでおらず、なんら権限を持たない社友会に多くの社員を留めたい本音が透けて見える」
さらなる技術力低下の危機
この状況が、乗客の命を預かる鉄道会社として健全なのか。JR東は近年、事故などが頻発しその安全性に疑問符がついてきた。特に、一四年に発生した京浜東北線脱線転覆事故や、一五年の山手線電柱倒壊事故といった重大事案の原因のひとつに、技術力低下が挙げられた。そして、JR東において労組が、前の世代から次の世代への技術継承システムの一端を担っていたのも明らかな事実だ。
また、近年のJR東社内での「士気低下」も見逃せないファクターだ。そもそも鉄道事業者は運行であれ保守であれ、現業部門がルーチンワークに陥りやすく士気の維持が難しい。そうした中で、現場の意思統一や士気を鼓舞する役目を労組が果たしてきた。
そして現状、JR東社内では、「変革2027」と銘打った組織改正やオペレーションの変更が矢継ぎ早に推し進められ、現場社員の間には不安や不満が蓄積されている。しかしこれらを汲み上げて、会社側にフィードバックする役目を担う組織がない。
ある鉄道ジャーナリストはこう警鐘を鳴らす。
「こうした状況がさらなる技術力低下を招き、安全を毀損する可能性について、JR東も労組側もいいかげん気づくべきだ」
しかし、三十年にわたって「革マル派労組を野放しにしてきたJR東にその当事者能力はない」(前出JR東関係者)。望むべくは、穏当な協調路線労組の誕生だが、それが生まれる土壌もないのだ。
分裂した新労組の幹部はほぼ全員が、JR発足以降に入社した人間。国鉄を知らない世代にも浸透する旧動労の生命力は馬鹿にできない。革マル派労組が退潮したにもかかわらず、JR東の安全の脅威が増すという皮肉な状況が生まれている。
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