JR東海がひた隠す「リニア・リスク」
実用技術「完成」は嘘八百
2019年12月号公開
静岡県の川勝平太知事がリニア中央新幹線の同県内部分の工事について「県民の命の水である大井川の流量が減る」として、着工に難色を示し、二〇二七年に予定されている品川~名古屋間の開業に黄信号が灯っている。もっとも、リニアには、知事が指摘する水源問題以外にも、越えるべき障壁が残されている。「夢の鉄道」は本当に夢のままで終わる可能性さえあり、JR各社の中で最も好調なJR東海の体力を削いでいく。
「超電導リニア技術はすでに実用技術として完成しています」
JR東海は、リニア特設サイトでこう明言している。しかしこれが真っ赤な嘘。山梨リニア実験線では、その名の通りいまだに実験が続けられているだけでなく、まだ入り口段階の技術開発さえ残っていることは知られていない。
「すれちがい実験」さえしてない
現在、山梨実験線で走行実験をしている「営業線仕様」の車両(L0系)は、先頭車の屋根に黒い煤が付着しており、停車すると周囲に陽炎がたつ。これは、車内にあるガスタービン発電装置が排気ガスを発し、煤や熱が車外に漏れているからだ。このガスタービン発電装置は、灯油を燃料とし、車内の照明などが消費する電力を供給する役目をしている。つまり未来の鉄道が、実際にはローテクのディーゼル機関車と同じシステムを積んでいたのである。
現状、大量の燃料を搭載して時速五百キロで走行させていることも危険だが、JR東海もその点は認識している。そのためにガスタービン発電装置を搭載していない車両も用意している。同社は「改良型試作車」を二両導入し、ガイドウェイと呼ばれるリニアが走行する経路の側面から非接触で電気を車両に送り込もうとしている。しかし、この新車両の導入を発表したのは昨年十二月。つまり、車両への電力供給に関しては実験に着手したばかりなのである。
また、JR東海は、既存L0系でもリニア車両の「すれちがい実験」をするそぶりさえみせていない。リニアのガイドウェイには、車両を浮上させ、走行させるための大量のコイルがある。そこに高速で車両が通過する際には周囲の磁場に大きな変化が出る。営業運転をするのであれば、頻繁に時速五百キロの車両がすれ違うのだ。相対速度では時速一千キロに達し、これは音速に近い。この速度での車両の近距離すれ違いは人類にとって未知の領域であり、空力的な問題はもちろん、電磁場の相互作用がどのような挙動を見せるかは、L0系を使った実験を通じて知見を得るしかない。
山梨実験線のガイドウェイは複線化されているが、現在リニア車両が走行できるのは片側のみ。もう一方のガイドウェイの大半にはコイルさえ設置されておらず、コンクリート路盤がむき出しになっている。JR東海は一〇年、L0系を十四両(先頭車四両、中間車十両)製作することを発表し、あたかも二編成で走行試験をするかのような情報を流したものの、いまだにそれには至っていない。
「電源問題」「すれ違い実験」という、営業運転をするための根幹部分をなす技術開発がここまで遅れているのだ。これでよくも「実用技術として完成しています」などとアナウンスできたものだ。
これ以外にも、リニアの技術的不安要素はある。車両浮上に使われている超電導磁石は、突然磁力を失う「クエンチ」という現象と切っても切れない関係にある。古くは国鉄時代の技術者を悩ませたこのクエンチについて、民営化後のJR東海はその実態を明らかにしていない。地元の山梨日日新聞は、一九九九年に山梨実験線で「クエンチ」が起きたことを報じているが、これ以外の状況は一切秘匿されているのだ。
超電導リニアというと、人体への電磁波の影響がよく話題になるが、これについては杞憂に過ぎない。リニアの車両は磁気を遮蔽する材料で作られており、通常運転で乗客に影響を与える可能性は低い。しかし、実は、非常時に乗客が急いで脱出しなければならないときは、車外の強磁場の影響を受ける可能性がある。このような状況への対応についても、JR東海は頑なに口を閉ざす。
同社は都合のいい一部の論文のみしか公開しておらず、その理由について「技術流出防止」を挙げている。
「実際にはそれは単なる言い訳で自信がないのだろう」
旧国鉄時代からの開発の足跡を知るJRのあるOBはこう語る。JR東海の目指すリニアは、超電導を使った世界に類を見ない新規技術である。だがその実現性についてはロマンとは切り離して冷徹に判断すべきだ。かつて「コンコルド」という夢の超音速旅客機があった。技術的問題点を克服せずに強引に実用化した結果、商業ベースとして失敗しただけでなく墜落事故まで起こして歴史の遺物と化した。
リニアについても、ドイツの撤退に学ぶものがある。ドイツはかつて、日本と同様に国策としてリニアの開発を推進したが、結果は芳しくなかった。唯一残った方式(トランスラピッド)の開発は、実験線での死亡事故を機に頓挫し、結局中国の上海に輸出して幕引きとしている。
財政投融資の詐取か
冒頭の水源問題も、想像以上のネックになる。静岡県側は工事で湧き出た水を全量、大井川に戻すことを要求し、現状折れる見込みはない。しかし「作業中の湧水を完全に把握することなど技術的に不可能」(土木専門家)であり、JR東海はなんらかの偽装をして、静岡県を誤魔化すしか手段がない。
もしJR東海が超電導リニア開発を断念しても、中央新幹線は現在走っている鉄輪式で開業させることが可能な構造になっている。本誌一八年一月号の記事でも報じたように、トンネルの大きさは、東海道新幹線の車両が通行できるようなサイズで作られており、経路勾配も最大四十パーミルに制限され、鉄輪式車両が通行可能。つまり、超電導リニアの頓挫を織り込んだ「保険」が準備されているのだ。
しかし、JR東海は超電導リニアを導入するとして地元自治体を説得しているばかりか、国の財政投融資資金も投入されている。これで単なる鉄輪式新幹線の建設ということになれば、やっていることは「融資詐欺」と変わらない。
ところがなぜかメディアは、こうした超電導リニアの「危うさ」に口を閉ざす。これは、JR東海が、JRグループでもっとも経営環境に恵まれており、広告出稿を武器にしてメディアを黙らせる力を持っていることや、技術的な調査ができる記者が根本的に不足していることが関係している。それゆえ、安倍晋三首相とJR東海の葛西敬之名誉会長との親密ぶりに不信感を抱きつつも、メスを入れることを躊躇している。
リニアではなく、JR東海の暴走を止めなくてはならない。
「超電導リニア技術はすでに実用技術として完成しています」
JR東海は、リニア特設サイトでこう明言している。しかしこれが真っ赤な嘘。山梨リニア実験線では、その名の通りいまだに実験が続けられているだけでなく、まだ入り口段階の技術開発さえ残っていることは知られていない。
「すれちがい実験」さえしてない
現在、山梨実験線で走行実験をしている「営業線仕様」の車両(L0系)は、先頭車の屋根に黒い煤が付着しており、停車すると周囲に陽炎がたつ。これは、車内にあるガスタービン発電装置が排気ガスを発し、煤や熱が車外に漏れているからだ。このガスタービン発電装置は、灯油を燃料とし、車内の照明などが消費する電力を供給する役目をしている。つまり未来の鉄道が、実際にはローテクのディーゼル機関車と同じシステムを積んでいたのである。
現状、大量の燃料を搭載して時速五百キロで走行させていることも危険だが、JR東海もその点は認識している。そのためにガスタービン発電装置を搭載していない車両も用意している。同社は「改良型試作車」を二両導入し、ガイドウェイと呼ばれるリニアが走行する経路の側面から非接触で電気を車両に送り込もうとしている。しかし、この新車両の導入を発表したのは昨年十二月。つまり、車両への電力供給に関しては実験に着手したばかりなのである。
また、JR東海は、既存L0系でもリニア車両の「すれちがい実験」をするそぶりさえみせていない。リニアのガイドウェイには、車両を浮上させ、走行させるための大量のコイルがある。そこに高速で車両が通過する際には周囲の磁場に大きな変化が出る。営業運転をするのであれば、頻繁に時速五百キロの車両がすれ違うのだ。相対速度では時速一千キロに達し、これは音速に近い。この速度での車両の近距離すれ違いは人類にとって未知の領域であり、空力的な問題はもちろん、電磁場の相互作用がどのような挙動を見せるかは、L0系を使った実験を通じて知見を得るしかない。
山梨実験線のガイドウェイは複線化されているが、現在リニア車両が走行できるのは片側のみ。もう一方のガイドウェイの大半にはコイルさえ設置されておらず、コンクリート路盤がむき出しになっている。JR東海は一〇年、L0系を十四両(先頭車四両、中間車十両)製作することを発表し、あたかも二編成で走行試験をするかのような情報を流したものの、いまだにそれには至っていない。
「電源問題」「すれ違い実験」という、営業運転をするための根幹部分をなす技術開発がここまで遅れているのだ。これでよくも「実用技術として完成しています」などとアナウンスできたものだ。
これ以外にも、リニアの技術的不安要素はある。車両浮上に使われている超電導磁石は、突然磁力を失う「クエンチ」という現象と切っても切れない関係にある。古くは国鉄時代の技術者を悩ませたこのクエンチについて、民営化後のJR東海はその実態を明らかにしていない。地元の山梨日日新聞は、一九九九年に山梨実験線で「クエンチ」が起きたことを報じているが、これ以外の状況は一切秘匿されているのだ。
超電導リニアというと、人体への電磁波の影響がよく話題になるが、これについては杞憂に過ぎない。リニアの車両は磁気を遮蔽する材料で作られており、通常運転で乗客に影響を与える可能性は低い。しかし、実は、非常時に乗客が急いで脱出しなければならないときは、車外の強磁場の影響を受ける可能性がある。このような状況への対応についても、JR東海は頑なに口を閉ざす。
同社は都合のいい一部の論文のみしか公開しておらず、その理由について「技術流出防止」を挙げている。
「実際にはそれは単なる言い訳で自信がないのだろう」
旧国鉄時代からの開発の足跡を知るJRのあるOBはこう語る。JR東海の目指すリニアは、超電導を使った世界に類を見ない新規技術である。だがその実現性についてはロマンとは切り離して冷徹に判断すべきだ。かつて「コンコルド」という夢の超音速旅客機があった。技術的問題点を克服せずに強引に実用化した結果、商業ベースとして失敗しただけでなく墜落事故まで起こして歴史の遺物と化した。
リニアについても、ドイツの撤退に学ぶものがある。ドイツはかつて、日本と同様に国策としてリニアの開発を推進したが、結果は芳しくなかった。唯一残った方式(トランスラピッド)の開発は、実験線での死亡事故を機に頓挫し、結局中国の上海に輸出して幕引きとしている。
財政投融資の詐取か
冒頭の水源問題も、想像以上のネックになる。静岡県側は工事で湧き出た水を全量、大井川に戻すことを要求し、現状折れる見込みはない。しかし「作業中の湧水を完全に把握することなど技術的に不可能」(土木専門家)であり、JR東海はなんらかの偽装をして、静岡県を誤魔化すしか手段がない。
もしJR東海が超電導リニア開発を断念しても、中央新幹線は現在走っている鉄輪式で開業させることが可能な構造になっている。本誌一八年一月号の記事でも報じたように、トンネルの大きさは、東海道新幹線の車両が通行できるようなサイズで作られており、経路勾配も最大四十パーミルに制限され、鉄輪式車両が通行可能。つまり、超電導リニアの頓挫を織り込んだ「保険」が準備されているのだ。
しかし、JR東海は超電導リニアを導入するとして地元自治体を説得しているばかりか、国の財政投融資資金も投入されている。これで単なる鉄輪式新幹線の建設ということになれば、やっていることは「融資詐欺」と変わらない。
ところがなぜかメディアは、こうした超電導リニアの「危うさ」に口を閉ざす。これは、JR東海が、JRグループでもっとも経営環境に恵まれており、広告出稿を武器にしてメディアを黙らせる力を持っていることや、技術的な調査ができる記者が根本的に不足していることが関係している。それゆえ、安倍晋三首相とJR東海の葛西敬之名誉会長との親密ぶりに不信感を抱きつつも、メスを入れることを躊躇している。
リニアではなく、JR東海の暴走を止めなくてはならない。
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