三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

連載

美の艶話 第47話

逆説的な生の賛歌
齊藤 貴子

2019年11月号

 もしも世界と時間が、あり余るほどあるならば……。
 十七世紀イギリスの詩人、アンドルー・マーヴェルの有名な詩(「恥じらう恋人へ」)の一節だが、こんなふうに、気まぐれに後悔してみたってはじまらない。「世界と時間」には限りがあって、何事にも必ず終わりがやってくる。どんな偉人も美人も、最後はみな骨となり灰に帰す。
―なぁんてニヒルなことをいいだす人間にかぎって、実はものすごくロマンティックだったりする。妙に悲観的で変に理屈っぽいところがあっても、目の奥には大抵、静かな情熱の火がちらちらと燃えている。
 当然だろう。「あり余るほど」の「世界と時間」(world enough and time)は、二十世紀アメリカの小説家ロバート・ペン・ウォーレンら、多くの現代作家たちも思わず引用せずにはいられなかったほどの完璧なフレーズ。いわば、誰もの見果てぬ夢としての理想的反語表現なのであって、その心は「時は決して待ってはくれぬ」ということ。
 だから大切なのは「今」。この認識をもたらす世界と時間の有限性こそは、性愛を含めた人間のあらゆる・・・