美の艶話 第44話
海と波の優しいメタファー
齊藤 貴子
2019年8月号
広いようで狭いこの世界、心静かに自分を取り戻せる場所を探すのは簡単なようで難しい。
いつでもふらっと行けて、そこにいるとほんのひととき何もかも忘れられて、またすぐに元の生活に戻っていける……。そんなありがたい愛人(?)みたいな場所を自然界に求めるとすれば、おそらくツートップは海と山。どちらを選ぶかは人によりけりだろうが、四方を海に囲まれながら、峩々たる山脈にも恵まれた日本列島とは異なり、山といってもせいぜい標高一千数百メートルの「丘」に毛の生えた程度のものしか存在しないブリテン島では、断然「海」派が多いように思う。少なくとも、イギリスの芸術家たちは昔から、危機に際して海辺に逃げ場を求め、定めてきた。
そのひとりが、二十世紀前半のモダニズム画家ポール・ナッシュ。主として伝統的なイギリスの田園風景を描きながら、色や形の大胆な変形も辞さなかったナッシュは、二十世紀ブリティッシュ・アートの最前線にいた人物といっていい。しかし、生身の人間としての彼が一時期、現実に立っていたのは全く別の最前線。第一次世界大戦の西部戦線だった。
「戦争の・・・
いつでもふらっと行けて、そこにいるとほんのひととき何もかも忘れられて、またすぐに元の生活に戻っていける……。そんなありがたい愛人(?)みたいな場所を自然界に求めるとすれば、おそらくツートップは海と山。どちらを選ぶかは人によりけりだろうが、四方を海に囲まれながら、峩々たる山脈にも恵まれた日本列島とは異なり、山といってもせいぜい標高一千数百メートルの「丘」に毛の生えた程度のものしか存在しないブリテン島では、断然「海」派が多いように思う。少なくとも、イギリスの芸術家たちは昔から、危機に際して海辺に逃げ場を求め、定めてきた。
そのひとりが、二十世紀前半のモダニズム画家ポール・ナッシュ。主として伝統的なイギリスの田園風景を描きながら、色や形の大胆な変形も辞さなかったナッシュは、二十世紀ブリティッシュ・アートの最前線にいた人物といっていい。しかし、生身の人間としての彼が一時期、現実に立っていたのは全く別の最前線。第一次世界大戦の西部戦線だった。
「戦争の・・・