《地方金融の研究》 百十四銀行
「セクハラ接待事件」の悪辣非道
2019年1月号公開
「減るもんじゃなし、少しくらいならいいだろう」「何をなさるんですか。触らないで。いやーっ!」……などといったやり取りがあったかどうかは知らない。現場で実際何が繰り広げられたのか、銀行側はいまだ真相を伏せたままにしているからだ。
会長による「セクハラ傍観」事件が発覚した四国有数の地銀、百十四銀行。今年二月に行われた有力取引先との会食で、渡辺智樹会長(当時、現相談役)が同席させた二十代の女性行員に対する取引先の「不快な思いを抱く行為」(豊嶋正和取締役)を制止できなかったとして十月末、引責辞任に追い込まれた事件で、渡辺は兼任していた四国電力の社外取締役も辞任。十一月十六日付で香川県財界トップ、高松商工会議所会頭の座も返上した。
また同じく会食に同席し、取引先の乱暴狼藉を目の当たりにしていながら「見て見ぬふりをしていた」(関係者)とされるもう一人の幹部行員、石川徳尚執行役員・本店営業部長も十月、愛媛の今治支店長に異動させられたうえ、その後解任されている。
経営幹部が関与するセクハラは「立場上、被害者が泣き寝入りを余儀なくされ、表沙汰になるケースが少ない」(事情通)とされている。にもかかわらず今回、事件が明るみになったのは内部告発だ。
銀行側によると、今年五月に全行員を対象に実施したコンプライアンスに関するアンケートにこの女性行員が被害状況を記載。事態を把握した綾田裕次郎頭取ら経営陣はこれを受けて六月、取締役七人で合議のうえ渡辺らの報酬と賞与を減額する決定を行った。ただ「懲戒規定に直接的に罰する規定がない」として、懲戒処分は見送ったという。
渡辺や綾田からすればこれで事件は一件落着。「闇から闇に葬り去って風化するのを待つだけ」とほくそ笑んでいたに違いない。ところがその後、「さらなる調査が必要」と訴える投書が銀行に届く。さらに十月に入ると一連の経緯が社外取締役にもバレるところとなり、同十九日、この社外取締役の要請を受ける形で利害関係のない弁護士二人が再調査に乗り出したのだ。
その結果、①そもそも被害に遭った女性行員は「不適切行為」を働いた取引先の担当ではなく、その女性を会食に同席させること自体、銀行の倫理規定に定める「職場秩序の維持」の趣旨に反する行為で、取締役懲戒規定に該当する②また「不適切行為」を止めなかったことも同じく「人権の尊重」を謳った倫理規定違反―といった厳しい指摘を受け、これが会長辞任と事件の表面化へとつながっていった。
鬼畜に生贄を差し出す所業
それにしても、会食の費用は「取引先持ち」(百十四銀幹部)とはいえ、「場を和ませるため」(綾田頭取)としてコンパニオン代わりに女性行員を駆り出し、おまけにその女性がどんなに恥辱にまみれていようとも目を瞑ってまで接待しなければならない取引先とは一体どこなのか。しかも事情通によると、女性は「会食の途中でわざわざ呼び寄せられた」という。だとしたら銀行関係者すなわち渡辺か石川が手配したに違いなく、鬼畜が待ち受ける場所に生贄を差し出すその営為は、倫理規定違反どころか「悪魔の所業」(金融筋)にも等しい。
そんななか地元財界筋の間で密かに囁かれている件の取引先の名前が、合田工務店―だ。高松市に本社を置く県内最大手のゼネコンで、無論、百十四銀がメーンバンク。東京にも「本店」を持ち、このところマンション建設などでしきりと実績を伸ばしている。
一八年三月期の単体売上高は四百九十二億円強、営業利益は四七・八億円。過去最高だった前期の反動で〇・九%の減収、一四・一%の減益だったものの、豊富な手持ち受注を抱えており、一九年三月期は「再び増収増益基調に復帰するのでは」(地元建設業界関係者)とみられている。財務基盤も強固で今年三月末の自己資本比率は四三%超。ゼネコンとしては優良クラスといえるだろう。
率いているのは森田紘一社長。一九四四年四月生まれの七十四歳で、社長に就任したのは八六年五月だからもう三十二年もトップに君臨していることになる。県建設業協会の会長もつとめる業界の名士で、地元金融筋曰く、渡辺との関係は「ズブズブ」。それだけに周囲には「会食における渡辺のカウンターパートナーが森田だとしたらセクハラ行為をどこまで本気で止めようとしたのか怪しい。煽り立てたか、渡辺も尻馬に乗ったのでは……」といった疑念を漏らす向きも少なくない。
甘すぎる処分
百十四銀は国立銀行条例に基づき一八七八年十一月一日に設立された第百十四国立銀行が母体。七十七銀行(宮城)や八十二銀行(長野)など現存する数少ないナンバー銀行の一つで、戦前にしきりとM&Aを繰り返して業容を拡大。資金量では伊予銀行(愛媛)に次いで四国八行中、第二位の地位にある。
二〇一八年九月末の貸出金残高は二兆八千百四十二億円(三月末比〇・九%減)。香川銀行をまったく寄せ付けず、県内シェアは断トツで、県内六十五本支店(二十一出張所)のほか岡山県に十三店、大阪・愛媛に各五店、兵庫県に四店など瀬戸内海沿岸を中心に広域展開。上海とシンガポールには海外駐在員事務所も配置している。
もっとも地域金融機関の御多分に漏れず、このところの台所事情は決して楽とは言えない。一八年三月期は三十四億円超の債券関係の損失を計上して単体経常利益が百三十億円と前期比二三%強も激減。十一月九日発表した今上期(四~九月)決算も柱の資金利益が大きく落ち込み、コア業務純益を前年同期に比べ約一四%も減らした。有価証券運用の失敗で外債などに依然、四十七億円強の含み損も抱えたままだ。
そんな百十四銀が今期に入って意気込んできたのが、第百十四国立銀行創業来百四十周年の節目を迎えるにあたっての記念事業だ。「百四十年分の『ありがとう』を未来へ」をコンセプトに一九年三月末まで様々なイベントやキャンペーンを展開する計画だったが、そこに降って湧いたのが今回のトップの不祥事。
そのうえ何の因果か、会長辞任の翌日が皮肉にも創業記念日。この日に合わせて、満を持してスタートさせるハズだった投資信託や米ドル建て外貨預金の販売キャンペーンは完全に出鼻を挫かれ、現場は「殺到する顧客からの苦情で修羅場と化した」(事情通)らしい。地元金融関係者の間では「今後、大半の記念事業が中止に追い込まれるのでは」との見方が大勢だ。
事件が公になるまで四国の金融界で百十四銀は「女性が働きやすい職場」として知られていた。厚生労働省が女性の活躍推進を目指す優良企業に与える「えるぼし」マークの最上位を一六年七月、域内の銀行として初めて獲得していたからだ。
そんな「お墨付き」にもトップ自らが泥を塗りつけてしまった今回の事件。行内では「相談役として残るなど処分が甘過ぎる」として、現経営陣への批判も渦巻いている。(敬称略)
会長による「セクハラ傍観」事件が発覚した四国有数の地銀、百十四銀行。今年二月に行われた有力取引先との会食で、渡辺智樹会長(当時、現相談役)が同席させた二十代の女性行員に対する取引先の「不快な思いを抱く行為」(豊嶋正和取締役)を制止できなかったとして十月末、引責辞任に追い込まれた事件で、渡辺は兼任していた四国電力の社外取締役も辞任。十一月十六日付で香川県財界トップ、高松商工会議所会頭の座も返上した。
また同じく会食に同席し、取引先の乱暴狼藉を目の当たりにしていながら「見て見ぬふりをしていた」(関係者)とされるもう一人の幹部行員、石川徳尚執行役員・本店営業部長も十月、愛媛の今治支店長に異動させられたうえ、その後解任されている。
経営幹部が関与するセクハラは「立場上、被害者が泣き寝入りを余儀なくされ、表沙汰になるケースが少ない」(事情通)とされている。にもかかわらず今回、事件が明るみになったのは内部告発だ。
銀行側によると、今年五月に全行員を対象に実施したコンプライアンスに関するアンケートにこの女性行員が被害状況を記載。事態を把握した綾田裕次郎頭取ら経営陣はこれを受けて六月、取締役七人で合議のうえ渡辺らの報酬と賞与を減額する決定を行った。ただ「懲戒規定に直接的に罰する規定がない」として、懲戒処分は見送ったという。
渡辺や綾田からすればこれで事件は一件落着。「闇から闇に葬り去って風化するのを待つだけ」とほくそ笑んでいたに違いない。ところがその後、「さらなる調査が必要」と訴える投書が銀行に届く。さらに十月に入ると一連の経緯が社外取締役にもバレるところとなり、同十九日、この社外取締役の要請を受ける形で利害関係のない弁護士二人が再調査に乗り出したのだ。
その結果、①そもそも被害に遭った女性行員は「不適切行為」を働いた取引先の担当ではなく、その女性を会食に同席させること自体、銀行の倫理規定に定める「職場秩序の維持」の趣旨に反する行為で、取締役懲戒規定に該当する②また「不適切行為」を止めなかったことも同じく「人権の尊重」を謳った倫理規定違反―といった厳しい指摘を受け、これが会長辞任と事件の表面化へとつながっていった。
鬼畜に生贄を差し出す所業
それにしても、会食の費用は「取引先持ち」(百十四銀幹部)とはいえ、「場を和ませるため」(綾田頭取)としてコンパニオン代わりに女性行員を駆り出し、おまけにその女性がどんなに恥辱にまみれていようとも目を瞑ってまで接待しなければならない取引先とは一体どこなのか。しかも事情通によると、女性は「会食の途中でわざわざ呼び寄せられた」という。だとしたら銀行関係者すなわち渡辺か石川が手配したに違いなく、鬼畜が待ち受ける場所に生贄を差し出すその営為は、倫理規定違反どころか「悪魔の所業」(金融筋)にも等しい。
そんななか地元財界筋の間で密かに囁かれている件の取引先の名前が、合田工務店―だ。高松市に本社を置く県内最大手のゼネコンで、無論、百十四銀がメーンバンク。東京にも「本店」を持ち、このところマンション建設などでしきりと実績を伸ばしている。
一八年三月期の単体売上高は四百九十二億円強、営業利益は四七・八億円。過去最高だった前期の反動で〇・九%の減収、一四・一%の減益だったものの、豊富な手持ち受注を抱えており、一九年三月期は「再び増収増益基調に復帰するのでは」(地元建設業界関係者)とみられている。財務基盤も強固で今年三月末の自己資本比率は四三%超。ゼネコンとしては優良クラスといえるだろう。
率いているのは森田紘一社長。一九四四年四月生まれの七十四歳で、社長に就任したのは八六年五月だからもう三十二年もトップに君臨していることになる。県建設業協会の会長もつとめる業界の名士で、地元金融筋曰く、渡辺との関係は「ズブズブ」。それだけに周囲には「会食における渡辺のカウンターパートナーが森田だとしたらセクハラ行為をどこまで本気で止めようとしたのか怪しい。煽り立てたか、渡辺も尻馬に乗ったのでは……」といった疑念を漏らす向きも少なくない。
甘すぎる処分
百十四銀は国立銀行条例に基づき一八七八年十一月一日に設立された第百十四国立銀行が母体。七十七銀行(宮城)や八十二銀行(長野)など現存する数少ないナンバー銀行の一つで、戦前にしきりとM&Aを繰り返して業容を拡大。資金量では伊予銀行(愛媛)に次いで四国八行中、第二位の地位にある。
二〇一八年九月末の貸出金残高は二兆八千百四十二億円(三月末比〇・九%減)。香川銀行をまったく寄せ付けず、県内シェアは断トツで、県内六十五本支店(二十一出張所)のほか岡山県に十三店、大阪・愛媛に各五店、兵庫県に四店など瀬戸内海沿岸を中心に広域展開。上海とシンガポールには海外駐在員事務所も配置している。
もっとも地域金融機関の御多分に漏れず、このところの台所事情は決して楽とは言えない。一八年三月期は三十四億円超の債券関係の損失を計上して単体経常利益が百三十億円と前期比二三%強も激減。十一月九日発表した今上期(四~九月)決算も柱の資金利益が大きく落ち込み、コア業務純益を前年同期に比べ約一四%も減らした。有価証券運用の失敗で外債などに依然、四十七億円強の含み損も抱えたままだ。
そんな百十四銀が今期に入って意気込んできたのが、第百十四国立銀行創業来百四十周年の節目を迎えるにあたっての記念事業だ。「百四十年分の『ありがとう』を未来へ」をコンセプトに一九年三月末まで様々なイベントやキャンペーンを展開する計画だったが、そこに降って湧いたのが今回のトップの不祥事。
そのうえ何の因果か、会長辞任の翌日が皮肉にも創業記念日。この日に合わせて、満を持してスタートさせるハズだった投資信託や米ドル建て外貨預金の販売キャンペーンは完全に出鼻を挫かれ、現場は「殺到する顧客からの苦情で修羅場と化した」(事情通)らしい。地元金融関係者の間では「今後、大半の記念事業が中止に追い込まれるのでは」との見方が大勢だ。
事件が公になるまで四国の金融界で百十四銀は「女性が働きやすい職場」として知られていた。厚生労働省が女性の活躍推進を目指す優良企業に与える「えるぼし」マークの最上位を一六年七月、域内の銀行として初めて獲得していたからだ。
そんな「お墨付き」にもトップ自らが泥を塗りつけてしまった今回の事件。行内では「相談役として残るなど処分が甘過ぎる」として、現経営陣への批判も渦巻いている。(敬称略)
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