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経済

嫌われ東京ガスの不安な「孤立」

会長・社長の「失態」が痛手に

2019年1月号公開

  あれから四カ月近くが経っても“疑念”は晴れていない。いや、むしろ、東京ガスをめぐる予感は“確信”に変わりつつある。
「広瀬さん(道明・東ガス会長)は業腹で仕方ないのだろう。その表われがあの報道だ」
 日本経済新聞の八月十日付記事を振り返りつつ、あるエネルギー関係者はこう指摘した。記事は、東ガスが出光興産、九州電力と三千億円超を投じ、出光の貯炭場遊休地(千葉県)に建設する石炭火力発電所を、LNG(液化天然ガス)へ燃料転換する検討に入ったという内容。石炭火力の温暖化ガス排出に対する環境省や金融界の批判を踏まえた判断だが、寝耳に水の報道に出光、九電は反発。とりわけ石炭輸入大手の出光は「どういうことだ!」と詰め寄り、東ガスは弁明に追われた。
 いったい誰が日経にリークしたのか―。東ガス社内に不審が広がる中、「もしかして……」と疑心暗鬼に駆られた幹部は少なくない。東ガスが二〇一五年三月、出光、九電と石炭火力の共同建設に合意したのは、当時の広瀬社長の決断なのだ。ところが、今年四月に後を襲った内田高史社長は、石炭火力に慎重な発言を繰り返しており、その温度差は一部で不安視されていた。いや、それどころか、内田氏が社長就任後わずか八カ月の間に打ち出したのは広瀬路線の否定ばかりである。前出のエネルギー関係者は予感を語る。
「東ガスは金城湯池の関東圏に再び閉じ籠もろうとしている。会長と社長の軋轢が表面化すれば、新電力最大手の地位も危うい」
 
相次ぐ「広瀬路線」の否定
 
 エネルギー自由化の唯一の勝ち組―。東ガスには、こう枕詞が与えられてきた。一六年四月の電力全面自由化以来、今年九月末までに獲得した顧客数は百四十五万件。二〇年度末に目指す二百二十万件の目標を二百四十万件へ上方修正し、すでに関東圏の電力市場シェア一〇%超が視野に入っている。その立役者は広瀬氏である。
 二〇年代に五百万キロワットの自社電源稼働を掲げ、そのためには石炭火力の建設も辞さず、また関東圏外への進出にも意欲をみせた。本業の都市ガス事業は国内は導管網の拡大、海外ではシェールガスを含む資源開発への参画を唱え、拠点として米国ヒューストン事務所も開設した。これら同時多発的な拡大路線は社内で「八ヶ岳経営」と呼ばれてきたが、ある東ガス幹部はつぶやく。
「八ヶ岳経営の瑕疵は自前主義にこだわりすぎたこと。JXTGの離反は大きな痛手だった」
 東ガスが石油元売り最大手、JXTGエネルギーと共同運営する川崎天然ガス発電(川崎市)の増設計画が頓挫したことは周知の通り。JXTGエネが東ガスに求めたLNG基地の開放に、広瀬氏が難色を示したのが直接の原因だ。その自社設備へのこだわりは、JXTGエネを東京電力ホールディングスへ追いやる結果を招き、両社は東電の老朽化した五井LNG火力(千葉県)の更新を共同で行うことに合意してしまった。
 この失態を取り戻すためにも、千葉の石炭火力はなくてはならない電源である。しかし、内田氏の慎重な姿勢は変わらない。そのことへの広瀬氏の焦燥と無念が日経に漏れたとしても不思議はないだろう。対照的に内田氏の能弁には冷ややかさが目立つ。
 中部・関西圏への進出を問われても「関東から出る気はない」と素っ気なく、ヒューストン事務所については「派遣した二十人は機能していない」と不満げだ。その広瀬路線の否定は、十月十一日の中期経営計画の改定発表にそれとなく忍ばされていた。発表資料には八ヶ岳経営の“や”の字もなく、シェールガスなど資源開発への言及もない。何より従来はあったガス導管網の地図が消えていたのだ。
 広瀬氏は関東圏外へのガス拡販を掲げ、事業者間の導管接続にも理解を示していた。象徴例は小田原市まで延びている東ガスの導管と、三島市まで来ている静岡ガスの導管の接続である。しかし、内田氏は「箱根越えのこのラインは大変な難工事が予想され、慎重に検討したい」と語り、やんわり撤回した。
 実は小田原―三島間の三十キロ足らずが、関東と関西を結ぶガス自由化を阻んでいるのだ。すでに三島市以西の導管は、静岡ガス―中部ガス―東邦ガス―中部電力―大阪ガス―岡山ガスまでつながっている。箱根越幹線が完成すれば、例えば大ガスは姫路LNG基地(兵庫県)から託送した都市ガスの同量分を、東ガスの日立LNG基地(茨城県)で受け取り、首都圏と北関東のガス需要を開拓することも可能になる。つまり、最大需要地にいる東ガスは関東圏外へ進出するどころか、逆に攻め込まれるのだ。
「かつて導管企画部長を務めた内田さんは、その辺りの事情をよく承知している。しかも、広瀬さんがJXTGに頑なな態度を示したおかげで、経済産業省の自由化検証議論ではLNG基地の開放促進が俎上に載ってしまった。ますます箱根越幹線はつくれない」
 東ガス幹部がこう語る通り、おそらく内田氏は八ヶ岳経営の尻拭いをさせられている気分だろう。
 
関電からも離反される
 
 企画部門が保守本流の東ガスにあって、岡本毅相談役、広瀬会長、内田社長はいずれも総合企画部長の経験者だ。しかし、肌合いは大きく異なる。
 内田氏は導管部門のほか、原料調達、人事も担当し、その怜悧さは経験に裏打ちされている。福井の銘酒『黒龍』を愛する酒豪でもあり、岡本氏とは先輩・後輩を超えた呑み仲間だ。比べて企画畑一筋の広瀬氏は直感で動くタイプ。人に群れず、酒席もゴルフも好まない。自らの後継者を営業部門から登用しようとした節があるが、岡本氏に阻止された。今や日本ガス協会会長に祭り上げられ、「経営会議にも出られなくなった」と愚痴をこぼしているという。
 こうした東ガスの世代交代は、他のエネルギー大手にも微妙な影を落とす。関西電力の岩根茂樹社長は広瀬氏の数少ない親密な経営者であり、東ガスとは不動産事業で提携してきた。が、関電の本音は関東圏進出の電力を東ガスから供給してもらうこと。東ガスは二〇年代に目指す五百万キロワットの自社電源計画のうち、三百万キロワットまではめどを付けているが、千葉の石炭火力から離脱した場合、残り二百万キロワットの達成が難しくなる。関電に電力を分けてやる余裕はないのだ。
「ならば、関電は東ガスとの“しがらみ”を断って出光、九電に接近するだろう。大ガスも名乗りを上げるに違いない。東ガスは関西企業まで敵に回すことになる」
 あるエネルギー関係者が語った東ガスをめぐる予感は、会長と社長が相次ぐ失態を糾弾し始めたとき、現実のものとなる。
 


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