JAL「酒酔い操縦士」問題の病巣
変わらぬ「安全軽視」体質の象徴
2019年1月号公開
「『事件』は起こるべくして起きてしまった。社内の体質を根本的に変えなければ、今後も空の安全を脅かしかねない」
日本航空(JAL)の中堅機長はこう語る。十月二十八日に英国ロンドン、ヒースロー空港を飛び立つ予定だったJAL機の副操縦士が飲酒容疑で現地で逮捕された事件。呼気中のアルコール量が基準値の十倍という常識はずれの数値だったが、実は「隠れ飲酒」はこれまでもたびたび問題になってきた。JAL社内では制度欠陥を指摘する勇気ある「告発」が繰り返し行われてきたが、同社はこれらを黙殺し続けてきた。JAL特有の隠蔽体質も加わり、安全への信頼が再び揺らいでいる。
十三回に及ぶ「告発」
「今回の問題は、単に酒の問題のみならず、JALという組織の問題点の縮図のように思います」「酒の問題は、また必ず起きます」
これはJAL内部の人間しか閲覧できないメーリングリストに投稿されたベテランのA機長によるコメントである。時期は二〇一六年九月三日。つまり今回の不祥事を受けたものではない。
同年七月、石川県金沢市に滞在中だったJALの機長と副操縦士が酒席で喧嘩となり、駆けつけた警察官を副操縦士が殴り、公務執行妨害で逮捕されるという事件が起きた。翌朝の小松空港発東京行きの便が欠航になったが、当該副操縦士は一〇年にもサンフランシスコで飲酒によるトラブルを起こしており、「断酒」することを条件に乗務を許されていた。また、機長も「飲酒できるのは搭乗十二時間前まで」という社内規定を守っていなかったことが明るみに出て、当時は大きく報道された。
A機長の「予言」は正しかったことが今回のロンドンの事件で証明された。実はA機長による飲酒問題についての警鐘はこのときだけのものではない。
たとえば翌一七年九月四日には、地方空港に導入される新型アルコール検査機について言及している。前述した石川県での事件を受けて国内線で導入された新型検査機によって「違反者がみつかるケースは増える」とした上で、元凶である飲酒の実態について会社が放置し続けているため、欠航や遅延が増加するだろうと予想したのだ。
実際、JALではこの一年余りの間に飲酒検知により十二件の遅延を起こしていたことが今回公表された。A機長について、あるJAL関係者が語る。
「本人が三年前から禁酒したことで、飲酒についての問題を社内発信するようになった。本人は特に『依存症』というわけではなかったが、命を預かる機長として飲酒問題と向き合ってきたようだ」
しかし会社側はA機長の提言、警鐘を一顧だにせず、「いまだに隠れて飲んでいる人間は後を絶たない」(前出関係者)。JAL社内では「特に年配の乗務員を中心に『酒ぐらいいいじゃないか』という風潮がいまだに残っている」(同前)という。また、同社では破綻以降の人員削減により機長を筆頭とする乗務員に過重労働の傾向があった。これにより精神的なストレスが積み重なり、「結果的に飲酒量が増えている人もいる」(同前)という指摘もある。
最大の病理は、会社側がこうした諸々の飲酒問題を把握しながら隠蔽していたことだ。飲酒検査で引っかかった乗務員は処分されるが、JALはこの事実を社外はもちろん社内でも公表していなかった。当然ながら、遅延した際に乗客にアナウンスされることもない。現場では地上係員にいたるまで「飲酒で遅延」という事実を知りながら、「『乗員手配のために遅れている』などと嘘ではないものの乗客を欺く案内をしてきた」(同前)のである。
全日空(ANA)では〇八年に相次いで飲酒による遅延が発生したことにより厳しい基準を導入したほか、問題があった場合には基本的に公表している。そのためか、今回の国土交通省による調査でも飲酒による遅延事例は確認されていない。しかし、ANAは当然のことをしているに過ぎない。
A機長による投稿は、今年十月までに実に十三回に及んだが結局有効な対策は打たれなかった。この責任は、一義的に運航本部長を務める進俊則・取締役専務執行役員にある。機長出身の進氏が本部長に就任したのは一〇年。この間の飲酒問題の責任が全て同氏に帰する上、A機長によるメーリングリストへの投稿についても知りうる立場にあり、「握りつぶした」(冒頭のJAL機長)張本人なのだ。この進氏が安全統括管理者も兼任しているというのはJAL一流のブラックジョークだろう。
「あわや大惨事」の事例相次ぐ
同社における「安全軽視」は飲酒にまつわる話だけではない。
十月上旬、羽田空港から離陸しようとしたJALのボーイング737型機で、そのトラブルは発生した。旅客機が離陸する際には、翼に装着されたフラップと呼ばれる「高揚力装置」を開く必要がある。これは低速でも機体が浮くようにする装置で、離陸前の手続きの過程で開いているか確認する。
当該機はこのチェックが杜撰だったためフラップを閉じたまま滑走路に進入し、離陸滑走を始めてしまった。その後コックピットで警報音が鳴り響き、機長が離陸を取りやめたという。仮に警報装置が故障していたら滑走路をオーバーランして大惨事になる可能性もあったのだ。問題はそれだけにとどまらなかった。この機長はいったん滑走路上で停止した後、すぐさま離陸をやり直したのだ。通常、滑走路の途中で停止した場合には残りの滑走路の長さで十分に離陸できるかどうかを確認する手続きを踏まなくてはならない。しかし機長はフラップを開くとその確認を省略して、すぐに離陸滑走に移った。あるJAL機長は語る。
「明らかな社内規定違反だ。滑走路長などの確認なしのまま飛ぶのは極めて危険」
長さが足りなければ、これもやはり最悪のケースが考えられた。内規や安全を軽視しているという意味では飲酒問題とまったく同じだ。この機長は「モラルの低さが気になる」と嘆く。
JALは今回、飲酒禁止措置を「乗務前二十四時間」に拡大したほか、運航していった先の滞在地における飲酒を全面禁止にした。とはいえこれも暫定的な対症療法に過ぎないばかりか、A機長が指摘するように隠れて飲む人間はなくならない。
本誌では一五年五月号「日本のサンクチュアリ」でJALにおける安全軽視の問題点を告発した。その病理は今日までJALを蝕み続け、隠蔽体質も受け継がれているといわざるを得ない。安全への根本的な意識改革がなければ、JALの「危険な翼」が今後も多くの乗客の命を危険にさらし続けることになる。
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