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経済

味の素と「ハゲタカ学術誌」の結託

詐欺的「がん検査」でボロ儲けの暴挙

2019年1月号公開

「ハゲタカジャーナル」と総称される粗悪学術誌が世界を席巻している。日本の研究機関から五千七十六本の論文がハゲタカジャーナルに掲載されていたと毎日新聞が報じ、そこには東京大学から発表された百三十二本の論文も含まれている。そもそも学術誌に論文が掲載されるには、専門家の査読を経なければならない。だがハゲタカジャーナルの場合、査読は形だけで、掲載の有無はカネで決まる。数十万円の掲載料と引き換えに、学術的に妥当でない論文も載せることができるのだ。科学的エビデンスがない危うい論文をカネしだいで掲載する名ばかりメディア。あろうことか、日本を代表する食品企業である「味の素」がその悪名高きハゲタカ学術誌を悪用していた。消費者への裏切りにほかならない詐欺的な行為は、いかにして敢行されたのか。
 ハゲタカジャーナルは二〇一三年ごろから増殖し始めた。最近は年間数百誌のペースで増えている。米コロラド大学デンバー校の図書館員ジェフリー・ビール准教授がハゲタカジャーナルのリストを公開してから、世間が認識するようになった。その名の通り、昇進や研究費獲得のために実績がほしい研究者の欲望と弱みにつけ込んだ新手のビジネスだ。ハゲタカジャーナルの勢いが止まらない大きな原因は、これを利用して、商売をする連中が無数に存在するからだ。産官学が一体となって悪用するケースまで顕在化している。
 
「まともな専門家は相手にしない」
 
 その象徴こそ、味の素による仕業にほかならない。ハゲタカジャーナルに載ったのは、味の素が神奈川県などの協力を得て開発したアミノインデックス。血液中のアミノ酸濃度のバランスを分析し、健康状態を評価する技術だ。味の素は、この技術を用いて「アミノインデックスRがんリスクスクリーニング(AICSR)」を開発。「一度の採血で複数のがんの罹患の可能性を評価できる」と喧伝し、一七年に開催された日本人間ドック学会学術大会で優秀演題に選ばれたことを誇っている。
 アミノインデックスは現在、全国の医療機関に採用され、がんをスクリーニングする際、自費診療として二万~二万五千円程度で販売されている。一七年十一月からは、将来の生活習慣病発生リスクを評価する「アミノインデックスR生活習慣病リスクスクリーニング」を売り出している。
 血液検査によるがんのスクリーニングは医学界で長年、議論が積み重ねられてきた。前立腺がんの早期診断としてのPSA検査が、その代表だ。PSAは前立腺がん組織の上皮細胞から分泌される蛋白質で、前立腺がんの患者では早期に血中の濃度が上昇するが、この方程式が当てはまらない例も少なくない。つまり、血液検査によるがんのスクリーニングは極めて難しく、前立腺に特異的な蛋白質を使っても、誤ったデータや判断が少なくないのが現実だ。ましてや、アミノ酸のバランスでがんをスクリーニングするなど「まともな専門家は相手にしない」とがん専門医は言い切る。
 現に受診者からは不安の声が殺到している。一七年九月には、がん検診の際に勤務先からアミノインデックスを受ける補助が出るようになり、検査を受けた女性が、胃・肺・膵臓・乳腺・子宮卵巣がC判定で、「とても動揺している」と読売新聞に投稿したほどだ。
 味の素はランクCを「(健康な人より)約十倍のがんのリスクがある」と説明するが、大部分の人は発がんしない。受診者を不安に陥れているだけだ。この指摘を警戒してか、味の素はアミノインデックスの信頼性を担保するため、学術論文に頼った。自らのホームページに「参考文献」として学術論文を紹介しているが、胡散臭い論文が少なくない。
 例えば〇九年一月、「国際医療・医科学誌」創刊号の巻頭に掲載された論文。これぞ、ハゲタカ出版社として有名なアカデミックジャーナルズ社が発行するハゲタカジャーナルだ。筆頭著者は神奈川県立がんセンターの岡本直幸氏で、アミノインデックスが乳がんや大腸がんの早期診断に有望との結論を下した。この論文には味の素のイノベーション研究所や横浜市立大学の研究者が名を連ね、神奈川県を拠点にする企業、病院、大学の共同研究であることが分かる。
 
神奈川県知事とも癒着
 
 この論文は、スクリーニング検査で避けては通れない偽陽性率について全く言及していない。それにもかかわらず、味の素は、アミノインデックスの効果を証明する根拠として、この論文を利用してきた。さすがに、彼らも問題意識はあったのか。一七年六月に「メタボロミクス」という学術誌に味の素の社員と三井記念病院の山門實医師が書いたアミノインデックスの総説では「日本では、がんのスクリーニングのために商業利用されている」と記載しながらも、くだんの論文は引用されていない。ちなみに、彼らが、この総説を発表した「メタボロミクス」もハゲタカジャーナルである。また、共著者の山門医師は、一七年に味の素が人間ドック学会学術大会の優秀演題賞を受賞したとき、同学会の副理事長を務めていた。要は、仲間うちの自画自賛と言える。味の素のやり方は、かくの如く姑息だ。 
 さらに、神奈川県在住のがん専門医は「味の素は地道な研究よりも、神奈川県の黒岩祐治知事に取り入ろうと躍起だ」と呆れる。前出の味の素のイノベーション研究所は、神奈川県が推進する「京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区」である川崎市川崎区に位置する。神奈川県庁の元職員は「かつての工場街で、多摩川のスーパー堤防沿いにあるため、閑古鳥が鳴いていた」と振り返る。ライフイノベーション特区とは名ばかりの、神奈川県の産業空洞化対策なのだが、地元企業である味の素が協力したことになる。
 その見返りは大きかった。神奈川県は一五年からアミノインデックスを「ME―BYO BRAND」に認定し、未病市場創出促進事業に採択。味の素は毎年、神奈川県が主催する「ME―BYOサミット神奈川」の常連となり、黒岩知事は「何も知らないまま、各地でアミノインデックスを宣伝している」(県関係者)。挙げ句の果てに、味の素のカネ儲けのため、C判定と評価された国民は不安におびえる日々を送る羽目になる。
 ハゲタカジャーナルが、研究実績を水増ししたい研究者からカネを搾り取るだけなら、騙される研究者の自業自得だろう。だが、掲載された論文を自らの権威づけに使う大企業に患者が騙される事態は看過できない。ハゲタカジャーナルが跋扈する世情の裏で、味の素のような大企業や医師の倫理観が問われている。
 


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