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連載

美食文学逍遥 第22話

「本当のご馳走」とは何か
福田 育弘

2018年10月号

 フランスでは自宅に呼んだり、呼ばれたりの会食が多い。会食は美味しいものを食べる場であると同時に、人が知り合い、交流を深める場でもある。
 フランス美食文学の古典ともいうべき『美味礼讃』でブリヤ・サヴァランは、「少なくともまあまあのご馳走、いいワイン、感じのよい会食者、十分な時間」という「四つの条件」がそろえば、「食卓の喜びをほぼすべての広がりにおいて味わうことができる」と述べている。
 最高に洗練された料理とも、最高級のワインともいっていないところがミソだ。そのかわり、楽しい会話を存分に満喫できるような会食者と時間が重視されている。食卓は美食の機会である以上に、社交の場でもあることがわかる。
 そんな社交としての食を実践した有名な文学者がジョルジュ・サンドだ。女性作家が例外的存在だった十九世紀中葉に、男性の筆名を使って八十冊を超える小説のほか、数多い評論や膨大な書簡を遺したサンドは、日本では詩人のミュッセや作曲家のショパンとの恋物語で有名だが、フランスでは「ノアンの奥方」として、フランス中部の田園地帯ベリー地方にある、貴族の家系に属する祖母から受け継いだ・・・