三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

連載

美食文学逍遥 第21話

さんま苦いか塩っぱいか
福田 育弘

2018年9月号

 九月の声を聞くと、そろそろサンマが店先に並ぶ。
 多くの食材が流通や冷蔵・冷凍技術の発達でいつでも手に入るようになった現代でも、ある季節にだけ出回るものが残っている。サンマはそんな食べ物のひとつだ。
 季節はたんに寒暖の変化だけで感じるものではない。暦を見て九月と知ることで、残暑が厳しいけれどもう秋なんだと気づき、秋めいた空や秋らしい風を感じることもあれば、サンマやマツタケを店先で見かけ、もう秋になったことを実感することもある。
 かつては庶民の秋の味覚だったマツタケは高嶺の花になってしまったが、日本の近海で捕れるサンマはあいかわらず庶民の秋の味覚である。日本産のマツタケが高級料亭で賞味されるようになっても、サンマはいまも塩焼きにされ、家族団欒の食卓で食べられる。
 しかし、サンマの庶民性が、かえってサンマの文学的造詣をはばんでいるともいえる。事実、同じ魚でも、鮎や鮪、鯛や鰹に比べてサンマが語られることは少ない。
 そのサンマを歌って、人々に親しまれてきた詩がある。「あはれ/秋風よ/情あらば伝へてよ/―男ありて/今日の夕餉に ひとり/・・・