現代史の言霊 第5話
九月の脱獄 1983年(北アイルランド紛争)
伊熊 幹雄
2018年9月号
《私は高潔さを保って生きてきた》
ジェリー・ケリー(元IRAテロリスト)
英国北アイルランドのベルファストからアイルランド共和国の首都ダブリンまで車を走らせる途中に、その跡地がある。周辺は封鎖されているが、二〇一六年に、ある英国人男性が警備の目をかいくぐって潜入し、特ダネ写真を英国紙に売りつけた。
メイズ刑務所跡地。写真からは施設が広大で、敷地内の道路が複雑に入り組んでいることがわかる。
三十五年前。一九八三年の九月二十五日、同刑務所に収監されていた、テロ組織「アイルランド共和軍暫定派」(IRA)のメンバーら三十八人が、看守らを襲って制服を奪い、集団脱走した。北アイルランド紛争史上で、IRAが英国政府に大恥をかかせた事件だ。
脱獄には、周到な計画に加え、収監場所から出入り口までの、複雑な経路も知らなければならない。
IRA収監者の一人、ラリー・マーリーは数年をかけ、詳細な敷地内の地図を一枚の紙に描いた。優男で愛妻家のマーリーは、敵対的な刑務所職員たちに愛敬をふりまき、雑役・・・
ジェリー・ケリー(元IRAテロリスト)
英国北アイルランドのベルファストからアイルランド共和国の首都ダブリンまで車を走らせる途中に、その跡地がある。周辺は封鎖されているが、二〇一六年に、ある英国人男性が警備の目をかいくぐって潜入し、特ダネ写真を英国紙に売りつけた。
メイズ刑務所跡地。写真からは施設が広大で、敷地内の道路が複雑に入り組んでいることがわかる。
三十五年前。一九八三年の九月二十五日、同刑務所に収監されていた、テロ組織「アイルランド共和軍暫定派」(IRA)のメンバーら三十八人が、看守らを襲って制服を奪い、集団脱走した。北アイルランド紛争史上で、IRAが英国政府に大恥をかかせた事件だ。
脱獄には、周到な計画に加え、収監場所から出入り口までの、複雑な経路も知らなければならない。
IRA収監者の一人、ラリー・マーリーは数年をかけ、詳細な敷地内の地図を一枚の紙に描いた。優男で愛妻家のマーリーは、敵対的な刑務所職員たちに愛敬をふりまき、雑役・・・