安倍「財政破壊」に加担する財務省
国庫を喰い物にする「政権延命術」
2018年7月号公開
「俺は世界一の借金王になった」
二十年前、小渕恵三首相はこう自嘲したものだ。長銀二行(日本長期信用、日本債券信用)が破綻した金融危機の非常事態に、当時としては過去最大、事業規模二十四兆円の経済対策を余儀なくされた。歴史への重責に文字通り命を削り、在職中に倒れた。
だが、小渕氏はたぶん地獄行きを免れたのではないか。その後、借金王の記録は歯止めなく更新されているからだ。
二〇〇九年度、麻生太郎首相が打ち出したのは事業規模約五十七兆円。リーマンショック対策とはいえ、この時の予算の膨張体質は景気が回復しても直らず、麻生財務相の下で続いている。
安倍晋三首相は再登板後、毎年のように大型経済対策を連発してきた。事業規模は計七十兆円を超える。理由はありきたりだ。
一二年度=長引くデフレと円高からの脱却
一三年度=十四年四月消費増税への環境作り
一四年度=増税に伴う個人消費低迷へのテコ入れ
一六年度=リニア新幹線などアベノミクスの再加速
アベノミクスが、異次元金融緩和に加え、財政の異常なカンフル注射で続いてきたと分かる。「安倍・麻生」盟友関係とは、ダブル借金王の一蓮托生なのだ。二人が歴史と国家に対し自責の念を持っているとは、とんと聞かない。
独裁国家並みのデタラメ
そして今年、安倍首相は自民党総裁三選へ財政破壊のアクセルをさらに踏み込んだ。六月に閣議決定した経済財政運営の「骨太の方針」と成長戦略二〇一八は、政権延命のため国庫を喰い物にする独裁国家並みのデタラメと言わざるを得ない代物だ。
来年十月に予定する消費税率の一〇%への引き上げに備え、一九・二〇年度の当初予算で大型経済対策を打つと明記。官邸のご機嫌取りに励む自民党若手議員有志は「二十兆~三十兆円」のべらぼうな規模を提言しており、「首相の念頭にあるのは最低でも各年度五兆円」(自民党幹部)とされる。
財政健全化計画の基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化目標を、従来の二〇年度から五年も先送りした。新たな年限の二〇二五年度には別の政権になっているので、自分で責任を負う気はないと宣言したに等しい。
来年度から三年間の社会保障費など歳出抑制の数値目標設定を見送った。二二年度に団塊の世代が七十五歳になり始め、医療費が急増するが、その時はもう首相でないからほおかむりというわけだ。
消費増税分約五兆円のうち、国の借金返済に充てるはずだった約四兆円の一部は、三~五歳の保育料無償化(約七千三百億円)や大学授業料の負担軽減などに使途を振り替える。
消費税の使途変更は昨年九月、モリカケ問題による支持率急落の政権危機を突破する衆院解散で、首相が唐突にぶち上げた。「国難突破」の国難は、北朝鮮と少子化対策だと位置づけ、「人づくり革命」というネーミングで有権者の歓心を買った。
このいかにも露骨な政策転換は、財政再建が使命の財務官僚による官邸への大がかりな忖度だった。その舞台裏は、必ずしも広く知られていない。
思えば、モリカケ問題も財政破壊も、政権が暴走しだしたのは昨年三月、自民党総裁任期がそれまでの二期六年から三期九年に延長されたのが転機だった。当時の内閣支持率は高く、党内に強いライバルもいない。「この政権は(残余任期も含めて)まだこれから四年半も続くのか」。官邸の内閣人事局に人事を握られた霞が関は、それまでにも増して過剰にゴマをすり始め、官邸はますます傲慢になった。
モリカケ問題における安倍首相の過度な強気、佐川宣寿前国税庁長官や柳瀬唯夫元首相秘書官の不自然な忖度は、そうした心理的な歪み抜きには考えにくい。
同じ忖度が、財政健全化政策でも起きた。超長期政権の安倍首相は、消費税率引き上げを三度延期する可能性が高い―。先を読み、首相との大胆な「取引」を考えたのは古谷一之官房副長官補だ。
財務省主税畑出身(一九七八年入省)。佐川氏より五代前の元国税庁長官で、再登板後の安倍官邸に五年以上仕える。謀略活動で忙しい杉田和博官房副長官に代わり、内政全般を一手に仕切る目立たないが隠れた実力者である。菅義偉官房長官の信任も厚く、地味だが政権内の発言力は小さくない。
古谷氏は、消費増税日程を法律で縛った勝栄二郎元財務事務次官時代の主税局長である。
「財政再建にまるで無関心な安倍首相の手前勝手な増税延期と、あらかじめ決められた増税日程に挟まれて、財務省の後輩たちが苦闘している。古谷氏は財務省OBで現役の最高位にある自分が何とかしなければと考えたのだろう。佐川氏の過剰な忖度も、境遇に追い詰められたせいだと責任を感じていた」(財務省幹部)
三度目の正直で、今度こそ安倍首相に消費増税を確実に実行させるには、政権延命に絡めて増税の果実を先喰いさせるに限る。増税分の使途を有権者に喜ばれる子育て支援に付け替え、財政健全化の期限も外し、増税の前後に手厚い経済対策を約束する。新たな増税プログラムの日程は、ことごとく総裁三期目の任期が終わる二〇二一年九月まで一切の責任を免除するよう組み直されている。
主計局と官邸の「取引」
古谷氏の構想に、主税局は「それでは増税のための増税であり、社会保障と財政再建のためという増税本来の趣旨が台なしで意味がない」と猛反対したが、主計局は「中身を捨てても、今は安倍長期政権に全てを捧げるしかない」と苦渋の政治決断で賛同し、省内論争は昨年夏前に決着した。
財務省は主計畑で政治家との交渉経験豊富な前総括審議官の太田充理財局長(八三年入省)、内閣府は経産省出身で経済財政諮問会議を切り回す今井尚哉首相秘書官直系の新原浩朗政策統括官(八四年入省)が古谷構想とりまとめの両輪を担った。安倍首相が旧民主党の党首交代に伴うゴタゴタの隙を突き電撃解散に踏み切ると、古谷氏は首相に「国難突破の材料に消費増税分も使ってください」とこれを差し出す。自民党は大勝した。
年明けてモリカケ問題が再燃。財務省は決裁文書改ざんで佐川前長官が辞め、福田淳一前事務次官もセクハラで辞任。ツートップ不在の異常事態に陥ったが、この夏は不祥事で処分された岡本薫明主計局長(八三年入省)が順当に次期次官へ昇格する見通しだ。安倍三選のため財政再建すら先送りし、増税まで上納した主計局と官邸の「取引」が生きているからである。奇怪な骨太の方針は、その後ろ暗い証文に他ならない。
二十年前、小渕恵三首相はこう自嘲したものだ。長銀二行(日本長期信用、日本債券信用)が破綻した金融危機の非常事態に、当時としては過去最大、事業規模二十四兆円の経済対策を余儀なくされた。歴史への重責に文字通り命を削り、在職中に倒れた。
だが、小渕氏はたぶん地獄行きを免れたのではないか。その後、借金王の記録は歯止めなく更新されているからだ。
二〇〇九年度、麻生太郎首相が打ち出したのは事業規模約五十七兆円。リーマンショック対策とはいえ、この時の予算の膨張体質は景気が回復しても直らず、麻生財務相の下で続いている。
安倍晋三首相は再登板後、毎年のように大型経済対策を連発してきた。事業規模は計七十兆円を超える。理由はありきたりだ。
一二年度=長引くデフレと円高からの脱却
一三年度=十四年四月消費増税への環境作り
一四年度=増税に伴う個人消費低迷へのテコ入れ
一六年度=リニア新幹線などアベノミクスの再加速
アベノミクスが、異次元金融緩和に加え、財政の異常なカンフル注射で続いてきたと分かる。「安倍・麻生」盟友関係とは、ダブル借金王の一蓮托生なのだ。二人が歴史と国家に対し自責の念を持っているとは、とんと聞かない。
独裁国家並みのデタラメ
そして今年、安倍首相は自民党総裁三選へ財政破壊のアクセルをさらに踏み込んだ。六月に閣議決定した経済財政運営の「骨太の方針」と成長戦略二〇一八は、政権延命のため国庫を喰い物にする独裁国家並みのデタラメと言わざるを得ない代物だ。
来年十月に予定する消費税率の一〇%への引き上げに備え、一九・二〇年度の当初予算で大型経済対策を打つと明記。官邸のご機嫌取りに励む自民党若手議員有志は「二十兆~三十兆円」のべらぼうな規模を提言しており、「首相の念頭にあるのは最低でも各年度五兆円」(自民党幹部)とされる。
財政健全化計画の基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化目標を、従来の二〇年度から五年も先送りした。新たな年限の二〇二五年度には別の政権になっているので、自分で責任を負う気はないと宣言したに等しい。
来年度から三年間の社会保障費など歳出抑制の数値目標設定を見送った。二二年度に団塊の世代が七十五歳になり始め、医療費が急増するが、その時はもう首相でないからほおかむりというわけだ。
消費増税分約五兆円のうち、国の借金返済に充てるはずだった約四兆円の一部は、三~五歳の保育料無償化(約七千三百億円)や大学授業料の負担軽減などに使途を振り替える。
消費税の使途変更は昨年九月、モリカケ問題による支持率急落の政権危機を突破する衆院解散で、首相が唐突にぶち上げた。「国難突破」の国難は、北朝鮮と少子化対策だと位置づけ、「人づくり革命」というネーミングで有権者の歓心を買った。
このいかにも露骨な政策転換は、財政再建が使命の財務官僚による官邸への大がかりな忖度だった。その舞台裏は、必ずしも広く知られていない。
思えば、モリカケ問題も財政破壊も、政権が暴走しだしたのは昨年三月、自民党総裁任期がそれまでの二期六年から三期九年に延長されたのが転機だった。当時の内閣支持率は高く、党内に強いライバルもいない。「この政権は(残余任期も含めて)まだこれから四年半も続くのか」。官邸の内閣人事局に人事を握られた霞が関は、それまでにも増して過剰にゴマをすり始め、官邸はますます傲慢になった。
モリカケ問題における安倍首相の過度な強気、佐川宣寿前国税庁長官や柳瀬唯夫元首相秘書官の不自然な忖度は、そうした心理的な歪み抜きには考えにくい。
同じ忖度が、財政健全化政策でも起きた。超長期政権の安倍首相は、消費税率引き上げを三度延期する可能性が高い―。先を読み、首相との大胆な「取引」を考えたのは古谷一之官房副長官補だ。
財務省主税畑出身(一九七八年入省)。佐川氏より五代前の元国税庁長官で、再登板後の安倍官邸に五年以上仕える。謀略活動で忙しい杉田和博官房副長官に代わり、内政全般を一手に仕切る目立たないが隠れた実力者である。菅義偉官房長官の信任も厚く、地味だが政権内の発言力は小さくない。
古谷氏は、消費増税日程を法律で縛った勝栄二郎元財務事務次官時代の主税局長である。
「財政再建にまるで無関心な安倍首相の手前勝手な増税延期と、あらかじめ決められた増税日程に挟まれて、財務省の後輩たちが苦闘している。古谷氏は財務省OBで現役の最高位にある自分が何とかしなければと考えたのだろう。佐川氏の過剰な忖度も、境遇に追い詰められたせいだと責任を感じていた」(財務省幹部)
三度目の正直で、今度こそ安倍首相に消費増税を確実に実行させるには、政権延命に絡めて増税の果実を先喰いさせるに限る。増税分の使途を有権者に喜ばれる子育て支援に付け替え、財政健全化の期限も外し、増税の前後に手厚い経済対策を約束する。新たな増税プログラムの日程は、ことごとく総裁三期目の任期が終わる二〇二一年九月まで一切の責任を免除するよう組み直されている。
主計局と官邸の「取引」
古谷氏の構想に、主税局は「それでは増税のための増税であり、社会保障と財政再建のためという増税本来の趣旨が台なしで意味がない」と猛反対したが、主計局は「中身を捨てても、今は安倍長期政権に全てを捧げるしかない」と苦渋の政治決断で賛同し、省内論争は昨年夏前に決着した。
財務省は主計畑で政治家との交渉経験豊富な前総括審議官の太田充理財局長(八三年入省)、内閣府は経産省出身で経済財政諮問会議を切り回す今井尚哉首相秘書官直系の新原浩朗政策統括官(八四年入省)が古谷構想とりまとめの両輪を担った。安倍首相が旧民主党の党首交代に伴うゴタゴタの隙を突き電撃解散に踏み切ると、古谷氏は首相に「国難突破の材料に消費増税分も使ってください」とこれを差し出す。自民党は大勝した。
年明けてモリカケ問題が再燃。財務省は決裁文書改ざんで佐川前長官が辞め、福田淳一前事務次官もセクハラで辞任。ツートップ不在の異常事態に陥ったが、この夏は不祥事で処分された岡本薫明主計局長(八三年入省)が順当に次期次官へ昇格する見通しだ。安倍三選のため財政再建すら先送りし、増税まで上納した主計局と官邸の「取引」が生きているからである。奇怪な骨太の方針は、その後ろ暗い証文に他ならない。
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