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連載

美の艶話 第32話

脇役としての乳房
佐伯 順子

2018年8月号

小林古径《髪》

おしげもなく胸をさらし、観る者に正面を向いて髪を梳かれる女性。ドキリとするような大胆な姿だが、いわゆる「トップレス」は、江戸以前には現在ほどには猥褻とはみなされていなかった。女性が胸をあらわにして水浴びをしたり授乳したりする姿は、市井の人々の日常生活のひとこまであり、現代ほどに強い性的要素をはらむものではなかった。
 一方、西洋画の美術教育において裸体画デッサンは基本であり、明治以降の美術界には、西洋文化の影響をうけた裸体表現が登場してくる。しかし、当時の西洋画の巨匠・黒田清輝が、全裸で鏡に向かい髪を整える女性を描いた『朝妝』(一八九三年)は、日本で展示する際に是非が問われ、同じ作者の『裸体婦人像』(一九〇〇年)は、展示室で下半身を布で覆われるいわゆる「腰巻事件」がおきた。
 明治期の浴場では男女の混浴が行われていたため、外国人が驚いたという逸話と、絵画表現に対する日本人の倫理観は奇妙なねじれをみせている。裸体画は日本文化、社会において、美的、官能的に重要な意味づけをなされてこなかったが、それが・・・