三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

連載

をんな千一夜 第16話

エリートが崇めた「文盲の貧者」
石井 妙子

2018年7月号

《出口なお》

 ものを書いていると、時おり自分で書いているのに誰かに書かされているような、不思議な感覚を味わうことがある。そんな話を友人に何気なく打ち明けたところ、「まるで『お筆先』ね」と笑われた。
 貧しかったため寺子屋にも小学校にも通えなかった文盲の女性が、五十歳を過ぎて突然、「神がかり」し、筆を手にすると猛烈な勢いで文字を綴った。
 読み書きができないはずの女性の、こうした行為を目の当たりにした人々はおののき、筆先からほとばしり出た文字は神の声であるに違いないと信じ、「お筆先」として崇めた。これが明治に誕生した新興宗教大本教の起こりである。
 開祖となった女性の名は、出口なお。幕末の天保七(一八三七)年に、当時は丹波といわれた現在の京都府福知山市で生まれた。大工だった父の名は、桐村五郎三郎。隣村の綾部から嫁いだ母の名は、そよ。桐村家はそう貧しい家ではなかったものの、五郎三郎の放蕩がたたって急激に家運を落としていた。その上、なおの生まれた天保七年は、あの「天保の大飢饉」の年である。母そよは生まれた・・・