東京ガス「お公家集団」の裏の顔
自由化「悪用」業界内外で狼藉三昧
2018年2月号公開
完全なる自由は節度ある支配に劣るとプラトンは言う。電力・ガス全面自由化の前に消費者が懸念したのもまさにその点だった。だが、役人は手段の自己目的化という罠に陥り、全面自由化へと突き進んでしまった。得をしたのは過去の総括原価主義で肥大化した独占企業だけだ。その恩恵に与った東京ガスは、粛清や圧迫、策動などあらゆる蛮行を繰り返しながら、領土拡大に精を出す。宿敵、電力業界だけでなく、身内のガス業界からも非難の声が上がるが、東ガスを咎め、制止する手段は、もはやどこにも存在しない。
ニチガスは「見せしめだ」
昨年十二月、マスコミ各社に一斉に報道された東ガスの広瀬道明社長のインタビュー記事が、ガス業界関係者の間で物議を醸すことになった。広瀬社長は中部圏への進出を宣言。さらに、東邦ガスとの提携協議を進めていることも明らかにしたのだ。邦ガスは中部圏を地盤にするガス会社で、東ガス、大阪ガスに次ぐ規模を誇る。業界トップと第三位のタッグは危機感の表れにも見えるが、業界内に漏れ伝わってきたのは、名指しをされた邦ガスからの反発の声だった。
「東ガスと邦ガスは、まだそこまでの具体的な話をしていなかった」。そう言い切るのは大手ガス会社幹部だ。「広瀬社長は確かにそういう思いを持っているようだが、邦ガスの中枢は難色を示しており、広瀬社長の猛アプローチに困惑しているような状態だった」とこの幹部は話す。それにもかかわらず、インタビューでは邦ガスの名前が出ることになった。「邦ガスに何の断りもなかった」という証言もあり、ガス業界では「煮え切らない邦ガスの外堀を東ガスが埋めようとしたのではないか」との観測も出る。
邦ガス内部はどうか。邦ガス関係者の中には、勝手に名前を出されたことに対して「うちは東ガスの子会社じゃない」と怒りに拳を震わせる者もいるという。邦ガスは業界三男坊とはいえ、売上規模は長男である東ガスの四分の一にとどまるなどその差は歴然だ。東ガスにとって「邦ガスは半人前」との意識があり、それが今回の騒動の背景にあると見る向きが強い。
東ガスが邦ガスを取り込もうとする動きは「邦ガスにちょっかいを出している他企業への明確なメッセージだろう」と分析する関係者もいる。邦ガスに接近していた企業の一つが東京電力ホールディングス(HD)だ。東電HDは中部圏での電力・ガス販売を狙い、邦ガスとの提携を模索。一時は現場レベルでの緩やかな協力関係が出来上がっていたこともあった。
もう一つは大ガスだ。同社は邦ガスの競合相手である中部電力との関係が深く、邦ガスの入り込む余地はないはずだが、大ガスが中部圏に発電所の計画を立てたことで東ガスから目を付けられることになった。邦ガスは資金力に乏しく、まともな自社電源を持たない。それが電力事業のネックになっていることもあり、東ガスは「大ガスは電源を餌に邦ガスとの仲を深めようとしている」と勘ぐっているのだ。
東ガスは大ガスへの当てつけから関西電力との提携を各所で触れて回っているが、その関電は中部圏進出の際の味方に付けようと、邦ガスと連携協議に入っていた。そこにしゃしゃり出てきたのが東ガスだ。東ガスは関電に「邦ガスだけでは物足りないだろうから、ぜひうちと一緒に。うちなら原子力発電所の再稼働で余った電気も大量に捌ける」と誘っているという。
この露骨な〝束縛〟に、身内のガス業界関係者も眉をひそめている。だが、表立って、反発する者は皆無だ。それはおそらく、反旗を翻せばどうなるかがわかっているからだろう。東ガスは自らに歯向かう者を容赦なく粛清する。日本瓦斯(ニチガス)がその良い例だ。
LPガスを生業としているニチガスだが、実際は全面自由化の前から都市ガス会社を傘下に抱えており、その都市ガス会社にガスを供給していたのが東ガスだった。あまり知られていないが、首都圏には東ガス以外にも都市ガス会社が存在する。そのうちの二十社以上が、東ガスのガスを仕入れて売っている会社なのだ。
ガス業界の用語ではこれらの会社を卸先と呼ぶ。ガスを調達する手段を持たない卸先にとり、ガスを供給してくれる東ガスは自らの命脈を握る存在だ。東ガスはガス供給とともに、エンジニアリング回りの面倒も引き受けることで、卸先の支配力を高めた。関東一円の中小ガス会社の多くは、今も東ガスに忠誠を尽くす。
では、その帝国から亡命をしたニチガスはどうなったか。ニチガスがガス調達を東京電力エナジーパートナー(EP)に切り替えると、東ガスはすぐさまニチガスの営業エリアに侵攻。破格のガス代をアピールして、ニチガスの客を奪いにいった。「ニチガスのエリアは儲からない。それなのになぜやるかと問われれば、それは見せしめだ」と東ガス関係者は言い放つ。
東ガスは今も、ニチガスへの仕打ちを引き合いに出しながら、卸先の引き締めを図っている。中小ガス会社は東ガスに攻め込まれたらひとたまりもない。結果、東電EPは東ガスの卸先を攻めあぐねるようになり、切り替えはニチガス陣営のみという状況だ。
欲深い東ガスらしい新社長
東ガスの乱暴狼藉はガス業界内だけにとどまらない。「最近、東ガスの嫌がらせが激しい」と苛立つのは電力業界関係者だ。とりわけ目立つのは、ガス基地開放だという。東ガスは総括原価の時代に基地を大量に建設したが、それを新規参入者に開放するのをいまだに渋っている。基地を使えなければ、他企業は東ガスからガスを買って新規参入するしかない。「既存事業者の商品を転売するのが本当に自由化なのか」と電力業界関係者があきれるのももっともだ。
嫌がらせの極致ともいえるものが、JERAの運営への注文だろう。同社は東京電力フュエル&パワー(FP)と中部電の折半出資で立ち上げた燃料・発電会社だが、このところ東ガス関係者からは「早期に株式を売却し、福島復興に利益を充てるべきだ」との声が上がるようになった。
目当ては、JERAの電源だ。同社は東電FPと中部電の発電所を統合することになっており、東ガスはそれらを新規参入者に開放すべきと揺さぶりをかけている。東電FPと中部電の出資比率を下げてしまえば、第三者が電源を調達する理由ができ、東ガスにお鉢が回ってくる可能性もある。
一月二十三日には、内田高史副社長が社長に昇格するトップ人事を発表した。内田次期社長は、広瀬社長以上に〝東ガスファースト〟といわれる。「導管でも儲けたい」(内田次期社長)とうそぶくあたり、欲深い東ガスのトップにふさわしい人選と言えそうだ。
ニチガスは「見せしめだ」
昨年十二月、マスコミ各社に一斉に報道された東ガスの広瀬道明社長のインタビュー記事が、ガス業界関係者の間で物議を醸すことになった。広瀬社長は中部圏への進出を宣言。さらに、東邦ガスとの提携協議を進めていることも明らかにしたのだ。邦ガスは中部圏を地盤にするガス会社で、東ガス、大阪ガスに次ぐ規模を誇る。業界トップと第三位のタッグは危機感の表れにも見えるが、業界内に漏れ伝わってきたのは、名指しをされた邦ガスからの反発の声だった。
「東ガスと邦ガスは、まだそこまでの具体的な話をしていなかった」。そう言い切るのは大手ガス会社幹部だ。「広瀬社長は確かにそういう思いを持っているようだが、邦ガスの中枢は難色を示しており、広瀬社長の猛アプローチに困惑しているような状態だった」とこの幹部は話す。それにもかかわらず、インタビューでは邦ガスの名前が出ることになった。「邦ガスに何の断りもなかった」という証言もあり、ガス業界では「煮え切らない邦ガスの外堀を東ガスが埋めようとしたのではないか」との観測も出る。
邦ガス内部はどうか。邦ガス関係者の中には、勝手に名前を出されたことに対して「うちは東ガスの子会社じゃない」と怒りに拳を震わせる者もいるという。邦ガスは業界三男坊とはいえ、売上規模は長男である東ガスの四分の一にとどまるなどその差は歴然だ。東ガスにとって「邦ガスは半人前」との意識があり、それが今回の騒動の背景にあると見る向きが強い。
東ガスが邦ガスを取り込もうとする動きは「邦ガスにちょっかいを出している他企業への明確なメッセージだろう」と分析する関係者もいる。邦ガスに接近していた企業の一つが東京電力ホールディングス(HD)だ。東電HDは中部圏での電力・ガス販売を狙い、邦ガスとの提携を模索。一時は現場レベルでの緩やかな協力関係が出来上がっていたこともあった。
もう一つは大ガスだ。同社は邦ガスの競合相手である中部電力との関係が深く、邦ガスの入り込む余地はないはずだが、大ガスが中部圏に発電所の計画を立てたことで東ガスから目を付けられることになった。邦ガスは資金力に乏しく、まともな自社電源を持たない。それが電力事業のネックになっていることもあり、東ガスは「大ガスは電源を餌に邦ガスとの仲を深めようとしている」と勘ぐっているのだ。
東ガスは大ガスへの当てつけから関西電力との提携を各所で触れて回っているが、その関電は中部圏進出の際の味方に付けようと、邦ガスと連携協議に入っていた。そこにしゃしゃり出てきたのが東ガスだ。東ガスは関電に「邦ガスだけでは物足りないだろうから、ぜひうちと一緒に。うちなら原子力発電所の再稼働で余った電気も大量に捌ける」と誘っているという。
この露骨な〝束縛〟に、身内のガス業界関係者も眉をひそめている。だが、表立って、反発する者は皆無だ。それはおそらく、反旗を翻せばどうなるかがわかっているからだろう。東ガスは自らに歯向かう者を容赦なく粛清する。日本瓦斯(ニチガス)がその良い例だ。
LPガスを生業としているニチガスだが、実際は全面自由化の前から都市ガス会社を傘下に抱えており、その都市ガス会社にガスを供給していたのが東ガスだった。あまり知られていないが、首都圏には東ガス以外にも都市ガス会社が存在する。そのうちの二十社以上が、東ガスのガスを仕入れて売っている会社なのだ。
ガス業界の用語ではこれらの会社を卸先と呼ぶ。ガスを調達する手段を持たない卸先にとり、ガスを供給してくれる東ガスは自らの命脈を握る存在だ。東ガスはガス供給とともに、エンジニアリング回りの面倒も引き受けることで、卸先の支配力を高めた。関東一円の中小ガス会社の多くは、今も東ガスに忠誠を尽くす。
では、その帝国から亡命をしたニチガスはどうなったか。ニチガスがガス調達を東京電力エナジーパートナー(EP)に切り替えると、東ガスはすぐさまニチガスの営業エリアに侵攻。破格のガス代をアピールして、ニチガスの客を奪いにいった。「ニチガスのエリアは儲からない。それなのになぜやるかと問われれば、それは見せしめだ」と東ガス関係者は言い放つ。
東ガスは今も、ニチガスへの仕打ちを引き合いに出しながら、卸先の引き締めを図っている。中小ガス会社は東ガスに攻め込まれたらひとたまりもない。結果、東電EPは東ガスの卸先を攻めあぐねるようになり、切り替えはニチガス陣営のみという状況だ。
欲深い東ガスらしい新社長
東ガスの乱暴狼藉はガス業界内だけにとどまらない。「最近、東ガスの嫌がらせが激しい」と苛立つのは電力業界関係者だ。とりわけ目立つのは、ガス基地開放だという。東ガスは総括原価の時代に基地を大量に建設したが、それを新規参入者に開放するのをいまだに渋っている。基地を使えなければ、他企業は東ガスからガスを買って新規参入するしかない。「既存事業者の商品を転売するのが本当に自由化なのか」と電力業界関係者があきれるのももっともだ。
嫌がらせの極致ともいえるものが、JERAの運営への注文だろう。同社は東京電力フュエル&パワー(FP)と中部電の折半出資で立ち上げた燃料・発電会社だが、このところ東ガス関係者からは「早期に株式を売却し、福島復興に利益を充てるべきだ」との声が上がるようになった。
目当ては、JERAの電源だ。同社は東電FPと中部電の発電所を統合することになっており、東ガスはそれらを新規参入者に開放すべきと揺さぶりをかけている。東電FPと中部電の出資比率を下げてしまえば、第三者が電源を調達する理由ができ、東ガスにお鉢が回ってくる可能性もある。
一月二十三日には、内田高史副社長が社長に昇格するトップ人事を発表した。内田次期社長は、広瀬社長以上に〝東ガスファースト〟といわれる。「導管でも儲けたい」(内田次期社長)とうそぶくあたり、欲深い東ガスのトップにふさわしい人選と言えそうだ。
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