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連載

をんな千一夜 第12話

山本コマツ 日本海軍の「お母さん」
石井 妙子

2018年3月号

 二〇一六年、その料亭は火災で全焼し、約百三十年という歴史に幕を下ろした。建物はもとより歴代の客たちが揮毫した扁額や掛け軸などもすべて灰に帰したと聞いて惜しく思うとともに、「戦後」がまたひとつ幕を下ろしたというような感慨にもとらわれた。
 料亭の名は「小松」。日本随一の軍港であった横須賀で「海軍料亭」の異名をとった店である。日本海軍の士官以上で、敷居を跨がなかった軍人は、おそらくひとりもいないであろう。日本海軍とともに歩んだ店であり、店の歴史はそのまま海軍の歴史といってよい。
 初代女将の名前は山本コマツ。女将の名前から「小松」と店も命名されたわけだが、そもそもの彼女の名は「山本悦」であり、さらにその前は、かなり大きくなってからも「赤ちゃん」と周囲から呼ばれていたのだという。
 コマツが江戸の小石川に生まれたのは嘉永二(一八四九)年。父・新蔵が、厄年の四十二歳の時に授かった子どもで、昔から厄年に生まれた子は、一度捨てて、他人に拾ってもらってから名前を付けないと丈夫には育たないと信じられていた。そこで新蔵は他人にやらない代わりに、娘に名前を付けず、ただ「赤ち・・・