JXTG首脳人事の「暗闘劇」
「乱戦」八人の誰が権力を握るか
2018年1月号公開
いったい権力はどこにあるのか。二〇一八年四月、JXホールディングスと東燃ゼネラル石油の経営統合から一周年を迎えるJXTGホールディングス(HD)―。大幅な首脳人事が予想される中、グループ内には旧日本石油の“販売のドン”、名誉顧問の渡文明はじめ新旧八人の実力者の思惑が渦巻き、権力の所在は判然としない。
その様子はさながら、八つの頭が鎌首をもたげるヤマタノオロチに似て怪異だ。果たして誰が権力を掌中にするのか、グループ内は戦々恐々としているが、八つの頭の中でもとりわけ挙動を注目されているのは、旧日石出身のJXTGエネルギー社長、杉森務。すなわち、全国一万四千カ所の給油所を率いる石油元売り最大手のトップである=左頁の図参照。その杉森は一七年九月五日の朝、日本経済新聞を見て激怒した。
「出入り禁止だ!」
全給油所のブランドを東京五輪までにJXの「エネオス」に統一し、東燃ゼネの「エッソ」「モービル」「ゼネラル」の廃止を報じる大見出しが躍っていたからだ。ブランド統一はこの日、杉森が決裁し、一週間かけて東燃ゼネ系特約店を説得したあと、同十三日の支店長を含む販売会議で正式決定、発表する手筈になっていた。それを事前に報じた日経記者に怒りをぶつけたのだ。しかし……。
「あれは杉森さんの自作自演。日経にリークできるのはあの人しかいない」
今もJXTGエネの東燃ゼネ出身社員からは義憤の声が上がる。ブランド統一の機密を知っていた幹部は限られ、その中で件の日経記者と懇意なのは杉森だからだ。すでに一七年七月、JXと東燃ゼネのガソリン仕切り価格はJXに片寄せする形で一本化され、精製コストに優れる東燃ゼネの特約店は安売りを封じられた。さらにブランドを統一されれば、数で勝るJX系特約店に対抗する術はない。
JXTGエネの改革は、JX主導、というより旧日石主導で確実に既成事実化されており、その中心にいるのが杉森なのだ。
「杉森―川田」の反目が火種に
持ち株会社JXTGHDの業績は好調である。今年度上期の連結営業利益は一千九百五十三億円に達し、その売上高利益率は四・二%。前年同期のJXHDの二・五%から大きく改善した。通期の営業利益予想も三千五百億円から四千億円へ上方修正し、株価は経営統合後に五〇%近く上昇している。
理由は前述の通り、JXと東燃ゼネの仕切り価格の一本化による利益率の改善だ。さらに東燃ゼネから流れていた業者間転売玉が激減し、ガソリン需給が締まったことも、販売マージンの大幅な伸びを助けた。一方、JXTGエネは仕切り価格の一本化と符牒を合わせるように管理職の給与体系も統一した。この結果、高給で知られた東燃ゼネの出身社員は年収が百万円単位で下がるケースもあり、退職者が相次いでいる。
つまり、今年度の好決算は“合併ボーナス”なのだが、その手柄は独り事業会社社長の杉森に集中する。「今やJXTGエネで杉森さんに盾突ける人材はいない」と言われる中、本人はさぞ満悦しているだろうと思いきや、必ずしもそうではない。杉森は周囲に「うちの人事はどうしてこんなに官僚的なんだ」と、しばしば愚痴をこぼしているという。つまり、社長でありながらJXTGエネの人事を掌握できていないのだ。
それを握っているのは、JXTGHD会長の木村康。同じ旧日石の販売畑でも杉森より年次が九年上の重鎮である。その木村が辞意を固めた結果、グループの首脳人事は一気に流動化した。焦点は二つある。木村が務める石油連盟会長に誰を充てるか、同じく経団連副会長を誰に継がせるか―。
木村はすでに石連会長は杉森に定め、元売り二位の出光興産社長、月岡隆の承諾も取り付けているという。ただし、石連会長と事業会社社長の兼務は物理的に困難なため、杉森を持ち株会社社長へ昇格させる。その場合、現在、JXTGHD社長の内田幸雄が同会長に就き、木村から経団連副会長を引き継ぐ選択肢が浮上する。
旧日本鉱業出身の内田は企画畑一筋。“再編屋”の異名をとり、東燃ゼネ社長だったJXTGHD副社長の武藤潤と経営統合を実現させた立役者だ。東燃ゼネ流の効率経営を導入し、旧日石中心の低採算の販売部門の改革を期待されたが、グループ内には「内田さんの仕事は終わっている」という声が強い。内田自身、再編には情熱を燃やしても、その後の改革や猟官運動には超然とし、おかげでJXTGエネの旧日鉱出身社員は多くが淘汰された。恨み節が燻ぶる中、財界活動になど野心はなく、木村とともに退くとみられる。
そこで木村の後継に擬せられているのが、JXTGHD副社長の川田順一だ。旧日石出身の総務畑の責任者であり、自民党はじめ政財界との渉外を担う。渡と安倍晋三首相のゴルフ交遊を調えている人物と言った方が分かりやすいだろう。経団連副会長をそつなくこなす力量はあるが、JXTGHD関係者はこう囁いた。
「持ち株会社が川田会長、杉森社長の体制となれば、グループ経営は火種を抱えることになる」
両者の間には少なからぬ反目があり、それは旧日石の宿痾とも言うべき縦割り組織の抗争に由来しているのだ。
稼ぎ頭の社長選びが混迷
ゴールデン黒バット―。かつて石油業界で交わされた隠語が示す通り、旧日石は勤労部(ゴールデン)、重油などの産業燃料部(黒)、野球部(バット)の出身者がエリートとされた。とりわけ勤労部は保守本流であり、歴代社長を輩出してきたが、これを見事に粛清したのが二〇〇〇年に販売畑から初めて社長に就いた渡だった。
渡の子飼いの販売部門幹部が次々と要職を占める一方、勤労部と犬猿の仲だった総務部の地位も向上する。そこで、渡に物堅さを見込まれ、“側用人”の地位を築いた川田にしてみれば、年次が一年下の杉森はしょせん粛清部門の生き残りにすぎない。杉森の振り出しは、実は勤労部なのだ。
酒豪、強面、剛腕と形容される杉森は、一橋大学野球部の体育会系の気質も手伝ってそのイメージが定着してきた。若い頃は社員教育担当をしており、「鵠沼海岸にあった研修所から江の島まで持久走をさせられた」と当時を振り返る幹部は少なくない。後に杉森は販売部門へ転じ、特約店との強気の交渉を渡に買われ、“販売のエース”と呼ばれるようになった。
側用人の川田と、販売の修羅場にいた杉森では反りが合うわけがない。さらに杉森は木村とも微妙な関係にある。同じ販売畑でも木村は産業燃料部の経歴が長い。ゴールデン黒バットの時代は本流でも、今や主力のリテールで頭角を現した杉森からみれば「過去の人」だ。しかも、杉森は訥弁な木村をやや軽侮するところがあり、木村もそれを敏感に感じ取っている。
「だからこそ、木村さんは杉森さんを事業会社の社長から外すのだろう」
前出の関係者がこう指摘する通り、グループ内の圧倒的稼ぎ頭はJXTGエネであり、元売り最大手のトップの存在感は大きい。杉森は留任を希望しているが、木村が許さない理由は、剛腕の杉森を放置すれば何を仕出かすか分からない不安にある。では、JXTGエネ社長には誰が就くのか―。
杉森の信任が厚いのは、常務販売本部長の花谷清だ。今回の仕切り価格一本化、ブランド統一をまとめた功労者であり、杉森の中部支店長時代から副支店長として支えてきた。が、そのパワハラは激しく、人望に乏しい。さらに旧日石が吸収合併した三菱石油の出身であることから「渡さん、木村さんが難色を示す」と言われる。
発電事業で実績を上げている常務同カンパニー・プレジデントの原享も有力候補者だ。杉森とは根岸製油所の勤労部で机を並べた間柄。下戸にもかかわらず、嘔吐しながら杉森に従っていたというが、その逸話が示す通り「愛嬌が服を着て歩いている」と揶揄される。
金属事業売却めぐる軋轢と野望
決め手に欠ける中、東燃ゼネ出身社員が密かに期待するのは、かつて仕えた武藤のJXTGエネ社長抜擢である。変革推進委員会委員長を務める武藤だが、事実上一人委員会の閑職であり、石油学会会長の技術者活動に精を出している始末。旧日石出身社員の多くは「一〇〇%あり得ない」と断言するが、武藤の下には三千三百人の東燃ゼネ出身社員が続いており、社内融和のためには一定の処遇をしなければならない。別の旧日石出身幹部がつぶやいた。
「二年限りの条件付きなら、木村さん、内田さんが抜擢しても不思議はない」
というのも、JXTGエネには将来の社長と衆目が一致する旧日石出身の企画担当常務、中原俊也が控えており、武藤はその“つなぎ登板”に適任ということだ。しかも、JXTGHD社長となる杉森を、同会長の川田、JXTGエネ社長の武藤が上下から挟む格好となり、杉森監視体制が形成される。しかし、杉森はそんな窮屈な立場に甘んじているだろうか。すでに側近たちの間ではこんな怪気炎が上がっているのだ。
「近い将来、持ち株会社は廃止され、石油の開発・精製・販売が一体の昔の体制に戻る」
意味するところは、石油事業と相乗効果を見込めない金属事業の売却である。旧日鉱の祖業会社であるJX金属には八千人の社員が手つかずのまま残り、しかも、チリの銅鉱山開発は巨額の減損損失を強いられた。合理化にしのぎを削るJXTGエネ旧日石・東燃ゼネ出身社員の不満は大きい。従来も三井金属鉱業や三菱マテリアルへの売却が取り沙汰されてきたが、旧日鉱出身の内田が退任すれば歯止めは利かなくなるだろう。
その暁にJXTGHD社長である杉森は、残る二子会社を吸収して事業会社に生まれ変わらせ、名実ともに権力を掌握するということだ。が、その過程で軋轢は避けられず、グループ内は今、渡、木村、内田、武藤、川田、花谷、原、そして杉森の八つの頭の主導権争いを固唾を呑んで見守っている。
神話では、スサノオに退治されたヤマタノオロチの尾からは草薙の剣が現れた。しかし、快刀乱麻を断てるほどJXTGグループの暗闘は容易ではない。
(敬称略)
その様子はさながら、八つの頭が鎌首をもたげるヤマタノオロチに似て怪異だ。果たして誰が権力を掌中にするのか、グループ内は戦々恐々としているが、八つの頭の中でもとりわけ挙動を注目されているのは、旧日石出身のJXTGエネルギー社長、杉森務。すなわち、全国一万四千カ所の給油所を率いる石油元売り最大手のトップである=左頁の図参照。その杉森は一七年九月五日の朝、日本経済新聞を見て激怒した。
「出入り禁止だ!」
全給油所のブランドを東京五輪までにJXの「エネオス」に統一し、東燃ゼネの「エッソ」「モービル」「ゼネラル」の廃止を報じる大見出しが躍っていたからだ。ブランド統一はこの日、杉森が決裁し、一週間かけて東燃ゼネ系特約店を説得したあと、同十三日の支店長を含む販売会議で正式決定、発表する手筈になっていた。それを事前に報じた日経記者に怒りをぶつけたのだ。しかし……。
「あれは杉森さんの自作自演。日経にリークできるのはあの人しかいない」
今もJXTGエネの東燃ゼネ出身社員からは義憤の声が上がる。ブランド統一の機密を知っていた幹部は限られ、その中で件の日経記者と懇意なのは杉森だからだ。すでに一七年七月、JXと東燃ゼネのガソリン仕切り価格はJXに片寄せする形で一本化され、精製コストに優れる東燃ゼネの特約店は安売りを封じられた。さらにブランドを統一されれば、数で勝るJX系特約店に対抗する術はない。
JXTGエネの改革は、JX主導、というより旧日石主導で確実に既成事実化されており、その中心にいるのが杉森なのだ。
「杉森―川田」の反目が火種に
持ち株会社JXTGHDの業績は好調である。今年度上期の連結営業利益は一千九百五十三億円に達し、その売上高利益率は四・二%。前年同期のJXHDの二・五%から大きく改善した。通期の営業利益予想も三千五百億円から四千億円へ上方修正し、株価は経営統合後に五〇%近く上昇している。
理由は前述の通り、JXと東燃ゼネの仕切り価格の一本化による利益率の改善だ。さらに東燃ゼネから流れていた業者間転売玉が激減し、ガソリン需給が締まったことも、販売マージンの大幅な伸びを助けた。一方、JXTGエネは仕切り価格の一本化と符牒を合わせるように管理職の給与体系も統一した。この結果、高給で知られた東燃ゼネの出身社員は年収が百万円単位で下がるケースもあり、退職者が相次いでいる。
つまり、今年度の好決算は“合併ボーナス”なのだが、その手柄は独り事業会社社長の杉森に集中する。「今やJXTGエネで杉森さんに盾突ける人材はいない」と言われる中、本人はさぞ満悦しているだろうと思いきや、必ずしもそうではない。杉森は周囲に「うちの人事はどうしてこんなに官僚的なんだ」と、しばしば愚痴をこぼしているという。つまり、社長でありながらJXTGエネの人事を掌握できていないのだ。
それを握っているのは、JXTGHD会長の木村康。同じ旧日石の販売畑でも杉森より年次が九年上の重鎮である。その木村が辞意を固めた結果、グループの首脳人事は一気に流動化した。焦点は二つある。木村が務める石油連盟会長に誰を充てるか、同じく経団連副会長を誰に継がせるか―。
木村はすでに石連会長は杉森に定め、元売り二位の出光興産社長、月岡隆の承諾も取り付けているという。ただし、石連会長と事業会社社長の兼務は物理的に困難なため、杉森を持ち株会社社長へ昇格させる。その場合、現在、JXTGHD社長の内田幸雄が同会長に就き、木村から経団連副会長を引き継ぐ選択肢が浮上する。
旧日本鉱業出身の内田は企画畑一筋。“再編屋”の異名をとり、東燃ゼネ社長だったJXTGHD副社長の武藤潤と経営統合を実現させた立役者だ。東燃ゼネ流の効率経営を導入し、旧日石中心の低採算の販売部門の改革を期待されたが、グループ内には「内田さんの仕事は終わっている」という声が強い。内田自身、再編には情熱を燃やしても、その後の改革や猟官運動には超然とし、おかげでJXTGエネの旧日鉱出身社員は多くが淘汰された。恨み節が燻ぶる中、財界活動になど野心はなく、木村とともに退くとみられる。
そこで木村の後継に擬せられているのが、JXTGHD副社長の川田順一だ。旧日石出身の総務畑の責任者であり、自民党はじめ政財界との渉外を担う。渡と安倍晋三首相のゴルフ交遊を調えている人物と言った方が分かりやすいだろう。経団連副会長をそつなくこなす力量はあるが、JXTGHD関係者はこう囁いた。
「持ち株会社が川田会長、杉森社長の体制となれば、グループ経営は火種を抱えることになる」
両者の間には少なからぬ反目があり、それは旧日石の宿痾とも言うべき縦割り組織の抗争に由来しているのだ。
稼ぎ頭の社長選びが混迷
ゴールデン黒バット―。かつて石油業界で交わされた隠語が示す通り、旧日石は勤労部(ゴールデン)、重油などの産業燃料部(黒)、野球部(バット)の出身者がエリートとされた。とりわけ勤労部は保守本流であり、歴代社長を輩出してきたが、これを見事に粛清したのが二〇〇〇年に販売畑から初めて社長に就いた渡だった。
渡の子飼いの販売部門幹部が次々と要職を占める一方、勤労部と犬猿の仲だった総務部の地位も向上する。そこで、渡に物堅さを見込まれ、“側用人”の地位を築いた川田にしてみれば、年次が一年下の杉森はしょせん粛清部門の生き残りにすぎない。杉森の振り出しは、実は勤労部なのだ。
酒豪、強面、剛腕と形容される杉森は、一橋大学野球部の体育会系の気質も手伝ってそのイメージが定着してきた。若い頃は社員教育担当をしており、「鵠沼海岸にあった研修所から江の島まで持久走をさせられた」と当時を振り返る幹部は少なくない。後に杉森は販売部門へ転じ、特約店との強気の交渉を渡に買われ、“販売のエース”と呼ばれるようになった。
側用人の川田と、販売の修羅場にいた杉森では反りが合うわけがない。さらに杉森は木村とも微妙な関係にある。同じ販売畑でも木村は産業燃料部の経歴が長い。ゴールデン黒バットの時代は本流でも、今や主力のリテールで頭角を現した杉森からみれば「過去の人」だ。しかも、杉森は訥弁な木村をやや軽侮するところがあり、木村もそれを敏感に感じ取っている。
「だからこそ、木村さんは杉森さんを事業会社の社長から外すのだろう」
前出の関係者がこう指摘する通り、グループ内の圧倒的稼ぎ頭はJXTGエネであり、元売り最大手のトップの存在感は大きい。杉森は留任を希望しているが、木村が許さない理由は、剛腕の杉森を放置すれば何を仕出かすか分からない不安にある。では、JXTGエネ社長には誰が就くのか―。
杉森の信任が厚いのは、常務販売本部長の花谷清だ。今回の仕切り価格一本化、ブランド統一をまとめた功労者であり、杉森の中部支店長時代から副支店長として支えてきた。が、そのパワハラは激しく、人望に乏しい。さらに旧日石が吸収合併した三菱石油の出身であることから「渡さん、木村さんが難色を示す」と言われる。
発電事業で実績を上げている常務同カンパニー・プレジデントの原享も有力候補者だ。杉森とは根岸製油所の勤労部で机を並べた間柄。下戸にもかかわらず、嘔吐しながら杉森に従っていたというが、その逸話が示す通り「愛嬌が服を着て歩いている」と揶揄される。
金属事業売却めぐる軋轢と野望
決め手に欠ける中、東燃ゼネ出身社員が密かに期待するのは、かつて仕えた武藤のJXTGエネ社長抜擢である。変革推進委員会委員長を務める武藤だが、事実上一人委員会の閑職であり、石油学会会長の技術者活動に精を出している始末。旧日石出身社員の多くは「一〇〇%あり得ない」と断言するが、武藤の下には三千三百人の東燃ゼネ出身社員が続いており、社内融和のためには一定の処遇をしなければならない。別の旧日石出身幹部がつぶやいた。
「二年限りの条件付きなら、木村さん、内田さんが抜擢しても不思議はない」
というのも、JXTGエネには将来の社長と衆目が一致する旧日石出身の企画担当常務、中原俊也が控えており、武藤はその“つなぎ登板”に適任ということだ。しかも、JXTGHD社長となる杉森を、同会長の川田、JXTGエネ社長の武藤が上下から挟む格好となり、杉森監視体制が形成される。しかし、杉森はそんな窮屈な立場に甘んじているだろうか。すでに側近たちの間ではこんな怪気炎が上がっているのだ。
「近い将来、持ち株会社は廃止され、石油の開発・精製・販売が一体の昔の体制に戻る」
意味するところは、石油事業と相乗効果を見込めない金属事業の売却である。旧日鉱の祖業会社であるJX金属には八千人の社員が手つかずのまま残り、しかも、チリの銅鉱山開発は巨額の減損損失を強いられた。合理化にしのぎを削るJXTGエネ旧日石・東燃ゼネ出身社員の不満は大きい。従来も三井金属鉱業や三菱マテリアルへの売却が取り沙汰されてきたが、旧日鉱出身の内田が退任すれば歯止めは利かなくなるだろう。
その暁にJXTGHD社長である杉森は、残る二子会社を吸収して事業会社に生まれ変わらせ、名実ともに権力を掌握するということだ。が、その過程で軋轢は避けられず、グループ内は今、渡、木村、内田、武藤、川田、花谷、原、そして杉森の八つの頭の主導権争いを固唾を呑んで見守っている。
神話では、スサノオに退治されたヤマタノオロチの尾からは草薙の剣が現れた。しかし、快刀乱麻を断てるほどJXTGグループの暗闘は容易ではない。
(敬称略)
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