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連載

美食文学逍遥10

少女を磨いたワインたち
福田育弘

2017年10月号

 近代フランス文学の中で、感覚的でときに肉感的でさえある世界を繊細な筆致で描いた作家として、女性作家コレットの右に出る者はいないのではないだろうか。
 コレット的な世界で、味覚が嗅覚と並んで要となる位置を占めていることは当然予想できる。しかし、味覚と嗅覚を軸にした感性の覚醒と洗練がまずワインによってもたらされたとなると、やはりちょっと特別だ。コレットは五十代に各種の雑誌に発表した小文をまとめたエセー集、『牢獄と天国』のなかの「ワイン」と題された文章で以下のように述べている。
「わたしは上手に育てられた。これほどはっきり断言できる最初の証拠として、父がリキュールグラスになみなみと注いだ黄金色のワイン、父の故郷である南フランスから送られてきたミュスカ・ド・フロンティニャンをわたしに与えたとき、わたしはまだ三歳にもなっていなかったことをあげよう。
 太陽の一撃、官能的な衝撃、新しい味蕾の啓示! この感動が永遠にわたしをワインにふさわしい存在にした。やがてわたしはシナモンとレモンの香りのするヴァンショーの入った自分用のコップを栗粥の夕食とともに空にすることを覚えた・・・