をんな千一夜(新連載)
クーデンホーフ・光子
「EUの父」を産んだ町娘
石井妙子
2017年4月号
民族を超え、階級を超え、生まれ育った文化や習慣を超えて、人はどこまで分かり合えるのだろう。世界中で右派勢力が台頭し、移民排斥の動きが起こり、ヨーロッパではEUの存続が危機にさらされている。そんな昨今、ある女性の名がしきりと思い出された。
クーデンホーフ・光子、もとの名は青山光子。今から百二十年ほど前にオーストリア・ハンガリー帝国の名門貴族、ハインリッヒ・クーデンホーフ伯爵に嫁ぎ、七人の子をなした女性である。欧州統一の礎を築き、今日「EUの父」と功績を称えられる、リヒャルト・栄次郎・クーデンホーフは、彼女の次男にあたる。
一介の町娘がヨーロッパきっての伯爵夫人に。光子の生涯は華やかなシンデレラストーリーとして語られることが多い。だが、実際に彼女が歩んだ道のりは、苦難と哀しみに満ちている。何よりの不幸は、背負った文化の違いから、実の子どもたちと齟齬が生まれ、次々と疎遠になっていったことだろう。
光子は明治七年、東京に生まれた。家は骨董屋(植木屋説もある)。尋常小学校をきちんと修了したかどうかも定かではないが、商家の娘として裁縫や歌舞音曲の稽・・・