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連載

皇室の風103

柳原前光の深謀
岩井克己

2017年3月号

 天皇の譲位を認めないことが決まったのは明治二十年三月二十日の「高輪会議」だった。伊藤博文首相の高輪別邸で開かれ、伊藤と井上毅宮内省図書頭、柳原前光元老院議官、伊東巳代治首相秘書官という明治典憲体制策定の主役が顔をそろえた。
 終身在位を原則としつつも譲位の選択肢を盛り込んだ井上、柳原の典範草案を伊藤が一喝。井上は「天皇も人間だ」との観点から食い下がったが、柳原が手の平を返すように伊藤に同調して井上は一敗地にまみれ、これが近現代の天皇の終身在位を決定づけたとされる。
 伊東巳代治の議事記録『皇室典範、皇族令、草案談話要録』のお陰で後世の我々も生なましいやりとりを読める。
 大臣(伊藤) 本案は其意の存する所を知るに困しむ。天皇の終身大位に当るは勿論なり。又一たひ践祚し玉ひたる以上は随意に其位を遜れ玉ふの理なし。抑継承の義務は法律の定むる所に由る。精神又は身体に不治の重患あるも尚ほ其君を位より去らしめす摂政を置て百政を摂行するにあらすや。昔時の譲位の例なきにあらすと雖も是れ浮屠氏(仏教)の流弊より来由するものなり。余は将に天子の犯冒すへからさると均しく天子は・・・