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連載

美食文学逍遥3

レアリスム作家の食欲
福田育弘

2017年3月号

「まず、牡蠣を百個!」
 十九世紀を代表する偉大な小説家バルザックが作品の執筆を終え、レストランに駆けつけたさいに最初に発した言葉だ。
 しかも、これはほんの食事の序曲。このあと、四本の高級ワインとともに、ローストしただけのプレサレのコトレット十二枚、カブを添えた仔鴨一羽、ヤマウズラの雛のロースト二羽、ノルマンディー産の舌平目一尾、さらに数々のアントルメや大好きな洋梨一ダースのほかいくつもの果物を、まるで飢えた人のように平らげたという。まったくもって大食もここまでくると、感嘆ものだ。
 牡蠣は当時名産地として知られたベルギーのオステンド産。いまでも牡蠣はフランス人が好む前菜で、市場で購入したり、レストランで頼むときも、殻つきのダース単位が基本だ。その場で殻を開け、レモンをきゅっとしぼって口に流し込む。日本ではむき身にしたものがパック詰めになっていて便利だが、美味しくない。魚貝の生食を誇る日本も、こと牡蠣の食べ方にかぎっては、フランスに一歩も二歩も譲るといわざるをえない。
 プレサレとは、文字通り「あらかじめ塩味が利いた」仔羊のことで、モン・サン=・・・