JTがばら撒く灰色の「政治献金」
「たばこ増税阻止」で醜いロビー活動
2016年12月号公開
禁煙が世の流れとなり、愛煙家が肩身の狭い思いを強いられて久しい。国際オリンピック委員会(IOC)は「たばこのない五輪」を掲げ、日本でも二〇二〇年の東京五輪・パラリンピックに向け、受動喫煙防止など規制強化は避けられない。この風潮に抗って、莫大な利益と権益を死守しようと、国民の目が届かない所で詭弁を弄し、悪あがきを繰り返しているのが「日本たばこ産業(JT)」である。健康への配慮などどこ吹く風、むしろ迷惑千万と言わんばかりに利益だけを追い求め、政治献金をエサに便宜供与を促す。しかもJT株式の三分の一は財務省に保有され、政府のひも付きだ。そんな会社のロビー活動はお手盛りというほかない。禁煙が叫ばれる社会の裏側で暗躍するモンスター企業の実態を暴く。
十月三十日夕、国会議事堂裏手のザ・キャピトルホテル東急。その大広間で自民党税調会長の宮沢洋一氏の政治資金パーティーが開かれた。二〇一七年度税制改正の鍵を握る宮沢氏の下には、自分たちの税制改正要望を何としても実現させたい各省庁のトップや企業幹部がずらりと顔をそろえた。
そこに当然のように顔を見せていたのはJT幹部の面々で、宮沢氏にすり寄ると、なにやら耳元でこそこそとささやく姿が目撃された。宮沢氏のパーティーだけではない。今やJTは税制改正や既得権益の堅持に動いてくれそうな自民党国会議員のパーティーに必ず顔を出す代表的な企業の一つ。自民党ベテラン議員の秘書は「JTの危機感の裏返し。親方日の丸の企業が与党に頼み込むのは限りなく黒に近いのではないか」と漏らす。パーティー券の購入は政治献金と同義語だからだ。
私利私欲のたばこ増税阻止
JTが熱心に政治家に陳情している理由は、私利私欲のためのたばこ増税の阻止である。増税で販売本数が減り、利益の減少につながると懸念しているからだ。
宮沢氏のパーティー直前の十月二十五日、自民党の受動喫煙防止議員連盟の会長を務める山東昭子参院議員(元参院副議長)が菅義偉官房長官に会い「たばこ一箱の価格を一千円以上に」と要請した。たばこの大幅増税と連動した価格の想定であり、東京五輪・パラリンピックに備えた受動喫煙防止対策として、喫煙者数を減らすのが狙いである。菅氏は増税には触れなかったが「五輪を控え、いいタイミングだ」と答えた。JTは危機感を強めて、増税阻止へアクセルを踏み込んだのだ。
純粋な民間企業によるロビー活動は問題視されない。しかし、JTは一九八五年の「民営化」を目指して以来、「民営」とは裏腹に、旧大蔵省、財務省から数多くの天下りを受け入れてきた「半国営企業」だ。近年でも元主計局長の涌井洋治氏を会長に迎え入れ、二〇一四年からは元次官の丹呉泰健氏が会長の椅子に座っている。
政治資金規正法は、企業が補助金の交付決定通知を受け取ってから一年以内の政治献金を原則禁止している。これは補助金を受けた会社が、補助金で成立する「国との特別な関係」を維持・強固にすることを目的に、不明朗な寄付に走るのを防止するのが狙いだ。
それゆえ、違反して寄付をした会社や役職員は三年以下の禁錮または五十万円以下の罰金に処せられる。株式の三分の一を依然国が保有しているJTによる政治献金は、補助金とは異なるものの、本質は変わらない。なぜなら、会長ポストに元財務事務次官が就いていること自体が「国との特別な関係」の証しだからだ。そんな特殊法人が政治家を資金援助したり、陳情したりすることは誰の目から見ても不明朗な癒着構造なのだ。
「二強一弱」への焦りと不安
JTの宿願は、たばこ増税の阻止だけではない。政治家に懸命に説くのは、受動喫煙防止など喫煙規制強化への反対論である。JTは今年三月に「プルーム・テック」という「蒸気たばこ」を発売。火を使わず、紙やたばこ葉の燃焼に伴う煙が発生しない。燃焼しないから、有害物質を含むタールの発生量が劇的に減り、たばこ臭もほぼ消える—。それが謳い文句だ。
米フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)が発売した「加熱式たばこ(アイコス)」と同様に、有害物質の発生量が大幅に減っている。ならば、喫煙規制の点で燃焼式の通常の紙巻きたばことは明確に区別されて当然だと、JTを筆頭にたばこ業界は受け止めている。このため業界は受動喫煙防止規制の対象から、非・燃焼式たばこを外すよう求めている。
ところが、嫌煙派として知られる塩崎恭久厚生労働相が、非・燃焼式たばこをも受動喫煙防止規制の対象に含めようと検討しているとの情報が広まり「JTは塩崎厚労相の動きを食い止めようと巻き返しに出た」(厚労省関係者)。
JTによる醜い抵抗の極めつきは、八月三十一日、国立がん研究センターが公表した「受動喫煙で日本人の肺がんリスクは約一・三倍に」という研究結果への反応だ。JTは即座に、小泉光臣社長名で「科学的に説得力のある形で結論づけられていない」との反論をホームページで発表した。欧米では受動喫煙が健康に有害であることは常識だが、たばこ業界でJTだけが今もこれを認めていない。
JTのなりふり構わぬ言動の背景には、世界的なたばこ業界の大きな地殻変動がある。これまでJTは米RJRナビスコの国外たばこ事業、英ギャラハー、米レイノルズ・アメリカンの「ナチュラル・アメリカン・スピリット」の米国外事業と相次いで買収。これにより米PMI、英ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)と並ぶ「世界三強」の地位を盤石にするかに見えた。
しかし今年十月二十一日、英BATが米レイノルズ・アメリカンに四百七十億ドル(五兆一千億円)での買収を提案。これが成立すると、業界第二位の英BATが、首位の米PMIを売上高・利益で抜き去り、トップが入れ替わる。JTのポジションは「三強の一角」から「二強一弱の弱者」へと引きずり降ろされてしまうのだ。
この地殻変動にJTの備えは万全とは言えない。なぜならJTは政府に半ば牛耳られているからだ。JT法は「政府は常時、三分の一を超える株式を保有していなければならない」と規定しているため、新株発行による資金調達は不可能だ。特殊法人のままでは「二強」へのキャッチアップは難しい。
そもそも欧米で、国民の健康を司るべき政府がたばこ会社の株主などという国は存在しない。我が国の政府がJT株式を死守するのは、年間八百億円にもおよぶ莫大な配当収入が外部から見えない特別会計に算入されるため、非常に使い勝手が良いカネであることに尽きる。税収不足を補う「税の調整弁」の機能を期待しているためだ。国は税収の確保が最優先で、健康被害など後回し。その国に仕切られるJTは、健康被害に対して詭弁を弄しながら、政府と組んで利益をむさぼる狡猾なビジネスをいつまで続けていくのか。IOCが標榜する「たばこのない五輪」とJTの商魂との溝はあまりにも深い。
©選択出版
十月三十日夕、国会議事堂裏手のザ・キャピトルホテル東急。その大広間で自民党税調会長の宮沢洋一氏の政治資金パーティーが開かれた。二〇一七年度税制改正の鍵を握る宮沢氏の下には、自分たちの税制改正要望を何としても実現させたい各省庁のトップや企業幹部がずらりと顔をそろえた。
そこに当然のように顔を見せていたのはJT幹部の面々で、宮沢氏にすり寄ると、なにやら耳元でこそこそとささやく姿が目撃された。宮沢氏のパーティーだけではない。今やJTは税制改正や既得権益の堅持に動いてくれそうな自民党国会議員のパーティーに必ず顔を出す代表的な企業の一つ。自民党ベテラン議員の秘書は「JTの危機感の裏返し。親方日の丸の企業が与党に頼み込むのは限りなく黒に近いのではないか」と漏らす。パーティー券の購入は政治献金と同義語だからだ。
私利私欲のたばこ増税阻止
JTが熱心に政治家に陳情している理由は、私利私欲のためのたばこ増税の阻止である。増税で販売本数が減り、利益の減少につながると懸念しているからだ。
宮沢氏のパーティー直前の十月二十五日、自民党の受動喫煙防止議員連盟の会長を務める山東昭子参院議員(元参院副議長)が菅義偉官房長官に会い「たばこ一箱の価格を一千円以上に」と要請した。たばこの大幅増税と連動した価格の想定であり、東京五輪・パラリンピックに備えた受動喫煙防止対策として、喫煙者数を減らすのが狙いである。菅氏は増税には触れなかったが「五輪を控え、いいタイミングだ」と答えた。JTは危機感を強めて、増税阻止へアクセルを踏み込んだのだ。
純粋な民間企業によるロビー活動は問題視されない。しかし、JTは一九八五年の「民営化」を目指して以来、「民営」とは裏腹に、旧大蔵省、財務省から数多くの天下りを受け入れてきた「半国営企業」だ。近年でも元主計局長の涌井洋治氏を会長に迎え入れ、二〇一四年からは元次官の丹呉泰健氏が会長の椅子に座っている。
政治資金規正法は、企業が補助金の交付決定通知を受け取ってから一年以内の政治献金を原則禁止している。これは補助金を受けた会社が、補助金で成立する「国との特別な関係」を維持・強固にすることを目的に、不明朗な寄付に走るのを防止するのが狙いだ。
それゆえ、違反して寄付をした会社や役職員は三年以下の禁錮または五十万円以下の罰金に処せられる。株式の三分の一を依然国が保有しているJTによる政治献金は、補助金とは異なるものの、本質は変わらない。なぜなら、会長ポストに元財務事務次官が就いていること自体が「国との特別な関係」の証しだからだ。そんな特殊法人が政治家を資金援助したり、陳情したりすることは誰の目から見ても不明朗な癒着構造なのだ。
「二強一弱」への焦りと不安
JTの宿願は、たばこ増税の阻止だけではない。政治家に懸命に説くのは、受動喫煙防止など喫煙規制強化への反対論である。JTは今年三月に「プルーム・テック」という「蒸気たばこ」を発売。火を使わず、紙やたばこ葉の燃焼に伴う煙が発生しない。燃焼しないから、有害物質を含むタールの発生量が劇的に減り、たばこ臭もほぼ消える—。それが謳い文句だ。
米フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)が発売した「加熱式たばこ(アイコス)」と同様に、有害物質の発生量が大幅に減っている。ならば、喫煙規制の点で燃焼式の通常の紙巻きたばことは明確に区別されて当然だと、JTを筆頭にたばこ業界は受け止めている。このため業界は受動喫煙防止規制の対象から、非・燃焼式たばこを外すよう求めている。
ところが、嫌煙派として知られる塩崎恭久厚生労働相が、非・燃焼式たばこをも受動喫煙防止規制の対象に含めようと検討しているとの情報が広まり「JTは塩崎厚労相の動きを食い止めようと巻き返しに出た」(厚労省関係者)。
JTによる醜い抵抗の極めつきは、八月三十一日、国立がん研究センターが公表した「受動喫煙で日本人の肺がんリスクは約一・三倍に」という研究結果への反応だ。JTは即座に、小泉光臣社長名で「科学的に説得力のある形で結論づけられていない」との反論をホームページで発表した。欧米では受動喫煙が健康に有害であることは常識だが、たばこ業界でJTだけが今もこれを認めていない。
JTのなりふり構わぬ言動の背景には、世界的なたばこ業界の大きな地殻変動がある。これまでJTは米RJRナビスコの国外たばこ事業、英ギャラハー、米レイノルズ・アメリカンの「ナチュラル・アメリカン・スピリット」の米国外事業と相次いで買収。これにより米PMI、英ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)と並ぶ「世界三強」の地位を盤石にするかに見えた。
しかし今年十月二十一日、英BATが米レイノルズ・アメリカンに四百七十億ドル(五兆一千億円)での買収を提案。これが成立すると、業界第二位の英BATが、首位の米PMIを売上高・利益で抜き去り、トップが入れ替わる。JTのポジションは「三強の一角」から「二強一弱の弱者」へと引きずり降ろされてしまうのだ。
この地殻変動にJTの備えは万全とは言えない。なぜならJTは政府に半ば牛耳られているからだ。JT法は「政府は常時、三分の一を超える株式を保有していなければならない」と規定しているため、新株発行による資金調達は不可能だ。特殊法人のままでは「二強」へのキャッチアップは難しい。
そもそも欧米で、国民の健康を司るべき政府がたばこ会社の株主などという国は存在しない。我が国の政府がJT株式を死守するのは、年間八百億円にもおよぶ莫大な配当収入が外部から見えない特別会計に算入されるため、非常に使い勝手が良いカネであることに尽きる。税収不足を補う「税の調整弁」の機能を期待しているためだ。国は税収の確保が最優先で、健康被害など後回し。その国に仕切られるJTは、健康被害に対して詭弁を弄しながら、政府と組んで利益をむさぼる狡猾なビジネスをいつまで続けていくのか。IOCが標榜する「たばこのない五輪」とJTの商魂との溝はあまりにも深い。
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