追想 バテレンの世紀 連載129
<最終回>最良の教師「歴史」とともに
渡辺 京二
2016年12月号
本誌編集顧問だった伊藤光彦氏が、連載の話を持って私を訪ねられたのは、二〇〇六年の二月だった。私はこの人の名を知っていた。『毎日新聞』西ドイツ特派員をされていた時の生彩ある記事を読んでいたし、著書『謀略の伝記』(中公新書)も架蔵していた。謙虚なお人柄で、そのことを口にするとはにかんでおられた。
古き物語なら、「いかなる天魔に魅入られしか」と言うところだが、伊藤さんの申し出をしばらく考慮して私は、十五・六世紀のキリシタン史でも書きましょうかと答えてしまったのだ、それが十年余の労役の始まりとなると覚悟もせずに。
そんなとんでもない仕事を思いついたのには、むろんいきさつがあった。私は『日本近世の起源』(弓立社・二〇〇四年)という本を書くために、フロイス、ヴァリニャーノを初めとする当時の外国人の日本観察記をかなり読みこんでいて、その面白さを忘れかねていたのである。
さらに遠くに溯るなら、和辻哲郎さんの『鎖国』があった。この本は前半がスペインのアメリカ征服史、後半がポルトガルの日本到達、及び日本布教史になっている。私は結核療養所にいたはたち前後、雑・・・