東京ガス「不当値上げ」の悪徳
利用者泣かせ「料金構造」の深い闇
2016年9月号公開
ガスを使う家庭であれば、毎月請求されるガス代を一円でも安くしたいと誰もが考えていることだろう。ガス代を安くするには、コンロや風呂の使い方を工夫するなど様々な節約方法があるが、そもそもそのガス代にどんな費用が紛れ込んでいるかは、あまり知られていない。今夏、ブラジル・リオデジャネイロで開催された五輪もその一つだ。ガス会社最大手、東京ガスは四年後に開催される東京五輪のスポンサーとなり、我々のガス代から実に六十億円以上の大金を支払うという。ガスの料金構造は長らく「ブラックボックス」(大手電力会社幹部)と揶揄されてきた。ガス小売り全面自由化を目前に控え、ようやくそこにメスが入れられようとしているが、国の追及は甘く、ブラックボックスの封印は容易に解けそうにない。
「厚顔無恥」の導管利用料引き上げ
七月二十九日、ガス全面自由化に参入を予定する企業のガス事業担当者たちは、ガス会社の発表資料を穴があくほど読み込んだという。全国に二百を超えるガス会社のうち、百二十七社が同日、国に託送供給約款の認可申請をした。託送供給約款とは、ガス会社の導管を他社が利用するに当たってのルールや利用料金を規定したものだ。家庭にガスを売る場合は、必ずガス会社の導管を通すことになっている。つまり、託送供給約款は、ガス全面自由化に参入する際、ガス料金メニューやサービスを決めるベースとなる。
ガス会社の託送供給約款で、新規参入者が最も関心を寄せたのが東京ガスだった。新規参入者の最大のターゲットとなる首都圏を事業領域に持つという点は当然として、理由はもう一つ、東京ガスが導管の利用料金を引き上げてきたからだ。東京ガスは託送料金原価を三年間の年平均二千九百五十九億円で申請した。現行の一年当たりの原価は二千七百六十一億円にとどまっており、ざっと二百億円の値上げだ。
新規参入者の代表格、大手電力会社の関係者は「あり得ない」と憤る。「電力会社も託送申請を行ったが、大都市圏を抱える東京電力と関西電力は下げて申請した。そこからさらに国の査定でいじめ抜かれて今の料金構造になっている。電力会社が下げ申請を行ったのは、まがりなりにも、託送料金を下げて新規参入を促すという国の意向をおもんぱかったからだ。それを承知の上での値上げなら、厚顔無恥としか言いようがない」(電力関係者)。
電力会社ならずとも、全面自由化でネットワークをすべての企業に開放する以上は、利用料は最大限、抑制すべきと考えるのが普通だろう。導管の利用料が高いままだと、競争価格となる小売料金には紙のように薄い利益しか乗せられない。ガス会社は導管部門を自社で抱え込んでいるため、トータルでは問題がないが、導管を借りなければならない新規参入者には致命的だ。東京ガスはここ十年近く、導管利用料を下げ続けている。それにもかかわらず、全面自由化のタイミングになって値上げに踏み切るとは「新規参入者への妨害行為と思われても仕方がない」(同前)。同社は、最大限の効率化を織り込んだと説明するが、その最大限と呼ぶ金額は四十二億円に過ぎず、説得力を欠く。
新規参入者が一縷の望みを託すのは、国による査定だ。料金構造がブラックボックス化していたのは、電力会社も同じだったが、東日本大震災に伴う東京電力改革とその後の電力全面自由化を経て、ある程度のコストカットが行われた。〝お白州〟として機能したのは、電気料金審査専門会合だ。電力会社はこの場でねちねちと費用の妥当性を説明させられ、最終的には音を上げた。
「ガス会社も同じ目に遭うべき」と電力会社が考えるのはごく自然だが、残念ながら、現実はそう甘くはない。料金審査専門会合の初会合の冒頭、委員を務める有識者からはこんな質問が飛んだ。「顧問に払うカネは入っているのか」。これに対する東京ガスの対応はこうだ。「ヤードスティック項目であり、答えられない」。
ヤードスティックとは、比較の対象とする費用を各社で比べ、その妥当性を検証する手法だ。過去には電気料金の審査にも使われていたが、各社が自主的に、ぎりぎりまでコスト削減をするはずという性善説に立っており、実際にはまったく役に立たない。当然、直近の電気の託送料金審査で使われることもなかった。
それがガスではなぜ使われるのか。ガス会社は「審査対象のガス会社は百社を超え、電力会社と比べて数が多い。それを理由に経済産業省がヤードスティックをやりたがった」とうそぶくが、事実は単に経産省がガス会社の口車にまんまと乗せられただけだ。ガス事業改革を議論する審議会でも、有識者からヤードスティックに明確な反対票が投じられたが、「個社でやると審査が大変」というガス会社の言い分を鵜呑みにする経産省が、強引に押し切った。
ヤードスティックの最も深刻な欠陥は、個別の費目をすべてチェックできないことだ。前述の顧問料の例でいえば、電力会社であれば、顧問の賃金、供出している部屋や車の費用などをすべて丸裸にし、原価からカットすることができた。しかし、ガスの託送料金はヤードスティックで審査するがゆえに、それができない。
一千億円以上が「ノーチェック」
実質上、ノーチェックとなるのは、どのような費用か。東京ガスの場合、ヤードスティック審査の対象となる費用は一千五十七億円。同社はまさにこの部分で年百二十億円を嵩増ししている。
一つは人件費だ。東京ガスは三年間で九百三十億円の労務費を計上しており、金額としては営業費で最も多い。一人当たりの年収は七百四十五万円。これは全産業平均を百五十万円ほど上回るが、基準となるガス各社の人件費がおしなべて高ければ、削ることはできない。それが誰に、どのように行き渡っているかも、審査の埒外にある。後日、相談役や顧問の費用は公になったが、あくまで自主公開に過ぎない。
人件費の次に多いのは、八百六十一億円の委託作業費だが、これも大いに問題がある。この費用は安全確保を大義名分として、実際はガス営業をする子会社へと渡る。「新規参入者が導管利用料を払うほど東京ガスが潤うカラクリ」(冒頭の大手電力会社幹部)だ。
ガスの託送審査でも、個別チェックできる費目がないわけではない。例えば、三百二十一億円にのぼる修繕費だ。東京ガスは現行原価より三十億円多い金額を出してきた。理由は劣化した導管などを改修するためだという。
劣化導管といえば、灯外内管もその一つ。灯外内管の劣化は深刻だが、ガス会社は「客の資産だから」と言い張り、これまで放置してきたはずだった。その劣化導管に東京ガスが使う費用はおよそ年三百億円に達する。至近十年でこれほどの費用を投じた年はないにもかかわらずだ。新規参入者の導管利用料を流用できるなら費用を積んでもいい―まさかとは思うが、そう考えたのだとしたら、何とも虫のいい話だ。
©選択出版
「厚顔無恥」の導管利用料引き上げ
七月二十九日、ガス全面自由化に参入を予定する企業のガス事業担当者たちは、ガス会社の発表資料を穴があくほど読み込んだという。全国に二百を超えるガス会社のうち、百二十七社が同日、国に託送供給約款の認可申請をした。託送供給約款とは、ガス会社の導管を他社が利用するに当たってのルールや利用料金を規定したものだ。家庭にガスを売る場合は、必ずガス会社の導管を通すことになっている。つまり、託送供給約款は、ガス全面自由化に参入する際、ガス料金メニューやサービスを決めるベースとなる。
ガス会社の託送供給約款で、新規参入者が最も関心を寄せたのが東京ガスだった。新規参入者の最大のターゲットとなる首都圏を事業領域に持つという点は当然として、理由はもう一つ、東京ガスが導管の利用料金を引き上げてきたからだ。東京ガスは託送料金原価を三年間の年平均二千九百五十九億円で申請した。現行の一年当たりの原価は二千七百六十一億円にとどまっており、ざっと二百億円の値上げだ。
新規参入者の代表格、大手電力会社の関係者は「あり得ない」と憤る。「電力会社も託送申請を行ったが、大都市圏を抱える東京電力と関西電力は下げて申請した。そこからさらに国の査定でいじめ抜かれて今の料金構造になっている。電力会社が下げ申請を行ったのは、まがりなりにも、託送料金を下げて新規参入を促すという国の意向をおもんぱかったからだ。それを承知の上での値上げなら、厚顔無恥としか言いようがない」(電力関係者)。
電力会社ならずとも、全面自由化でネットワークをすべての企業に開放する以上は、利用料は最大限、抑制すべきと考えるのが普通だろう。導管の利用料が高いままだと、競争価格となる小売料金には紙のように薄い利益しか乗せられない。ガス会社は導管部門を自社で抱え込んでいるため、トータルでは問題がないが、導管を借りなければならない新規参入者には致命的だ。東京ガスはここ十年近く、導管利用料を下げ続けている。それにもかかわらず、全面自由化のタイミングになって値上げに踏み切るとは「新規参入者への妨害行為と思われても仕方がない」(同前)。同社は、最大限の効率化を織り込んだと説明するが、その最大限と呼ぶ金額は四十二億円に過ぎず、説得力を欠く。
新規参入者が一縷の望みを託すのは、国による査定だ。料金構造がブラックボックス化していたのは、電力会社も同じだったが、東日本大震災に伴う東京電力改革とその後の電力全面自由化を経て、ある程度のコストカットが行われた。〝お白州〟として機能したのは、電気料金審査専門会合だ。電力会社はこの場でねちねちと費用の妥当性を説明させられ、最終的には音を上げた。
「ガス会社も同じ目に遭うべき」と電力会社が考えるのはごく自然だが、残念ながら、現実はそう甘くはない。料金審査専門会合の初会合の冒頭、委員を務める有識者からはこんな質問が飛んだ。「顧問に払うカネは入っているのか」。これに対する東京ガスの対応はこうだ。「ヤードスティック項目であり、答えられない」。
ヤードスティックとは、比較の対象とする費用を各社で比べ、その妥当性を検証する手法だ。過去には電気料金の審査にも使われていたが、各社が自主的に、ぎりぎりまでコスト削減をするはずという性善説に立っており、実際にはまったく役に立たない。当然、直近の電気の託送料金審査で使われることもなかった。
それがガスではなぜ使われるのか。ガス会社は「審査対象のガス会社は百社を超え、電力会社と比べて数が多い。それを理由に経済産業省がヤードスティックをやりたがった」とうそぶくが、事実は単に経産省がガス会社の口車にまんまと乗せられただけだ。ガス事業改革を議論する審議会でも、有識者からヤードスティックに明確な反対票が投じられたが、「個社でやると審査が大変」というガス会社の言い分を鵜呑みにする経産省が、強引に押し切った。
ヤードスティックの最も深刻な欠陥は、個別の費目をすべてチェックできないことだ。前述の顧問料の例でいえば、電力会社であれば、顧問の賃金、供出している部屋や車の費用などをすべて丸裸にし、原価からカットすることができた。しかし、ガスの託送料金はヤードスティックで審査するがゆえに、それができない。
一千億円以上が「ノーチェック」
実質上、ノーチェックとなるのは、どのような費用か。東京ガスの場合、ヤードスティック審査の対象となる費用は一千五十七億円。同社はまさにこの部分で年百二十億円を嵩増ししている。
一つは人件費だ。東京ガスは三年間で九百三十億円の労務費を計上しており、金額としては営業費で最も多い。一人当たりの年収は七百四十五万円。これは全産業平均を百五十万円ほど上回るが、基準となるガス各社の人件費がおしなべて高ければ、削ることはできない。それが誰に、どのように行き渡っているかも、審査の埒外にある。後日、相談役や顧問の費用は公になったが、あくまで自主公開に過ぎない。
人件費の次に多いのは、八百六十一億円の委託作業費だが、これも大いに問題がある。この費用は安全確保を大義名分として、実際はガス営業をする子会社へと渡る。「新規参入者が導管利用料を払うほど東京ガスが潤うカラクリ」(冒頭の大手電力会社幹部)だ。
ガスの託送審査でも、個別チェックできる費目がないわけではない。例えば、三百二十一億円にのぼる修繕費だ。東京ガスは現行原価より三十億円多い金額を出してきた。理由は劣化した導管などを改修するためだという。
劣化導管といえば、灯外内管もその一つ。灯外内管の劣化は深刻だが、ガス会社は「客の資産だから」と言い張り、これまで放置してきたはずだった。その劣化導管に東京ガスが使う費用はおよそ年三百億円に達する。至近十年でこれほどの費用を投じた年はないにもかかわらずだ。新規参入者の導管利用料を流用できるなら費用を積んでもいい―まさかとは思うが、そう考えたのだとしたら、何とも虫のいい話だ。
©選択出版
掲載物の無断転載・複製を禁じます©選択出版