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連載

美の艶話8

ザクロを齧った女の生き様
齊藤 貴子 (上智大学大学院講師)

2016年8月号

世の中には言っていいことと悪いことがある。たとえば「本当は愛していない」なんて、傷つけたいほど憎んでなければ、夫婦の間で決して口にすべきじゃない。
 けれど友人や別の男の前で、「夫を本当に愛したことはない」と、非情な本音をポツリと漏らす妻は確かにいる。古代ローマ神話の女神プロセルピナに扮して画中に佇むこの女性、ジェーン・モリスがそうだった。
 彼女がついぞ愛せなかったという夫の名はウィリアム・モリス。十九世紀イギリスの有名詩人にしてデザイナーで、俗に「モリス柄」と呼ばれる自然をモチーフとした有機的なそのデザインは、今も世界中で高い人気を誇る。日常生活の中の美しさ、日本風に言えば「用の美」の普及を目指した彼は、それを実現させる手段として初期の社会主義運動に身を投じ、さらに美本専門の印刷所を立ち上げるなど、八面六臂の活躍をした近代イギリスの大人物にほかならない。
 そんな立派な男を愛せなかったというのも解せない話だが、事の真相は残酷なほど単純だ。ジェーンには夫以外に心底愛する男性がいた。この絵の作者にして夫の友人、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティである。{br・・・