JTと電通が露骨な「報道操作」
大メディアでは「煙草批判はタブー」に
2016年7月号公開
「マナー広告を続けようと思う」
日本たばこ産業(JT)が新聞広告で謳うキャッチコピーだ。JTやメディアの自主規制により、タバコの商品広告を目にする機会は減った。一方で、JTはマナー啓発などをテーマとする広告を各種メディアに出し続けている。実はこれがタバコに関する報道を偏向させているのだ。
新聞社による異様な「配慮」
「世界禁煙デー」の五月三十一日夜、朝刊の早版ゲラを手にした主要各紙の広告担当者は、電通の担当者に急ぎ連絡をした。電通側が最も知りたいのは、「反たばこの記事が載っているか否か」である。早版のゲラが出るのは新聞によってまちまちだが、おおむね二十一時前後。
「この時間帯が電通担当者や、そこから連絡を受けるJTの幹部が一番ピリピリする時間帯だ」
新聞の広告事情に詳しいある全国紙の関係者はこう語る。
その日、反たばこのカテゴリーに入る記事は、厚生労働省が発表した受動喫煙の影響に関するものだった。同省研究班の推計で、受動喫煙により年間約一万五千人が死亡しているというものだ。役所による「発表もの」ではあるが、六年前に年間約六千八百人としていた推計から二倍以上に増加している。しかも禁煙デーの翌日であり、「普通に考えれば朝刊に掲載されてしかるべきニュース」(某紙医療担当記者)だ。しかし、翌六月一日付朝刊に掲載した全国紙は朝日と産経だけだった。
「ヨミドクター」で医療記事を多数発信する読売は掲載せず、やはり医療報道に力を入れる日経も掲載を見送った。毎日は地方版で禁煙デーに合わせて行われた受動喫煙関連のイベントを小さく扱ったが、死者増加については触れていない。
ある新聞社幹部は「掲載か非掲載かは、新聞各社の編集上の判断の結果だろう」と擁護する。しかし、JTによる新聞への圧力は実際にかけられているのだ。
それは冒頭の新聞社からJTへの「報告」に如実に現れている。新聞社の広告担当者が連絡を入れるのは、電通の新聞局中央部の担当者だ。そこから同社営業局を経由してJT側に情報が上げられる。最終的には、JTのコミュニケーション担当の執行役員や取締役の耳にも届く。
新聞社広告局の人間は、多かれ少なかれ企業に不利な記事の扱いについて広告代理店や企業側に伝えている。しかし、JTに関しては異様なのだ。大手広告代理店関係者がこっそりと打ち明ける。
「ほかの企業はそこまで報告を求めないのにJTだけは、たばこに関するものであればどんな記事でも報告を要請する。一番しつこいのがJTだ」
近年、喫煙への風当たりが厳しくなっているというのが世間の認識だ。しかし、実際にはメディア側の報道抑制がなければ、もっと大きな逆風が吹いていてもおかしくない。
JTは近年、広告宣伝費を公開していない。決算の際に公開されていたのは二〇一一年までで、当時は年間二百八億円だった。一四年のアニュアルレポートでは二百十二億円(同年四月~十二月)となっている。昨年からはこの公表も取りやめているが、年間広告費は二百数十億円規模と推計される。この金額は、企業広告費としては上位五十社に入る、メディアにとって重要な広告出稿者だ。
気前の良いJTは、メディアにとって「上顧客」だという。ある中堅広告代理店関係者が語る。
「このご時世に、JTはほぼ定価で広告を入れてくる。ほかに定価で入るのは不祥事の黒枠謝罪広告と選挙広告ぐらいだから、JTはありがたいクライアントだ」
広告料金の多寡によらず、報道への圧力は隅々まで浸透している。雑誌もまたしかりだ。電通の資料によれば、雑誌へのタバコ関連広告は年間十億円弱(一四年)。シェアを考えれば過半がJTによるものだ。細々としたものだが、これにより雑誌に反タバコ記事が掲載されることはほぼない。ある雑誌記者は「JTはタブー」と語り、企画会議に上がることさえないという。
相次ぐ海外M&Aで年間売り上げ二兆円企業となったJT。食品や医療分野への進出は鳴かず飛ばずで、年間約七千億円に上る国内タバコ事業の売り上げはいまだ大きい。わずか二百億円程度の広告費でタバコのネガティブキャンペーンを封殺できるなら安上がりだろう。
偏向記事掲載に電通が加担
「JT以外にも新聞社などメディアからの配慮を受けている企業はある」との指摘が聞こえてきそうだ。しかし、タバコを擁護する記事が意図的に掲載されているとすればどうか。最近、「典型的」(前出全国紙関係者)と指摘されているのが毎日新聞のある記事だ。
同紙一月二十八日付朝刊の記事中で「喫煙の害」ではなく「禁煙の害」を論じているくだりがあった。核心部分を引用する。
「たばことストレスの関係に関しては、異論が出てくることも予想されるが、『禁煙によってストレスが高じてしまうほどの状態になるのなら、無理して禁煙するストレスの害の方が大きい』」
このコメントの主は順天堂大学医学部・奥村康特任教授だ。医学の専門家による「禁煙しないほうがいい」という趣旨の発言を掲載したのである。紙面一ページの三分の二ほどを占めた当該記事は巧妙に構成されていた。全体の趣旨は「健康維持に神経ストレスが見逃されており、ストレスが強ければ、脳や体は疲れ果てる」というものだ。そこに「喫煙によるストレス解消という効能」を巧妙に潜り込ませたのだ。
都内の広告関係者によると、「JTは電通を通じて、どんな派手な広告よりも一本の記事の方が読者に浸透することを学んでいる。そのため、こうした記事を書かせるために広告を出している」という。
実際、毎日新聞には一月以降、ほぼ毎月のようにJTの広告が掲載されている。新聞業界はたばこの商品広告の掲載を自粛し、通常は企業広告を掲載するのが常だが、四月十日付の毎日新聞に載ったJTの広告は大胆にも主力商品の「MEVIUS」の商品広告だった。
二匹目のどじょうを狙ったのだろう、「産経新聞にも電通を通してJTのイメージを向上するような記事掲載の要請がきている」(前出全国紙関係者)という。それを受けてか、産経は「JTが分煙コンサルティング 喫煙者と非喫煙者の共存目指す」(三月十八日付)との記事を掲載した。
JTが電通とタッグを組んで偏向記事掲載を迫っている疑いは濃厚だ。新聞が圧力に屈し、広告主に魂まで売って記事を書くようでは、肝心要の読者に見限られるだけではないか。
©選択出版
日本たばこ産業(JT)が新聞広告で謳うキャッチコピーだ。JTやメディアの自主規制により、タバコの商品広告を目にする機会は減った。一方で、JTはマナー啓発などをテーマとする広告を各種メディアに出し続けている。実はこれがタバコに関する報道を偏向させているのだ。
新聞社による異様な「配慮」
「世界禁煙デー」の五月三十一日夜、朝刊の早版ゲラを手にした主要各紙の広告担当者は、電通の担当者に急ぎ連絡をした。電通側が最も知りたいのは、「反たばこの記事が載っているか否か」である。早版のゲラが出るのは新聞によってまちまちだが、おおむね二十一時前後。
「この時間帯が電通担当者や、そこから連絡を受けるJTの幹部が一番ピリピリする時間帯だ」
新聞の広告事情に詳しいある全国紙の関係者はこう語る。
その日、反たばこのカテゴリーに入る記事は、厚生労働省が発表した受動喫煙の影響に関するものだった。同省研究班の推計で、受動喫煙により年間約一万五千人が死亡しているというものだ。役所による「発表もの」ではあるが、六年前に年間約六千八百人としていた推計から二倍以上に増加している。しかも禁煙デーの翌日であり、「普通に考えれば朝刊に掲載されてしかるべきニュース」(某紙医療担当記者)だ。しかし、翌六月一日付朝刊に掲載した全国紙は朝日と産経だけだった。
「ヨミドクター」で医療記事を多数発信する読売は掲載せず、やはり医療報道に力を入れる日経も掲載を見送った。毎日は地方版で禁煙デーに合わせて行われた受動喫煙関連のイベントを小さく扱ったが、死者増加については触れていない。
ある新聞社幹部は「掲載か非掲載かは、新聞各社の編集上の判断の結果だろう」と擁護する。しかし、JTによる新聞への圧力は実際にかけられているのだ。
それは冒頭の新聞社からJTへの「報告」に如実に現れている。新聞社の広告担当者が連絡を入れるのは、電通の新聞局中央部の担当者だ。そこから同社営業局を経由してJT側に情報が上げられる。最終的には、JTのコミュニケーション担当の執行役員や取締役の耳にも届く。
新聞社広告局の人間は、多かれ少なかれ企業に不利な記事の扱いについて広告代理店や企業側に伝えている。しかし、JTに関しては異様なのだ。大手広告代理店関係者がこっそりと打ち明ける。
「ほかの企業はそこまで報告を求めないのにJTだけは、たばこに関するものであればどんな記事でも報告を要請する。一番しつこいのがJTだ」
近年、喫煙への風当たりが厳しくなっているというのが世間の認識だ。しかし、実際にはメディア側の報道抑制がなければ、もっと大きな逆風が吹いていてもおかしくない。
JTは近年、広告宣伝費を公開していない。決算の際に公開されていたのは二〇一一年までで、当時は年間二百八億円だった。一四年のアニュアルレポートでは二百十二億円(同年四月~十二月)となっている。昨年からはこの公表も取りやめているが、年間広告費は二百数十億円規模と推計される。この金額は、企業広告費としては上位五十社に入る、メディアにとって重要な広告出稿者だ。
気前の良いJTは、メディアにとって「上顧客」だという。ある中堅広告代理店関係者が語る。
「このご時世に、JTはほぼ定価で広告を入れてくる。ほかに定価で入るのは不祥事の黒枠謝罪広告と選挙広告ぐらいだから、JTはありがたいクライアントだ」
広告料金の多寡によらず、報道への圧力は隅々まで浸透している。雑誌もまたしかりだ。電通の資料によれば、雑誌へのタバコ関連広告は年間十億円弱(一四年)。シェアを考えれば過半がJTによるものだ。細々としたものだが、これにより雑誌に反タバコ記事が掲載されることはほぼない。ある雑誌記者は「JTはタブー」と語り、企画会議に上がることさえないという。
相次ぐ海外M&Aで年間売り上げ二兆円企業となったJT。食品や医療分野への進出は鳴かず飛ばずで、年間約七千億円に上る国内タバコ事業の売り上げはいまだ大きい。わずか二百億円程度の広告費でタバコのネガティブキャンペーンを封殺できるなら安上がりだろう。
偏向記事掲載に電通が加担
「JT以外にも新聞社などメディアからの配慮を受けている企業はある」との指摘が聞こえてきそうだ。しかし、タバコを擁護する記事が意図的に掲載されているとすればどうか。最近、「典型的」(前出全国紙関係者)と指摘されているのが毎日新聞のある記事だ。
同紙一月二十八日付朝刊の記事中で「喫煙の害」ではなく「禁煙の害」を論じているくだりがあった。核心部分を引用する。
「たばことストレスの関係に関しては、異論が出てくることも予想されるが、『禁煙によってストレスが高じてしまうほどの状態になるのなら、無理して禁煙するストレスの害の方が大きい』」
このコメントの主は順天堂大学医学部・奥村康特任教授だ。医学の専門家による「禁煙しないほうがいい」という趣旨の発言を掲載したのである。紙面一ページの三分の二ほどを占めた当該記事は巧妙に構成されていた。全体の趣旨は「健康維持に神経ストレスが見逃されており、ストレスが強ければ、脳や体は疲れ果てる」というものだ。そこに「喫煙によるストレス解消という効能」を巧妙に潜り込ませたのだ。
都内の広告関係者によると、「JTは電通を通じて、どんな派手な広告よりも一本の記事の方が読者に浸透することを学んでいる。そのため、こうした記事を書かせるために広告を出している」という。
実際、毎日新聞には一月以降、ほぼ毎月のようにJTの広告が掲載されている。新聞業界はたばこの商品広告の掲載を自粛し、通常は企業広告を掲載するのが常だが、四月十日付の毎日新聞に載ったJTの広告は大胆にも主力商品の「MEVIUS」の商品広告だった。
二匹目のどじょうを狙ったのだろう、「産経新聞にも電通を通してJTのイメージを向上するような記事掲載の要請がきている」(前出全国紙関係者)という。それを受けてか、産経は「JTが分煙コンサルティング 喫煙者と非喫煙者の共存目指す」(三月十八日付)との記事を掲載した。
JTが電通とタッグを組んで偏向記事掲載を迫っている疑いは濃厚だ。新聞が圧力に屈し、広告主に魂まで売って記事を書くようでは、肝心要の読者に見限られるだけではないか。
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