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経済

《経営者東京裁判》前田 晃伸(みずほFG元社長) 

銀行のモラルを消失させた「疫病神」

2019年11月号公開

 みずほフィナンシャルグループ(FG)幹部らが「疫病神」の存在に怯えている。前田晃伸―。二〇〇二年四月富士銀行、第一勧業銀行、日本興業銀行の旧三行を再編してグループが新始動して以来、社長・会長として八年間トップの座に君臨、一一年二月からは閣僚ポストである委員長を除き五人で構成される国家公安委員会のメンバーの一人として名を連ねる。その公安委員としての任期が今月二十一日で満了となり、一部で何やら〝復帰〟を策すかのような動きもちらつきはじめているからだ。

 再任の芽も無論、ゼロではない。国家公安委員は学界、官界、法曹界、マスコミ界、経済界をそれぞれ代表する形で選ばれるが、現委員のうち、総合研究大学院大学理事・副学長の長谷川眞理子は再任だ。歴代経済界代表をみても永野重雄、平岩外四ら五人は二期十年にわたって委員をつとめている。ただ前々任の安崎暁(コマツ元社長)は一期五年で交代。前任の葛西敬之(JR東海代表取締役名誉会長)も同じく五年で退いた。それに前田は今年一月二日で満七十一歳。「再任となると、二期目を終える頃には七十六歳になってしまう。年齢からいっても再任はない」と政府筋は言い切る。

 みずほ銀行(BK)が一三年秋に起こした暴力団など反社会的勢力への融資事件も再任の妨げとなる。公安委員は特別職の公務員。任命には衆参両院の同意を得る必要があるが、「暴力団排除を担う警察行政を監督する立場の公安委員の出身母体が、実は暴力団と関わりを持っていたとあっては示しがつかない。本来なら、事件が発覚した時にきっぱりと辞任すべきだった」との声は与党内にも燻っているからだ。

 ただそうなると退任する前田の〝老後〟の面倒をどこがみることになるのか。現在、前田のみずほでの肩書はFG名誉顧問。報酬は得ていない。専ら約二千万円とされる国家公安委員としての俸給と、一二年六月に就任した肥後銀行の社外監査役としての報酬(六百万円前後)に依存しているとされ、退任後の大幅な年収のダウンは避けられない。「それじゃ困るからグループで何らかの受け皿を用意しろとねじ込まれたら、国家公安委員という公職までつとめあげた元トップをことさら邪険に扱うわけにもいかず、少々厄介なことになりかねない」。BK関係者の一人は警戒する。



 だが、前田が社長・会長時代にみずほで繰り広げてきた罪や失態は枚挙に暇がない。再編直後の大規模システム障害や一兆円奉加帳増資に、旧BKの頭取だった工藤正の解任事件。発生当時は特別顧問に退いていたとはいえ、東日本大震災時の二度目のシステム大障害も、元はといえば「IT投資を後回しにして老朽化を放置し続けた」(BK幹部)前田の不作為の罪がもたらしたものだ。そんな輩がどのような形であれ、復活することなど許されるハズもなかろう。

 横領や詐欺など相次ぐ不祥事、横行するパワハラ・セクハラ、旧三行の内部抗争やさらには三大メガバンクで最低の収益力……。前田が遺したこうした幾多の負の遺産がいまも重くのし掛かるみずほで、中でもその「究極の大罪」(FG関係者)とされているのがみずほコーポレート銀行(CB、当時)頭取、齋藤宏の悪行の数々を「一切、不問に付したこと」(同)だ。

 〇八年九月のリーマンショック後の〇九年三月期決算。みずほはメガバンクで最悪の最終赤字に陥った。三菱UFJフィナンシャル・グループが二千五百六十九億円、三井住友フィナンシャルグループが三千七百三十四億円のそれぞれ最終赤字だったのに対し、みずほは五千八百八十八億円。齋藤がスタンドプレーに走って打ち出したCBの『投資銀行宣言』。このキャッチコピーを真に受ける形で、証券化商品などリスクの高い資産への投資に血道を上げていたところに大クラッシュに見舞われ、損失が膨らんだためだ。

 その損失を少しでも穴埋めしようと齋藤が手を染めたのが半ば禁じ手ともいえる、CB保有の持ち合い株売却による益出し。一方でこれを何らとがめだてすることなく、「見て見ぬフリをして目をつぶった」(FG幹部)のが前田だ。だが、持ち合い株は売却後に買い戻さなければならず、一連の取引でCBの保有株の簿価は大幅に上昇。株価下落に対するみずほの耐性は一気に劣化した。

「当時、CB行員の間でも何故トップの責任を問わないのかといった声が渦巻いていた。なのに前田はそれをことごとく無視、最後は何もなかったことにしてうやむやにしてしまった」。グループ幹部の一人はこう振り返って、いまも怒りの表情を浮かべる。

 そのリーマンショックのひと月前のこと。齋藤が巻き起こしたのが「路チュー」事件だ。民放の女性記者と深夜、路上でキスを交わしているところをカメラで狙われ、写真週刊誌で報じられたのだ。株式を公開している大手行のトップとして最高度の規範と節度が求められているにもかかわらず、それを踏み外したばかりか、恥を満天下に晒すという、まさに前代未聞とも呼べる破廉恥事件。本来なら即刻、辞表を書かせてもおかしくないところだが、前田はこれも「プライベートな問題ですから」として片付け、苦言を呈することさえしなかった。

 これで図に乗ったのか。齋藤は事件のほとぼりも冷めやらぬ三カ月後の十月、米ワシントンで開かれたIMF(国際通貨基金)総会に今度は夫人同伴で堂々と出席。列席したあるメガバンク幹部によると「臆するところや悪びれた様子は微塵もなかった」という。「出る方も出る方なら、出す方も出す方」。現地の金融関係者らはこう呆れ返ってもいたらしい。



 そしてこうした事件や出来事を経て、みずほ内部で決定的に壊れてしまったものがある―モラルだ。そりゃそうだろう。トップがやりたい放題やって損失を出そうが、不道徳な行為に及ぼうが何ら責任を問われないとあっては、行員の倫理観など形成されるハズもない。頻発する不祥事やパワハラ・セクハラなどはまさにモラル崩壊を物語る典型的な事象だろう。それを猖獗させた前田をFG関係者が「大罪人」として弾劾するのも当たり前だ。

 一方で白日の下に晒してしまったのが、憐れなまでのガバナンスの不在ぶりだ。とりわけそれに激怒したのが金融庁。一時はみずほ解体論も飛び交ったほど。このことが一〇年五月の前田ら3トップへの事実上の退陣勧告へとつながっていった。

 そんな前田が「国民の良識を代表する者」が資格となっているハズの国家公安委員のポストにありつけたのは、経団連会長もつとめた同郷の先輩、御手洗冨士夫キヤノン会長兼社長の後ろ盾によるものだ。しかも歴代委員は「国に対する顕著な功績があった」として、叙勲の栄に浴するのがほぼ慣例らしい。だとしたら前田を推した御手洗の罪もまた、限りなく重いといえようか。(敬称略)  【2016年2月号掲載】


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