東京ガス「規制改革潰し」の悪辣
利用者裏切り「暴利」を貪る
2016年1月号公開
ガス業界の盟主、東京ガスの評判がすこぶる悪い。二〇一七年のガス小売全面自由化の制度設計では、役所や委員を籠絡して議論を都合よく誘導し、新規参入者の立場にある電力業界の不評を買っているほか、電力小売全面自由化に向けたアライアンス交渉では、自陣営の中小ガス会社に対してガスの「玉(ぎょく)」を人質に引き留め工作を繰り広げ、身内であるガス業界からも不満の声が上がっている。かつて“公家集団”と呼ばれた面影はなく、ぎらついた本性を剝き出しにしつつある。
嫌な話はすべて蹴る「長男」
「いつまで牛歩戦術を続けるつもりか」。地方の大手電力関係者がこう憤るのは、経済産業省のガスシステム改革小委員会におけるガス業界の姿勢だ。
ガス改革小委員会はガス小売全面自由化の詳細を決める重要な審議会だが、これまでの議論でも結論めいたものは一向に示さずにいる。代表格はガス小売全面自由化実施日だろう。誰もが電力小売全面自由化の一年後、つまり一七年四月一日だと考えているにもかかわらず、それは決まっていないことになっている。ガス小売全面自由化が実施されるまでの期間、電力会社はガス会社の攻勢に晒されるだけになるため、先延ばしされればされるほど、電力会社の傷口は広がっていく。
ガス改革小委員会におけるガス業界の影響力は絶大だ。ある有識者は「ガスは役所が弱すぎる」と嘆く。ここでいう役所とは、ガス業界を所管する経済産業省資源エネルギー庁だ。例えば石油や電力は部署数も多く、人員も豊富だが、ガスは一つの部署だけで対応しており、業界と闘う戦力が圧倒的に乏しい。それは審議会の人選にも表れている。ガス改革小委員会には、一部の委員を除き、ガス側の人間がオブザーバーとしてずらりと並んでいる。
冒頭の電力関係者は、審議会を手玉に取ったガス業界が遅延行為をしていると指摘する。本来、審議会は役所が事務局案を示し、その賛否はどうあれ、何らかの結論を示すのが筋だ。だが、ガス改革小委員会はガス業界が「受け入れられない」と一言発言すれば、それだけで結論は持ち越されてしまう。ガス業界にとって嫌な話はすべて蹴ることが、事実上できるというわけだ。
ガス業界、と言った時に、それはガス会社全体ではなく、東京ガスを意味する。東日本大震災前は電力業界=東京電力だったのと同じ図式だが、ガスではより東京ガスの色合いが強い。
その理由は業界首位の「長男」である両社に続く、「次男」「三男」との格差だ。例えば売上高(一四年度連結)は、電力業界であれば上から順に東京電力が六兆八千二十四億円、関西電力が三兆四千六十億円、中部電力が三兆一千三十六億円であり、次男は長男のざっと半分、次男と三男は拮抗している。これがガス業界だと、売上高は上から順に東京ガスが二兆二千九百二十五億円で、続く大阪ガスがその半分の一兆五千二百八十一億円。ここまではいいが、三男坊となると、東邦ガスの五千八百九億円で、格差は一気に広がる。
ガス業界がガス全体ではないことを浮き彫りにしたのが、二重導管規制を巡る議論だ。これはガス会社の供給区域で他社が導管を引けないという悪法だが、これまでのガス改革小委員会で東京ガスは何度も緩和議論を潰しにかかった。
この東京ガスのやり方を苦々しく思っていたのは、対抗馬の本命である電力会社だけではない。同じガス会社で唯一、東京ガスに口が利ける大阪ガスも同様だ。二重導管に規制をかけたままでは、事業エリアが重なる東京電力どころか、ほかのガス会社も東京ガスのエリアに入っていけないからだ。
十二月某日、ガス改革小委員会のメンバーは、非公式の会合を開いた。国民の知ることができないこの秘密会議で、二重導管を含む重要事項はすべて、東京ガスに有利となる方向性が固められた。会合後、委員会のメンバーには、東京ガス関係者との懇親の場が設けられたといわれる。こうして東京ガスは裏で糸を引き、ガス小売全面自由化の骨抜きを画策している。一方で、電力小売全面自由化に向けた準備は抜かりなく進めているというのだから始末が悪い。
ガス事業における「東日本支配」
「やられた」。十一月二十四日、東京ガスの発表内容を聞いた東京電力幹部は、思わず舌打ちをしたという。東京ガスはこの日、中小のガス会社五社と電力小売のアライアンス締結を発表。会見場には東京ガスの広瀬道明社長だけでなく、アライアンス先のガス会社の社長五人も顔をそろえた。
この顔ぶれを見てはらわたが煮えくり返ったのは、国際石油開発帝石も同じだろう。五社はそれぞれ、東京電力や国際石油開発帝石と、直前まで電力小売アライアンスの交渉をしていたからだ。東京ガスはこれらの動きを察知し、見事に五社を横取りしてみせた。
アライアンス交渉はどことやろうが自由であり、営業活動の成果と言えばそれまでだ。だが、問題はそのやり口にある。東京ガスは五社にガスを卸供給している。ガスを自ら調達できない五社にとって、それは文字通り生命線だ。東京ガスはその事情を十分に知った上で、彼らに圧力をかけた。
本来、東京ガスにとってみればガスを買ってもらっている五社は大事な客のはずだ。だが、会見では、五社は一様に東京ガスの阿諛追従の徒を演じた。東京ガスにとって、玉の売り先は客ではなく、ただの子分に過ぎない―そんないびつな関係を物語る風景だ。
卸供給先という関係の中小ガス会社をまるで自分の持ち物のように扱う姿勢に対して、他社が穏やかであるはずがない。地方の大手都市ガス関係者は「目に入るおもちゃは全部自分のもの。まさに長男気質」と東京ガスを揶揄する。
公家集団の化けの皮が剝がれた東京ガスが何を考えているのか。そのヒントは、七月三十日の発表に隠されている。東京ガスは東北電力と電力小売事業の共同会社設立を発表。主に北関東圏で電力小売ビジネスを展開するとぶち上げた。多くの関係者は「東北電力がついに東京電力エリアに進出する」と見たが、実態は異なる。東京ガスが東北電力の電源を借り、アキレス腱だった電源の拡充を図るという見方も、また、一面に過ぎない。
東京ガスが東北電力と組む本当の目的は、ガス事業における東日本支配だ。東北地方では東北電力が三十二万キロリットルのLNG基地を計画しており、パイプラインさえつながれば、東北の玉を関東でさばくことも可能になる。つながっていないのは今だけだ。東京ガスは東北電力を利用して、東北でLNG基地と広範囲な導管網を持つ仙台市ガス局の買収を目論み、自らも東へ東へとパイプラインを延ばしている。
東北電力が東京ガスとの件で、東京電力に仁義を切りに来た際、東電の廣瀬直己社長は不快感をあらわにしたという。廣瀬社長の脳裏には、東北電力が攻め込んでくる薄っぺらな未来ではなく、東日本のエネルギーを牛耳るまでに成長した「えせ公家集団」の姿が浮かんだのかもしれない。
©選択出版
嫌な話はすべて蹴る「長男」
「いつまで牛歩戦術を続けるつもりか」。地方の大手電力関係者がこう憤るのは、経済産業省のガスシステム改革小委員会におけるガス業界の姿勢だ。
ガス改革小委員会はガス小売全面自由化の詳細を決める重要な審議会だが、これまでの議論でも結論めいたものは一向に示さずにいる。代表格はガス小売全面自由化実施日だろう。誰もが電力小売全面自由化の一年後、つまり一七年四月一日だと考えているにもかかわらず、それは決まっていないことになっている。ガス小売全面自由化が実施されるまでの期間、電力会社はガス会社の攻勢に晒されるだけになるため、先延ばしされればされるほど、電力会社の傷口は広がっていく。
ガス改革小委員会におけるガス業界の影響力は絶大だ。ある有識者は「ガスは役所が弱すぎる」と嘆く。ここでいう役所とは、ガス業界を所管する経済産業省資源エネルギー庁だ。例えば石油や電力は部署数も多く、人員も豊富だが、ガスは一つの部署だけで対応しており、業界と闘う戦力が圧倒的に乏しい。それは審議会の人選にも表れている。ガス改革小委員会には、一部の委員を除き、ガス側の人間がオブザーバーとしてずらりと並んでいる。
冒頭の電力関係者は、審議会を手玉に取ったガス業界が遅延行為をしていると指摘する。本来、審議会は役所が事務局案を示し、その賛否はどうあれ、何らかの結論を示すのが筋だ。だが、ガス改革小委員会はガス業界が「受け入れられない」と一言発言すれば、それだけで結論は持ち越されてしまう。ガス業界にとって嫌な話はすべて蹴ることが、事実上できるというわけだ。
ガス業界、と言った時に、それはガス会社全体ではなく、東京ガスを意味する。東日本大震災前は電力業界=東京電力だったのと同じ図式だが、ガスではより東京ガスの色合いが強い。
その理由は業界首位の「長男」である両社に続く、「次男」「三男」との格差だ。例えば売上高(一四年度連結)は、電力業界であれば上から順に東京電力が六兆八千二十四億円、関西電力が三兆四千六十億円、中部電力が三兆一千三十六億円であり、次男は長男のざっと半分、次男と三男は拮抗している。これがガス業界だと、売上高は上から順に東京ガスが二兆二千九百二十五億円で、続く大阪ガスがその半分の一兆五千二百八十一億円。ここまではいいが、三男坊となると、東邦ガスの五千八百九億円で、格差は一気に広がる。
ガス業界がガス全体ではないことを浮き彫りにしたのが、二重導管規制を巡る議論だ。これはガス会社の供給区域で他社が導管を引けないという悪法だが、これまでのガス改革小委員会で東京ガスは何度も緩和議論を潰しにかかった。
この東京ガスのやり方を苦々しく思っていたのは、対抗馬の本命である電力会社だけではない。同じガス会社で唯一、東京ガスに口が利ける大阪ガスも同様だ。二重導管に規制をかけたままでは、事業エリアが重なる東京電力どころか、ほかのガス会社も東京ガスのエリアに入っていけないからだ。
十二月某日、ガス改革小委員会のメンバーは、非公式の会合を開いた。国民の知ることができないこの秘密会議で、二重導管を含む重要事項はすべて、東京ガスに有利となる方向性が固められた。会合後、委員会のメンバーには、東京ガス関係者との懇親の場が設けられたといわれる。こうして東京ガスは裏で糸を引き、ガス小売全面自由化の骨抜きを画策している。一方で、電力小売全面自由化に向けた準備は抜かりなく進めているというのだから始末が悪い。
ガス事業における「東日本支配」
「やられた」。十一月二十四日、東京ガスの発表内容を聞いた東京電力幹部は、思わず舌打ちをしたという。東京ガスはこの日、中小のガス会社五社と電力小売のアライアンス締結を発表。会見場には東京ガスの広瀬道明社長だけでなく、アライアンス先のガス会社の社長五人も顔をそろえた。
この顔ぶれを見てはらわたが煮えくり返ったのは、国際石油開発帝石も同じだろう。五社はそれぞれ、東京電力や国際石油開発帝石と、直前まで電力小売アライアンスの交渉をしていたからだ。東京ガスはこれらの動きを察知し、見事に五社を横取りしてみせた。
アライアンス交渉はどことやろうが自由であり、営業活動の成果と言えばそれまでだ。だが、問題はそのやり口にある。東京ガスは五社にガスを卸供給している。ガスを自ら調達できない五社にとって、それは文字通り生命線だ。東京ガスはその事情を十分に知った上で、彼らに圧力をかけた。
本来、東京ガスにとってみればガスを買ってもらっている五社は大事な客のはずだ。だが、会見では、五社は一様に東京ガスの阿諛追従の徒を演じた。東京ガスにとって、玉の売り先は客ではなく、ただの子分に過ぎない―そんないびつな関係を物語る風景だ。
卸供給先という関係の中小ガス会社をまるで自分の持ち物のように扱う姿勢に対して、他社が穏やかであるはずがない。地方の大手都市ガス関係者は「目に入るおもちゃは全部自分のもの。まさに長男気質」と東京ガスを揶揄する。
公家集団の化けの皮が剝がれた東京ガスが何を考えているのか。そのヒントは、七月三十日の発表に隠されている。東京ガスは東北電力と電力小売事業の共同会社設立を発表。主に北関東圏で電力小売ビジネスを展開するとぶち上げた。多くの関係者は「東北電力がついに東京電力エリアに進出する」と見たが、実態は異なる。東京ガスが東北電力の電源を借り、アキレス腱だった電源の拡充を図るという見方も、また、一面に過ぎない。
東京ガスが東北電力と組む本当の目的は、ガス事業における東日本支配だ。東北地方では東北電力が三十二万キロリットルのLNG基地を計画しており、パイプラインさえつながれば、東北の玉を関東でさばくことも可能になる。つながっていないのは今だけだ。東京ガスは東北電力を利用して、東北でLNG基地と広範囲な導管網を持つ仙台市ガス局の買収を目論み、自らも東へ東へとパイプラインを延ばしている。
東北電力が東京ガスとの件で、東京電力に仁義を切りに来た際、東電の廣瀬直己社長は不快感をあらわにしたという。廣瀬社長の脳裏には、東北電力が攻め込んでくる薄っぺらな未来ではなく、東日本のエネルギーを牛耳るまでに成長した「えせ公家集団」の姿が浮かんだのかもしれない。
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