《経営者東京裁判》榊原 定征(経団連第十三代会長)
破廉恥きわまる「安倍の小間使い」
2016年1月号公開
安倍(晋三)政権の小間使い―口さがない財界スズメの間からはこんなさえずりも聞こえてくる。経団連第十三代会長、榊原定征(東レ相談役最高顧問)のことだ。
昨年十二月十六日に決まった与党の二〇一六年度税制改正大綱を巡る反応はまさにその面目躍如たるものとでもいえようか。経済同友会代表幹事の小林喜光(三菱ケミカルホールディングス会長)、日本商工会議所会頭の三村明夫(新日鐵住金相談役名誉会長)が「社会保障財源の不足、対象品目の線引きや事業者の混乱などの問題は何も解決しておらず、大変残念だ」などとして一七年四月の消費増税時からの軽減税率導入を揃って批判したのに対し、榊原は「低所得者への負担軽減と個人消費の減退防止を優先させた施策であると受け止める」と、媚びへつらってみせたのだ。
論理も破綻している。低所得者の負担軽減と個人消費減退防止を優先させた施策だというのなら、そもそも消費増税そのものがナンセンスといえるからだ。今年夏の参議院議員選挙で公明党の協力を得るための安倍政権による集票対策に過ぎないことは、人口に膾炙しているところだろう。
榊原は当初、軽減税率について小林、三村と平仄を合わせる形で「導入反対」を唱えていた。十月十三日の定例会長会見でも「消費税一〇%への引き上げ時には単一税率にすべきで、複数税率には反対だ。その最大の理由は中小事業者の事務負担が膨大になること。低所得者対策としては何らかの簡易な給付措置で対応すべきだ」などと訴えていた。
ところが翌十四日、安倍が官邸に自民党税制調査会会長の宮沢洋一を呼んで軽減税率の導入検討を直接指示したとの情報が伝わると途端に態度を一変。「決めるのは政府。政府が導入するというのであればやむを得ない」として容認論へと「豹変」(日商幹部)した。財界関係者によると当時、経団連内部には「票稼ぎ目当ての政治に付き合わされるのは御免だ」として、是々非々の立場から導入反対の姿勢を貫くよう求める意見もあったとされるが、榊原は意に介する様子もなかったという。
「決めるのは政府だとして時の政権に唯々諾々と従うだけというのなら政策提言などまったく無意味。経団連の存在価値すらない。会員企業から高額の会費を集め、多数の事務局職員を雇ってまで組織を維持していく必要などなく、基本財産を取り崩してさっさと解散してしまえばいい」。経団連OB首脳の一人も語気を強めてこう批判する。
*
税制改正ばかりではない。日本経済再生本部の下で十月からはじまった「未来投資に向けた官民対話」でも、榊原の小間使いぶりはいかんなく発揮された。安倍が「新三本の矢」で掲げたGDP六百兆円。その達成に必要とされる名目三%超の経済成長率の確保に向け、政権側が企業の賃上げと設備投資拡大を求めたのに対し、榊原は十一月二十六日開かれた第三回会合で「(一六年春闘では会員企業に)賃上げ三%を意識しながら、一五年を上回る水準を期待すると呼びかけたい」と明言。設備投資についても法人税減税や規制改革が進めば、といった前提条件を付けつつも、「三年後の一八年に十兆円増える」(一五年度予測値は七十一・六兆円)などとする見通しを示したのである。「内部留保課税」をちらつかせながら人的・物的投資の拡大を迫る安倍の"恫喝"に「いとも易々と屈した」(財界関係者)格好だ。
だが、賃金改定交渉はいわゆる「労使自治」が原則だ。これに国が、しかも三年連続で介入することには財界内部ばかりか、賃上げの恩恵を受けるハズの労組内部にも強い違和感が漂う。設備投資にしても、大手メーカー首脳の一人は「そもそも潜在成長率がゼロ近辺でしかない国で、巨額の投資をしようなどと考えている経営者がいるとしたら、余程の馬鹿か身の程知らず。なのに十兆円増えるなどと腰だめにも近いような数字をコミットするなんて無定見の極み」と切り捨てる。
「希望を生み出す強い経済(GDP六百兆円)」「夢をつむぐ子育て支援(出生率一・八)」「安心につながる社会保障(介護離職ゼロ)」。安倍が「新三本の矢」を打ち出した九月、榊原は「経団連ビジョンと軌を一にしている」として諸手を挙げて賛同した。しかしこれらは「矢」ではなく、すべて「的」だ。本来なら、的を射抜くための具体的な戦略と政策を示せと政権に迫るのが、かつては「財界総理」とさえ呼ばれた経団連会長の見識と器というものなのだろうが、どうやら榊原は安倍のご機嫌をとることくらいしか念頭にないらしい。
そしてこうした政権盲従による弊害と定見のなさを無様なまでに露呈してしまったのが、就活スケジュールを巡る度重なる変更と混乱だろう。大学三年生の十二月一日採用(広報)活動開始、四年生の四月一日選考活動解禁となっていたこれまでの指針「採用選考に関する企業の倫理憲章」を一五年からそれぞれ三月一日、八月一日に後ろ倒ししたものだが、五カ月にもわたって会社説明会が延々と続いたことで就活生らは疲弊。人材獲得で他社に出し抜かれることを恐れた企業による掟破りも続出し、中堅企業のなかには東証一部上場でも採用枠を大きく割り込む企業も現れた。そこで焦った榊原が打ち出したのが就活スケジュールの再変更だ。一七年春入社分から選考活動解禁を六月一日に、今度は前倒しするのだという。
「そもそもスケジュールの後ろ倒しは政府からの(学生が学業に集中できるようにしてほしいという)要請に対応したもの。一三年十一月に政府や関係四省庁から正式な書状を持って要請があり、必ずしも経団連が希望したスケジュール変更ではなく、懸念もあったが、受け入れた」。十一月の記者会見でこう弁明して責任回避に終始したが、この発言こそ「まさに馬脚を現した」というべきだろう。希望した変更ではなく、懸念もあるのなら身を挺してでも阻止することこそが見識と呼べるからだ。
*
榊原は横須賀生まれの愛知県美浜町育ち。名古屋大学大学院工学研究科修了後、東レに入社した。同社社長・会長を務め中興の祖といわれた前田勝之助の秘書を務めたことがきっかけとなって頭角を現し、経営企画室長、技術センター所長などを経てトップにのぼりつめた。しかし周辺筋によると「手堅い技術屋で、大胆な決断ができるタイプではない」という。そんな榊原に経団連会長という役回りが巡ってきたのは、有力後継候補に次々と峻拒されて困り果てた前会長、米倉弘昌(住友化学相談役)の「泣き落とし」(事情通)によるとされている。
安倍政権との確執に翻弄され、「史上最低の経団連会長」と酷評された米倉からすれば、いまや「前会長をさらに下回る」(財界OB首脳)と揶揄される榊原の存在に内心、「してやったり」の気分だろう。(敬称略)
©選択出版
昨年十二月十六日に決まった与党の二〇一六年度税制改正大綱を巡る反応はまさにその面目躍如たるものとでもいえようか。経済同友会代表幹事の小林喜光(三菱ケミカルホールディングス会長)、日本商工会議所会頭の三村明夫(新日鐵住金相談役名誉会長)が「社会保障財源の不足、対象品目の線引きや事業者の混乱などの問題は何も解決しておらず、大変残念だ」などとして一七年四月の消費増税時からの軽減税率導入を揃って批判したのに対し、榊原は「低所得者への負担軽減と個人消費の減退防止を優先させた施策であると受け止める」と、媚びへつらってみせたのだ。
論理も破綻している。低所得者の負担軽減と個人消費減退防止を優先させた施策だというのなら、そもそも消費増税そのものがナンセンスといえるからだ。今年夏の参議院議員選挙で公明党の協力を得るための安倍政権による集票対策に過ぎないことは、人口に膾炙しているところだろう。
榊原は当初、軽減税率について小林、三村と平仄を合わせる形で「導入反対」を唱えていた。十月十三日の定例会長会見でも「消費税一〇%への引き上げ時には単一税率にすべきで、複数税率には反対だ。その最大の理由は中小事業者の事務負担が膨大になること。低所得者対策としては何らかの簡易な給付措置で対応すべきだ」などと訴えていた。
ところが翌十四日、安倍が官邸に自民党税制調査会会長の宮沢洋一を呼んで軽減税率の導入検討を直接指示したとの情報が伝わると途端に態度を一変。「決めるのは政府。政府が導入するというのであればやむを得ない」として容認論へと「豹変」(日商幹部)した。財界関係者によると当時、経団連内部には「票稼ぎ目当ての政治に付き合わされるのは御免だ」として、是々非々の立場から導入反対の姿勢を貫くよう求める意見もあったとされるが、榊原は意に介する様子もなかったという。
「決めるのは政府だとして時の政権に唯々諾々と従うだけというのなら政策提言などまったく無意味。経団連の存在価値すらない。会員企業から高額の会費を集め、多数の事務局職員を雇ってまで組織を維持していく必要などなく、基本財産を取り崩してさっさと解散してしまえばいい」。経団連OB首脳の一人も語気を強めてこう批判する。
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税制改正ばかりではない。日本経済再生本部の下で十月からはじまった「未来投資に向けた官民対話」でも、榊原の小間使いぶりはいかんなく発揮された。安倍が「新三本の矢」で掲げたGDP六百兆円。その達成に必要とされる名目三%超の経済成長率の確保に向け、政権側が企業の賃上げと設備投資拡大を求めたのに対し、榊原は十一月二十六日開かれた第三回会合で「(一六年春闘では会員企業に)賃上げ三%を意識しながら、一五年を上回る水準を期待すると呼びかけたい」と明言。設備投資についても法人税減税や規制改革が進めば、といった前提条件を付けつつも、「三年後の一八年に十兆円増える」(一五年度予測値は七十一・六兆円)などとする見通しを示したのである。「内部留保課税」をちらつかせながら人的・物的投資の拡大を迫る安倍の"恫喝"に「いとも易々と屈した」(財界関係者)格好だ。
だが、賃金改定交渉はいわゆる「労使自治」が原則だ。これに国が、しかも三年連続で介入することには財界内部ばかりか、賃上げの恩恵を受けるハズの労組内部にも強い違和感が漂う。設備投資にしても、大手メーカー首脳の一人は「そもそも潜在成長率がゼロ近辺でしかない国で、巨額の投資をしようなどと考えている経営者がいるとしたら、余程の馬鹿か身の程知らず。なのに十兆円増えるなどと腰だめにも近いような数字をコミットするなんて無定見の極み」と切り捨てる。
「希望を生み出す強い経済(GDP六百兆円)」「夢をつむぐ子育て支援(出生率一・八)」「安心につながる社会保障(介護離職ゼロ)」。安倍が「新三本の矢」を打ち出した九月、榊原は「経団連ビジョンと軌を一にしている」として諸手を挙げて賛同した。しかしこれらは「矢」ではなく、すべて「的」だ。本来なら、的を射抜くための具体的な戦略と政策を示せと政権に迫るのが、かつては「財界総理」とさえ呼ばれた経団連会長の見識と器というものなのだろうが、どうやら榊原は安倍のご機嫌をとることくらいしか念頭にないらしい。
そしてこうした政権盲従による弊害と定見のなさを無様なまでに露呈してしまったのが、就活スケジュールを巡る度重なる変更と混乱だろう。大学三年生の十二月一日採用(広報)活動開始、四年生の四月一日選考活動解禁となっていたこれまでの指針「採用選考に関する企業の倫理憲章」を一五年からそれぞれ三月一日、八月一日に後ろ倒ししたものだが、五カ月にもわたって会社説明会が延々と続いたことで就活生らは疲弊。人材獲得で他社に出し抜かれることを恐れた企業による掟破りも続出し、中堅企業のなかには東証一部上場でも採用枠を大きく割り込む企業も現れた。そこで焦った榊原が打ち出したのが就活スケジュールの再変更だ。一七年春入社分から選考活動解禁を六月一日に、今度は前倒しするのだという。
「そもそもスケジュールの後ろ倒しは政府からの(学生が学業に集中できるようにしてほしいという)要請に対応したもの。一三年十一月に政府や関係四省庁から正式な書状を持って要請があり、必ずしも経団連が希望したスケジュール変更ではなく、懸念もあったが、受け入れた」。十一月の記者会見でこう弁明して責任回避に終始したが、この発言こそ「まさに馬脚を現した」というべきだろう。希望した変更ではなく、懸念もあるのなら身を挺してでも阻止することこそが見識と呼べるからだ。
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榊原は横須賀生まれの愛知県美浜町育ち。名古屋大学大学院工学研究科修了後、東レに入社した。同社社長・会長を務め中興の祖といわれた前田勝之助の秘書を務めたことがきっかけとなって頭角を現し、経営企画室長、技術センター所長などを経てトップにのぼりつめた。しかし周辺筋によると「手堅い技術屋で、大胆な決断ができるタイプではない」という。そんな榊原に経団連会長という役回りが巡ってきたのは、有力後継候補に次々と峻拒されて困り果てた前会長、米倉弘昌(住友化学相談役)の「泣き落とし」(事情通)によるとされている。
安倍政権との確執に翻弄され、「史上最低の経団連会長」と酷評された米倉からすれば、いまや「前会長をさらに下回る」(財界OB首脳)と揶揄される榊原の存在に内心、「してやったり」の気分だろう。(敬称略)
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