住友生命・明治安田が「狂気」のM&A
米生保「超高値買収」で大損リスク
2015年9月号公開
「トム・マッラ最高経営責任者(CEO)らは経営で素晴らしい実績をあげ、株主に多大な利益をもたらした」。米投資会社バークシャー・ハザウェイを率いる著名投資家、ウォーレン・バフェット氏はその日(八月十一日)、在米報道機関などにこんなコメントを寄せ、いたくご満悦だったという。
そりゃそうだろう。バークシャー傘下のファンドを通じて約一七%を保有している生命保険会社、シメトラ・フィナンシャル(ワシントン州)株を一株当たり三十二ドル(五十セントの特別配当を除く)、過去一カ月間の平均株価に三二%超のプレミアムを乗せ、しかもキャッシュで買ってくれる「お人よし」(事情通)が現れたのだから。住友生命保険―で、総額になおすと三十七億三千二百万ドル、邦貨換算(当時)で約四千六百六十六億円を投じる。
海外M&Aブームで高騰する日本企業の買収プレミアム。三割強くらいの上乗せ価格なら一見、妥当にも見えるが、シメトラの株価はニューヨーク証券取引所(NYSE)に二〇一〇年、一株十二ドルで上場して以来、一三年六月初旬まで十五ドル未満で底を這っていた。それが「身売り観測」(NYSE関係者)や相場全体の地合いの良さに引きずられる形でじりじりと値を上げていただけで、「感覚的に言えば倍近いプレミアム」(現地筋)といった声も飛ぶ。
それでもシメトラの米国市場での存在感や位置づけが確たるものであれば買収価値はあるのだろう。が、それもどことなく疑問符がつく。「(一定以上の医療費の支払いを保障する)メディカル・ストップ・ロス保険で全米五位、銀行窓販向け定額年金保険で三位の実力」とされてはいるものの、生保業界全体でみれば四十五位にとどまっているからだ。総資産も三百四十億ドル(一五年六月末時点)と、日本円で四兆二千五百億円ほど。国内十四位の朝日生命以下に過ぎない。
住生はバブル崩壊以降、資産運用利回りが契約者に約束した予定利率を下回る、いわゆる〝逆ザヤ〟に苦しめられてきた。それを一五年三月期でようやく解消したばかり。この間、契約者配当も日本生命など競合他社と劣後する水準に留め置かれてきただけに既契約者の間からは「買収に四千六百億円超もの大金を使うのなら保険料を下げるか、もっと配当を増やせ」といった不満の声もあがる。
「単なる衝動買いではないか」
そんな住生にもまして「高値摑み」(生保業界筋)と揶揄されているのが七月、スタンコープ・ファイナンシャル・グループ(オレゴン州)の買収を決めた明治安田生命保険だ。何しろプレミアムは過去一カ月の平均株価に対して四九・九%、純資産対比では二・二四倍にのぼる。このディールに総額四十九億九千七百万ドル、約六千二百四十六億円を注ぎ込もうというのだから「尋常ではない」(メガバンク関係者)。
「団体保険分野では全米トップクラス」。自身が国内団保市場で首位とあって、そのシナジーを謳う意味もあったのだろう。明治安田は会見でこう買収先の存在感の高さを強調して価値の妥当性を強調してみせたが、何のことはない。生保市場全体でみると、スタンコープは四十一位で、団保に限っても八位止まりだ。しかもシェアは、首位のメットライフの十分の一程度のわずか三・六%。「それを『トップクラス』と言い張るとは、明治安田さんもいい根性している」。三井生命の買収を決め、保険料収入で首位を奪い返そうとしている日本生命幹部は皮肉まじりにこう憫笑する。
こうした高額買収劇には、ここにきて住友、三菱両財閥グループ内部でも「単なる衝動買いではないか」(三井住友銀行関係者)といった手厳しい批判が漏れる。昨年六月に全米三十六位の生保、プロテクティブ・ライフ・コーポレーションの買収を発表、今年二月に手続きを完了させた第一生命の動きに触発され、「面子や対抗心からこうなったらどこでもいいや、とばかりに(アドバイザーとなっている)米投資銀行の言い値を丸呑みしたり、つまらない身売り情報に飛びついたりしたのでは」というわけだ。
実際スタンコープ買収を巡っては、同社経営陣から米マスコミ向けに「当社から相手先を探したことはなかったが、明治安田の提案内容が良かった」といったコメントが流されたほど。要するにほとんど一方的ともいえる求愛だったことになる。どうりで高くつくハズだ。
確かに住生、明治安田首脳陣が少なからず焦燥感に駆られていたことは分からぬでもない。少子高齢化の煽りで、国内生保市場はこれまで大手生保が得意としてきた好採算の死亡保障商品を中心にジリ貧が続いているからだ。その点、約六十六兆円の規模を持ち、なお着実に成長を続ける米国市場に橋頭堡を確保することができれば、生保という業態からいって、安定収益基盤を得られることになる。
しかも今年四月には「これ以上、第一生命に好き勝手はさせない」とばかりに、ガリバー日本生命が「一兆五千億円」という巨額の投資枠を設定してM&Aに乗り出す方針を表明。他社を圧伏する構えを剝き出しにしている。「ウチも何か早く手を打たなければ取り残される」といった思いもあったのだろう。
幸か不幸か、足元の業績は好調だ。株高に円安も重なり、企業からの配当収入が増え、外国債券の運用による利息収入なども水膨れしている。手元資金も潤沢だ。「多少値が張っても、いまのうちなら……」との安易な打算もなかったとは言えまい。
既契約者のメリットは判然とせず
だが、割高な買収金額にはこの際目をつぶるにしても、株式会社形態を採っている第一生命と異なり、「相互扶助」を理念とし、非営利法人として位置づけられている相互会社による米社買収が既契約者一人ひとりにとってどのようなメリットがあり、どのようにプラスに働くのかはいま一つ判然としない。富国生命幹部の一人も「M&Aにうつつを抜かすよりも、きめ細かい保障を提供した独自商品やサービスメニューの開発などで契約者の支持を得ることの方を最優先すべきではないか」と疑問を投げかける。
まして規模は小さいながらも豪州をはじめとした海外でM&Aを繰り返し、じっくりと外国企業運営のノウハウを積んだ後、プロテクティブ買収という大型ディールに打って出た第一に対し、住生・明治安田はこれまで中国・ASEANや東欧の生保に少額出資を試みてきただけ。今回が事実上、初めてともいえる本格的な海外展開だ。両社では本体から一定数の取締役を派遣するものの、いずれも「買収先の経営陣を残留させてオペレーションに当たらせる」(明治安田関係者)としているが、そんなことで果たして十分に経営監視や企業統治が機能するだろうか。
被買収先二社とも目下、安定収益を上げているとはいっても、為替変動リスクや景気変動リスクなどと無縁ではない。なかでもスタンコープは運用資産の四割近くが商業用モーゲージローン。高い授業料を払うことになる恐れもありそうだ。
そりゃそうだろう。バークシャー傘下のファンドを通じて約一七%を保有している生命保険会社、シメトラ・フィナンシャル(ワシントン州)株を一株当たり三十二ドル(五十セントの特別配当を除く)、過去一カ月間の平均株価に三二%超のプレミアムを乗せ、しかもキャッシュで買ってくれる「お人よし」(事情通)が現れたのだから。住友生命保険―で、総額になおすと三十七億三千二百万ドル、邦貨換算(当時)で約四千六百六十六億円を投じる。
海外M&Aブームで高騰する日本企業の買収プレミアム。三割強くらいの上乗せ価格なら一見、妥当にも見えるが、シメトラの株価はニューヨーク証券取引所(NYSE)に二〇一〇年、一株十二ドルで上場して以来、一三年六月初旬まで十五ドル未満で底を這っていた。それが「身売り観測」(NYSE関係者)や相場全体の地合いの良さに引きずられる形でじりじりと値を上げていただけで、「感覚的に言えば倍近いプレミアム」(現地筋)といった声も飛ぶ。
それでもシメトラの米国市場での存在感や位置づけが確たるものであれば買収価値はあるのだろう。が、それもどことなく疑問符がつく。「(一定以上の医療費の支払いを保障する)メディカル・ストップ・ロス保険で全米五位、銀行窓販向け定額年金保険で三位の実力」とされてはいるものの、生保業界全体でみれば四十五位にとどまっているからだ。総資産も三百四十億ドル(一五年六月末時点)と、日本円で四兆二千五百億円ほど。国内十四位の朝日生命以下に過ぎない。
住生はバブル崩壊以降、資産運用利回りが契約者に約束した予定利率を下回る、いわゆる〝逆ザヤ〟に苦しめられてきた。それを一五年三月期でようやく解消したばかり。この間、契約者配当も日本生命など競合他社と劣後する水準に留め置かれてきただけに既契約者の間からは「買収に四千六百億円超もの大金を使うのなら保険料を下げるか、もっと配当を増やせ」といった不満の声もあがる。
「単なる衝動買いではないか」
そんな住生にもまして「高値摑み」(生保業界筋)と揶揄されているのが七月、スタンコープ・ファイナンシャル・グループ(オレゴン州)の買収を決めた明治安田生命保険だ。何しろプレミアムは過去一カ月の平均株価に対して四九・九%、純資産対比では二・二四倍にのぼる。このディールに総額四十九億九千七百万ドル、約六千二百四十六億円を注ぎ込もうというのだから「尋常ではない」(メガバンク関係者)。
「団体保険分野では全米トップクラス」。自身が国内団保市場で首位とあって、そのシナジーを謳う意味もあったのだろう。明治安田は会見でこう買収先の存在感の高さを強調して価値の妥当性を強調してみせたが、何のことはない。生保市場全体でみると、スタンコープは四十一位で、団保に限っても八位止まりだ。しかもシェアは、首位のメットライフの十分の一程度のわずか三・六%。「それを『トップクラス』と言い張るとは、明治安田さんもいい根性している」。三井生命の買収を決め、保険料収入で首位を奪い返そうとしている日本生命幹部は皮肉まじりにこう憫笑する。
こうした高額買収劇には、ここにきて住友、三菱両財閥グループ内部でも「単なる衝動買いではないか」(三井住友銀行関係者)といった手厳しい批判が漏れる。昨年六月に全米三十六位の生保、プロテクティブ・ライフ・コーポレーションの買収を発表、今年二月に手続きを完了させた第一生命の動きに触発され、「面子や対抗心からこうなったらどこでもいいや、とばかりに(アドバイザーとなっている)米投資銀行の言い値を丸呑みしたり、つまらない身売り情報に飛びついたりしたのでは」というわけだ。
実際スタンコープ買収を巡っては、同社経営陣から米マスコミ向けに「当社から相手先を探したことはなかったが、明治安田の提案内容が良かった」といったコメントが流されたほど。要するにほとんど一方的ともいえる求愛だったことになる。どうりで高くつくハズだ。
確かに住生、明治安田首脳陣が少なからず焦燥感に駆られていたことは分からぬでもない。少子高齢化の煽りで、国内生保市場はこれまで大手生保が得意としてきた好採算の死亡保障商品を中心にジリ貧が続いているからだ。その点、約六十六兆円の規模を持ち、なお着実に成長を続ける米国市場に橋頭堡を確保することができれば、生保という業態からいって、安定収益基盤を得られることになる。
しかも今年四月には「これ以上、第一生命に好き勝手はさせない」とばかりに、ガリバー日本生命が「一兆五千億円」という巨額の投資枠を設定してM&Aに乗り出す方針を表明。他社を圧伏する構えを剝き出しにしている。「ウチも何か早く手を打たなければ取り残される」といった思いもあったのだろう。
幸か不幸か、足元の業績は好調だ。株高に円安も重なり、企業からの配当収入が増え、外国債券の運用による利息収入なども水膨れしている。手元資金も潤沢だ。「多少値が張っても、いまのうちなら……」との安易な打算もなかったとは言えまい。
既契約者のメリットは判然とせず
だが、割高な買収金額にはこの際目をつぶるにしても、株式会社形態を採っている第一生命と異なり、「相互扶助」を理念とし、非営利法人として位置づけられている相互会社による米社買収が既契約者一人ひとりにとってどのようなメリットがあり、どのようにプラスに働くのかはいま一つ判然としない。富国生命幹部の一人も「M&Aにうつつを抜かすよりも、きめ細かい保障を提供した独自商品やサービスメニューの開発などで契約者の支持を得ることの方を最優先すべきではないか」と疑問を投げかける。
まして規模は小さいながらも豪州をはじめとした海外でM&Aを繰り返し、じっくりと外国企業運営のノウハウを積んだ後、プロテクティブ買収という大型ディールに打って出た第一に対し、住生・明治安田はこれまで中国・ASEANや東欧の生保に少額出資を試みてきただけ。今回が事実上、初めてともいえる本格的な海外展開だ。両社では本体から一定数の取締役を派遣するものの、いずれも「買収先の経営陣を残留させてオペレーションに当たらせる」(明治安田関係者)としているが、そんなことで果たして十分に経営監視や企業統治が機能するだろうか。
被買収先二社とも目下、安定収益を上げているとはいっても、為替変動リスクや景気変動リスクなどと無縁ではない。なかでもスタンコープは運用資産の四割近くが商業用モーゲージローン。高い授業料を払うことになる恐れもありそうだ。
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