《世界のキーパーソン》ライオネル・バーバー(英FT紙編集長)
日経とは「正反対」の編集方針を守る
2015年8月号公開
東京発の経済ニュースが世界のメディアをにぎわせている。東芝の醜態に続き、日本経済新聞社が英フィナンシャル・タイムズ(F
T)紙を買収した。英国で何より賞賛されたのは、一千六百億円をポンと支払う日経の気前の良さ。デイリー・テレグラフ紙の「最高のニュースは買収額の高さ」という見出しには、我が新聞にもこんな鷹揚なオーナーが登場しないものかという、やっかみがにじんだ。
日経の買収額は、ドイツのアクセル・シュプリンガー社を二百億円近く上回り、親会社「ピアソン」が手を焼いていた年金制度も引き受けた。その上で、FT本社ビルやFTが持つエコノミスト誌の株は除外されたのだから、「ピアソンが飛びつかないわけがない」(在ロンドン金融筋)。教育事業が主力のピアソンはここ数年、FTの扱いに頭を悩ませていた。
英国紙の部数は日刊全国紙の合計で今春、約七百万部まで減少した。前年比で五十万の減少。一九八〇年代のピーク時の半分以下だ。その頃はサンとデイリー・ミラーの二紙だけで七百万を超えていた。
FTの部数も二十一世紀初頭には五十万弱だったのが、今は英国で二十万超。全世界でも四十万超だが、オンライン有料購読者は七十五万に迫る。この強力なコンテンツが、日経経営陣に巨額の出費を決断させた。
バーバーは二〇〇五年に同紙編集長に就任して以来、ジョン・リディングCEOとの二人三脚で、「オンライン化」を強力に進めた。ネット上でカネを払って購読してもらうためには、速報性や使いやすさ、コンパクトな記事など、通常のプリント媒体とは全く違う特徴が必要だ。その上でニュースを掘り下げ、国際報道や独自調査にも力を入れ、同紙を「グローバル・エリート」仕様に変えていった。
六十歳のバーバーは、ロンドン出身。オックスフォード大を卒業後、地方紙からスタートしてFTに加わった。若いころから記者仲間の尊敬を集め、ブリュッセル支局長や米国版編集責任者を歴任。ブッシュ(子)大統領が欧州歴訪の際、バーバーに「欧州のことを教えてくれ」と頼んだのは有名だ。
そんな編集長の下では、記者たちが取材力や文章力を競う風潮が強まる。ピンク色の紙から英国で「ピンコ」と呼ばれたFTは、英紙の中で飛びぬけた「編集の独立性」を確立していった。バーバーは「記者の中の記者」であり、彼の時事評論や書評は読みごたえたっぷりで、まさにその日の売り物記事になっている。
こんな新聞を、日経はどうするのか。英国内では、日経がFTの編集に介入するとの懸念はほとんどない。日経の英業界での評価は、「株式指標以外では、ほとんど知られていない」「首脳陣は全く無名」「完全ドメスティック」「FTとは中身が全然違う」「経済界のPR機関」などで一致する。日経の英語事業の不振ぶりが報じられる一方、喜多恒雄会長が言う「グローバル戦略」が何かは伝えられてもいない。
英国は、ロールス・ロイス(独BMW傘下)など名門ブランドを海外に売り渡すことでは長い歴史がある。外国人が所有者というのは、英国人には慣れっこなのだ。
むしろ心配は安倍政権。甘利明元経産相の「(買収で)日本経済の事情が正確に発信できる」との発言は、「FT編集部を嫌な気持ちにさせただろう」(エコノミスト誌)と、英国で厳しく論評された。マスコミを宣伝機関のようにしか考えない政治家と、それに追従する各社。これが日本の評判をいかに貶めるか。そろそろ誰かが知恵をつける頃ではないか。
T)紙を買収した。英国で何より賞賛されたのは、一千六百億円をポンと支払う日経の気前の良さ。デイリー・テレグラフ紙の「最高のニュースは買収額の高さ」という見出しには、我が新聞にもこんな鷹揚なオーナーが登場しないものかという、やっかみがにじんだ。
日経の買収額は、ドイツのアクセル・シュプリンガー社を二百億円近く上回り、親会社「ピアソン」が手を焼いていた年金制度も引き受けた。その上で、FT本社ビルやFTが持つエコノミスト誌の株は除外されたのだから、「ピアソンが飛びつかないわけがない」(在ロンドン金融筋)。教育事業が主力のピアソンはここ数年、FTの扱いに頭を悩ませていた。
英国紙の部数は日刊全国紙の合計で今春、約七百万部まで減少した。前年比で五十万の減少。一九八〇年代のピーク時の半分以下だ。その頃はサンとデイリー・ミラーの二紙だけで七百万を超えていた。
FTの部数も二十一世紀初頭には五十万弱だったのが、今は英国で二十万超。全世界でも四十万超だが、オンライン有料購読者は七十五万に迫る。この強力なコンテンツが、日経経営陣に巨額の出費を決断させた。
バーバーは二〇〇五年に同紙編集長に就任して以来、ジョン・リディングCEOとの二人三脚で、「オンライン化」を強力に進めた。ネット上でカネを払って購読してもらうためには、速報性や使いやすさ、コンパクトな記事など、通常のプリント媒体とは全く違う特徴が必要だ。その上でニュースを掘り下げ、国際報道や独自調査にも力を入れ、同紙を「グローバル・エリート」仕様に変えていった。
六十歳のバーバーは、ロンドン出身。オックスフォード大を卒業後、地方紙からスタートしてFTに加わった。若いころから記者仲間の尊敬を集め、ブリュッセル支局長や米国版編集責任者を歴任。ブッシュ(子)大統領が欧州歴訪の際、バーバーに「欧州のことを教えてくれ」と頼んだのは有名だ。
そんな編集長の下では、記者たちが取材力や文章力を競う風潮が強まる。ピンク色の紙から英国で「ピンコ」と呼ばれたFTは、英紙の中で飛びぬけた「編集の独立性」を確立していった。バーバーは「記者の中の記者」であり、彼の時事評論や書評は読みごたえたっぷりで、まさにその日の売り物記事になっている。
こんな新聞を、日経はどうするのか。英国内では、日経がFTの編集に介入するとの懸念はほとんどない。日経の英業界での評価は、「株式指標以外では、ほとんど知られていない」「首脳陣は全く無名」「完全ドメスティック」「FTとは中身が全然違う」「経済界のPR機関」などで一致する。日経の英語事業の不振ぶりが報じられる一方、喜多恒雄会長が言う「グローバル戦略」が何かは伝えられてもいない。
英国は、ロールス・ロイス(独BMW傘下)など名門ブランドを海外に売り渡すことでは長い歴史がある。外国人が所有者というのは、英国人には慣れっこなのだ。
むしろ心配は安倍政権。甘利明元経産相の「(買収で)日本経済の事情が正確に発信できる」との発言は、「FT編集部を嫌な気持ちにさせただろう」(エコノミスト誌)と、英国で厳しく論評された。マスコミを宣伝機関のようにしか考えない政治家と、それに追従する各社。これが日本の評判をいかに貶めるか。そろそろ誰かが知恵をつける頃ではないか。
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