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連載

本に遇う 連載183

ピーターの法則と朝日
河谷 史夫

2015年3月号

 戦前戦中の朝日新聞ベルリン特派員として名声を馳せた守山義雄は、若いときから才筆を謳われていたが、記事作法の骨法を聞かれて、「思った通り、見たまま書けばよろしいねん」と答えている。

 しかしナチ圧政下のドイツ第三帝国から「見た通り、思った通り」に書いた記事を送れるはずはなく、表現に工夫を凝らした「守山特派員電」は、それが分かる人に「行間を読め」と言われたという。

「見た通り」の記事は、治安維持法下の日本でも無理であった。

 一九三三年二月二十日、小林多喜二が東京は赤坂における街頭連絡の途中捕まり、その夜特高の拷問によって虐殺された。

 警視庁は異例の厳戒態勢を取り、通夜への弔問客を片っ端から検束した。遺体の帰された杉並馬橋の自宅へは誰も寄せつけない。警視庁七社会の記者連中も追い返される。そんな状況下、朝日新聞社会部の門田勲だけが奇跡的に家まで行き着いた。とにかく現場を見る。それは記者の初手である。

「よく来られましたね」と家の人たちが驚いた。「角の巡査が教えてくれました」と答え・・・