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経済

《企業研究》日本生命

「王座陥落」ぬるま湯経営の罪と罰

2015年3月号公開

その差は一千百八十七億円から二千六百三十億円へと、わずか三カ月の間に一千四百億円超も広がった。

 二月十三日に出揃った大手生保四社の二〇一四年度第3四半期(3Q、一四年四~十二月)決算。第一生命保険が前年同期比二五・一%増となる三兆九千四百六十億円の保険料収入をたたき出したのに対し、日本生命保険は同四・五%増の三兆六千八百三十億円にとどまり、この上期(同四~九月)に戦後初めて同収入ランキングで日生を上回った第一が、ライバルにさらに水を開ける形で業界首位の座を堅持したのだ。

「余程の僥倖でもない限り最早、今期中に再び首位を奪い返すことなど不可能。自分の在職中によもや第一の背中を見る日がくるなんて頭の片隅にすら思い浮かばなかった」

 日生幹部の一人は王座陥落の悲哀を前にがっくりと肩を落とす。

 折しも決算発表二週間前の二月一日には第一が五十五億五千四百万ドルの巨費を投じて昨年から進めてきた米国中堅生保グループ、プロテクティブ・ライフ・コーポレーション(アラバマ州)の買収・完全子会社化が完了。一五年度決算からはプロテクティブが稼ぎ出す年間四千億円規模の保険料収入が第一に上乗せされる。日生がこのまま手を拱いていれば、今後も首位・第一、二位・日生といった業界勢力図が固定化しかねない情勢だ。


逆転の最大要因は「銀行窓販」


 およそ二年前の一二年度、日生は五兆三千六百六十六億円の保険料収入を計上している。これに対して第一は三兆六千四百六十八億円。両社の間には一兆七千億円余にものぼる開きが生じていた。それが何故、短期間にむざむざ逆転を許すハメになったのか。最大の要因となったのが、第一が約八年前に分社化して設立した銀行窓販専門子会社、第一フロンティア生命を通じて展開する外貨建て個人年金保険の爆発的なヒットだ。

 円預金より高い利回りを狙える商品で、主に豪ドル建て国債などで運用。これが日銀による異次元緩和の始まった一三年四月以降、一気にブームに火がついた。保険料は一括払いだから、月額平準払いが基本の定期付き終身保険などと比べ、倍々ゲームのように保険料収入が増える。

 実際、一四年度3Qまでの第一フロンティアの保険料収入は一兆四千百八十五億円。一二年度3Q実績の三千二百十四億円に比べて四・四一倍にも達する凄まじい伸びだ。

 この間、日生は「窓販商品は浮き沈みが激しいのであまり力を入れてやりたくない」(関係者)などとして、ほぼ沈黙したまま。いまでは第一が全体の保険料収入の三七%前後を窓販で稼ぎ出しているのに対し、日生は九%前後にとどまる。これでは首位陥落も当たり前か。

 確かにかつての変額年金保険などが辿った道のように窓販商品は浮沈リスクが高い。第一フロンティアの外貨建て個人年金保険にしても、円金利が上昇すれば途端に顧客離れが始まり、解約が殺到するといった危険性は否めない。また円高に転じれば為替差損が生じて巨額の損失を抱え込むといった事態も起こり得よう。

 だが、顧客のニーズが存在するところに、それにマッチした商品をタイムリーに供給していくというのは、ビジネスを勝ち抜くための要諦だ。

「日本最大に拘っている当社としては看過できない」。首位を滑り落ちることになった一四年度上期決算の会見の席上、日生の児島一裕常務執行役員はこう息巻いてみせたが、首位に安住するあまり、顧客のニーズやライバルの動向を見誤ってきた自らの失態をまずは責めるべきだろう。

 業界筋の間では「日生は過去、銀行が優越的地位を利用して保険商品を売るようになれば業界秩序が崩壊しかねないなどとして窓販解禁に難色を示し続けてきた。その手前、掌を返したように派手な窓販商戦を繰り広げるわけにもいかず、自己規制してきたフシもある」として、何やら日生同情論らしきものも燻ぶっているという。

 しかし、日生の過去の主張は裏返せば、銀行という強力な販売の担い手が登場することで、業界盟主として地位や自前の販売チャネルである営業職員チャネルが脅かされるのを恐れただけのこと。銀行窓販という成長性を秘めたビークルが目の前に転がっているにもかかわらず、飛び乗るのに二の足を踏み続けてきたのだとしたら、やがてはしっぺ返しを食らうことになったとしても仕方あるまい。


蟻の一穴から全戦線の崩壊へ


 もっとも、さすがに首位からころげ落ちてみれば、尻に火が付き、悠長に構えてもいられなくなったのだろう。

 関係者によれば、日生社内ではすでに今夏に第一と同様に豪ドルなど外貨建ての年金保険商品を銀行窓販用に投入して捲土重来を期す方針を決めたようだ。さらにこれまた第一と同じく、機動性確保を狙った窓販部門の分社化や既存の窓販型生保の買収といった巻き返し策も練っている模様だ。

 二月に入って、りそなホールディングス(HD)が求めていた出資要請に応じる意向を固めたのも窓販対策。りそなHDがなお抱えている公的資金の実質肩代わり返済を担うことで恩を売り、その傘下にあるりそな銀行、埼玉りそな銀行や近畿大阪銀行の窓口で日生が開発した保険商品を取り扱ってもらおうというわけだ。

 とはいえ新たに投入する窓販商品に果たして顧客が目を向けてくれるかは利回りや元本保証の度合いなど商品性次第。また仮に商品性に魅力があっても、銀行側がそれを積極的に販売してくれるかどうかは、銀行に支払う販売手数料の多寡にかかってくる。手数料が安ければ、銀行は人的コストを割いてまで熱心に売ってはくれず、逆に高過ぎては身を削る。「売れ過ぎてしまった時に抱え込む運用面などのリスクも膨大」(明治安田生命幹部)だ。

 それに分社化もすぐに効果が出るとは考えにくい。M&Aも相手があってのこと。ましてりそなHDへの出資には、すでに同社株の二・三%を保有して〇七年から提携関係にある第一も「応じるハラを決めている」(関係者)。しかも追加出資で第一は持ち株比率五%を超える筆頭株主に浮上する模様。資本の論理からいえば、第一の意向が優先され、日生は単なる安定株主の一人で終わりかねない。巻き返し策が功を奏するかは「未知数」(金融筋)だ。

 生保会社は典型的なストックビジネス。規模の利益と長年の保険契約の蓄積がモノを言う世界だ。仮に日生が年間保険料収入で第一の後塵を拝することになってしまったとしても無論、その盟主として地位までもが直ちに揺らぐわけではない。総資産や保有契約高、さらに生保本業の収益力を示す基礎利益などほとんどの指標ではなお日生がダントツともいえる首位を保っているからだ。

 第一の連結総資産四十一兆円超に対して日生は六十一兆円強。今回第一が買収したプロテクティブ社分を加えても、なお十兆円前後の差がついている。生保経営の主柱ともいえる個人保険の保有契約高も第一の百二十八兆円余に対し、日生は百四十七兆円超でその差は二十兆円近くもある。基礎利益も日生が一四年度3Qで前年同期比一二・〇%増の四千三百九十八億円を確保したのに対し、第一は日生を上回る伸び率を達成しながらも三千四百十七億円と八割の水準にとどまる。

 実際、日生グループ内には「保険料収入という局地戦でちょっと負けたからといって騒ぎ立てるのは、大げさ」(中堅幹部)といった声も少なくない。だが、〝蟻の一穴〟ともいう。国内ビール商戦でアサヒビールに首位を譲ったキリンビールが利益水準や財務体質でも次々とアサヒに劣後し、いまや事実上、業界三位にまで転落してしまったように、局地戦での一つの躓きが引き金となって、ついには全戦線が崩壊してしまうことは歴史的に見ても決して珍しいことではあるまい。


戦略眼の乏しさと無為無策ぶり


 そして日生にもその兆しはのぞく。個人保険の新規契約高が伸び悩み、従って保有契約高の長期低落傾向に一向に歯止めがかからないのだ。一四年度3Qも新規契約高は五兆四千二百五十億円と前年同期比でわずか一・一%の伸びに終わり、件数ベースではむしろ三百三十一万件余と同七・八%の落ち込み。3Q末の保有契約高は同二・四%目減りした。十年前の水準からは何と四割以上も縮小してしまった計算になる。

 こうしたジリ貧状態を何とか打開しようと、筒井義信社長ら首脳陣が一二年度からスタートさせたのが、いままさに最終年度を終えつつある中期三カ年経営計画「みらい創造プロジェクト」だ。主契約に特約を付加した従来型のパッケージを十一種類に分けて単品化した新主力商品「みらいのカタチ」(一二年四月投入)と営業職員用に新開発したIT端末「REVO」を武器に、新規契約の販売量増大と保有契約高・件数の反転増を目指そうという意欲的な計画だった。

 ところが―「みらいのカタチ」の契約件数が百万件を突破した初年度こそ新規契約高が前年度比一八・八%も伸び、つれて保有契約件数が十七年ぶりに増加に転じたものの、保有契約高は同三・七%減少。それどころか翌一三年度に入ると、新規契約高まで同九・三%ダウンと再び失速。保有契約高は同三・五%減の百五十兆八千五百四十五億円と一段と落ち込んでしまう。「死亡保障商品の国内マーケットはほぼ飽和状態。新規契約といってもその多くが既存契約からのいわば『転換』で、保有契約高そのものを反転させるほどの起爆剤としてはまったくの力不足だった」(日生関係者)というわけなのだ。

 無論、こうした現象は日生に限ったことではない。他の大手生保も個人保険の保有契約高を少なからず後退させている。しかし、だからこそ第一は貯蓄性商品が主体で成長余力の高い窓販分野へと軸足をある程度シフトすることにしたのだろう。なのに、そんな市場の潮流を認識として受け止められず、ジリ貧に歯止めをかけられなかったばかりか、ここにきて保険料収入で第一に抜き去られたとあっては、その戦略眼の乏しさと無為無策ぶりを咎め立てされたとしても首脳陣としては申し開きはできまい。


「契約者の利益」につながらぬ経営


 国内のマーケットが成熟してしまったというのであれば、グローバルマーケットに打って出る術を探るというのは、いわば常道だろう。今回買収したプロテクティブ社を筆頭に第一が海外でのM&Aに血眼になってきたのもある意味「理に適った戦略」(メガバンク幹部)だ。だが、日生の動きはこの点でも明確な戦略があるとは言い難い。

 確かに一一年におけるリライアンス・グループ(インド)との資本提携をはじめ海外企業へのアプローチを重ねてはいる。昨年十月にはインドネシアの企業グループ、グヌン・セウ・ケンカナの傘下にある生保、セクイスライフへの四百三十億円出資にも踏み切った。

 しかし日生の海外企業への一連の資本投下はほとんどがマイナー出資だ。リライアンス・グループとの提携も、傘下のリライアンス・ライフなど二社への各二六%出資のみ。セクイスライフの持ち株比率も二〇%に過ぎない。M&Aが被買収先の経営権を掌握して、その利益成長を取り込むということに目的があるとすれば「何とも中途半端で、間延びしたともいえるやり方」(業界筋)ではないか。

「相互会社のグローバル戦略は『契約者の利益に資するかどうか』が基本。ステップバイステップで進める」。現中期経営計画を始動させるにあたって、筒井社長はマスコミ紙誌などでのインタビューでこう語っている。おっしゃる通りだろう。利益追求を目的とし、株式会社形態へと転換した第一と、「相互扶助」を理念とする相互会社形態を採り続ける日生とは自ずと路線は異なって当然だ。だが、「契約者の利益」というのなら、海外企業へのマイナー出資がこれまでどれほど契約者の懐を潤すことにつながってきたのか、具体的に説明し、開示する必要がある。

 保険料収入で第一に抜き去られたことが本音では余程こたえたのか、それとも悔しかったのか、眠っていた闘争心に火を付けたのか。関係者によると、どうやら筒井社長は一五年度からスタートさせる次期中期経営計画では「ステップバイステップ」としてきたグローバル戦略を一変させる腹積もりのようだ。今年の社員向けの年頭あいさつでは「グループ全体の収益拡大に向け、海外での保険事業に積極的に取り組む」と明言。チャンスがあれば海外でのマジョリティー出資にも躊躇しないとの意向も打ち出しているらしい。

 だが、市場による規律づけや監視の目の行き届きづらい相互会社という温室に長年閉じこもってきた日生に、海外企業の経営を切り盛りできるようなグローバル人材が一体どこまで育っているのだろうか。下手をすれば大火傷を負いかねない。


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