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連載

本に遇う 連載179

アベノミクスの虚妄
河谷 史夫

2014年11月号

 経済のことは分からない。分かりたくもないのである。株価や為替変動のからくりも知らない。知りたくもないのである。人生は短く、為すべきことは他にある。それぞれその道の玄人に任せておけばいいと思ってやってきた。

「経済のことは、この池田にお任せください」と濁声で話す首相がいた。池田勇人である。

 欧州へ行きどこかの大統領に「トランジスターの商人か」と陰口を叩かれたというがなかなかの政治家だった。乱暴な言動もあったけれど正直の裏返しで、風貌に似ず、「寛容と忍耐」を標榜し、料亭に行かず、ゴルフをやらず、「低姿勢」を守った。後を襲った佐藤栄作の腹黒そうな顔つきより好ましかった。佐藤とは御免蒙るが、池田となら酒を呑めただろう。

 六〇年安保を強行した岸信介の後を受けた池田の一枚看板は「所得倍増」だった。十年間に月給を倍にするというのだ。「私は噓は申しません」は流行語になった。

 朝日新聞で政治部の駆け出しだった石川真澄が突っ掛かった。

「月給二倍論なんておっしゃいますがね、ぼくら、ベアはあ・・・