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連載

追想 バテレンの世紀 連載103

いよいよオランダ人釈放へ
渡辺 京二

2014年10月号

 ヤンセンが江戸に来てみると、雰囲気はがらりと変っていて、ゼーランジャ城を破壊せよなどと言う者は誰もいなかった。閣老たちは平蔵から賄いされただけでなく、彼の船に投資して利を得ていたから、彼の主張に引きずられた形だったが、平蔵亡きいま、かつての彼との関わりを揉み消そうとしているようだった。

 五月五日、ヤンセンは平戸侯松浦隆信に招かれ、彼との間に固い信頼関係を築いた。隆信は事件はすでに片づいたも同然で、駿河大納言忠長(家光の弟)の乱心一件があって、幕閣はオランダ人の処置どころではなく、回答がとどこおっているだけだから、安心していてよろしいと保証した。ヤンセンはこのころ健康を害していて、この日もやっと出かけることができた程だったが、隆信のいたわりには真情がこもっていた。彼はヤンセンの人物がよほど気に入ったらしく、二、三年日本にとどめて置きたいと思うがどうかと尋ねた。ナイエンローデは江戸を去るそうだがとも訊いているので、できればヤンセンに商舘長を継いでほしかったのである。ちなみにヤンセンの病いはその後も長引き、翌年四月熱海に湯治に出かけて、やっと快方へ向かった。
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