日清食品 「慢心経営」の綻び露わ
業界盟主から転落の日も近い
2014年10月号公開
「プレジデ~ントオブ〝ニッサ~ン〟、ミスター・コウキ・アンドー!!」。二〇一二年世界インスタントラーメンサミットの壇上で司会者が真顔で安藤宏基・日清食品ホールディングス社長をこう高らかに紹介した。「カルロス・ゴーン登場か?」と、妙な間に漏れる失笑。出席者がまばらな拍手を送るなか、苦笑を浮かべた安藤社長が「世界最大手」として壇上に立った。だが、これが即席麺の生みの親として日清が空威張りできる最後の晴れ舞台だった。
同社は直近でもインドネシアのインドフードとの合弁解消をして独自展開を発表するなど「頻繁な海外展開の報道」で市場の期待を膨らませ、株式市場も実に二十七年ぶりに上場来高値を更新した。だが、冒頭の司会者が間違えたように「ニッシン」は世界に浸透していない。海外売上高比率はいまだ一七・六%でしかなく、利益貢献も低い。「日清食品」「明星食品」「低温事業」「米州地域」「中国地域」「その他」の六事業のうち、「日清食品」が売り上げの半分を占め、営業利益二百七十七億円のうち二百五十七億円(九二・七%)を占めるという「海外のかの字もない」国内企業だ。既に営業利益では業界二位の東洋水産に二年連続で抜かれ、売上高でも射程圏内に捕らえられた。慢心の日清に、業界最大手からの転落の日が迫っている。
「自分の市場が一つもない」
二社の業績を比較しよう。日清の直近四年の売上高は三千七百四十九億円、三千八百七億円、三千八百二十八億円、四千百七十六億円。営業利益が三百四十五億円、二百六十六億円、二百三十九億円、二百七十七億円と僅かに増収しているが、利益成長はない。一方、東洋水産は売上高が三千五十九億円、三千二百九億円、三千四百四十五億円、三千七百二十二億円。営業利益は二百五十八億円、二百五十五億円、二百九十六億円、三百六億円と堅調な増収増益だ。
東洋水産の好業績は営業利益率が一七・四%に達した海外事業から来ている。同社は「水産食品」「海外即席麺」「国内即席麺」「低温食品」「加工食品」「冷蔵」「その他」の七事業を持つ。この間の増収に寄与したのは「海外即席麺」「国内即席麺」「その他」だが、特に「海外即席麺」は一一年三月期の五百一億円から七百五十四億円と五割も拡大した。営業利益三百六億円のうち「海外即席麺」が、その四二%、百三十一億円を稼いでいるのである。利益の九割が国内という日清とは何が違うのか。
「東洋水産は自分の市場を持っている。日清は一つもない。その違いだ」(業界関係者)。世界の即席麺市場は一千五十五・九億食に達した。東洋水産は市場規模世界六位(四十三・五億食)の米国でシェア六割、世界十六位(九・二億食)のメキシコで八~九割のシェアを持つ。日清は米国で二位だが、善戦しているわけではない。
「米国ではカップヌードルはたった二十円。タダ当然で、狂った市場だ」(同前)
シェア六割を握る東洋水産の前に、安売り勝負しかできないのだ。日清の既存進出国で、大きいのは米国や中国だが、利益貢献はまだ先の話だ。
「投資規模が小さい。時機を見て大型投資をしてその国の市場を拙む必要があるが、日清にはそれがない。インドネシアとインドに二十年前から、進出しているのに、鳴かず飛ばずの状況だ」(同前)
世界市場を俯瞰すると、市場規模順に一位中国、二位インドネシア、三位日本、四位ベトナム、五位インドとなる。特にインドは年率二割の成長をしており、一四年中に日本、ベトナムを超える見込みだという。逃がした魚はあまりに大きい。
海外事業で唯一の成功例と言えるのがトップシェアを持つ十位のブラジルだが、これは現地企業を味の素が買収、後に日清が出資したという経緯がある。味の素が立て直したところに、日清が乗っかったにすぎない。〝盟友〟のはずの味の素は日清から離れ、その後は東洋水産と合弁でインドとナイジェリアで事業を始めてしまった。
「安藤家のカリスマ化」が元凶
円安も追い風に、東洋水産は日清との差をさらに縮めるだろう。業界筋によると、簿価ではなく実態でみれば二社の差はすでに小さいという。売上高四千百七十六億円のうち、日清が拡販費と呼ぶ販促費が七百六十二億円、一八・二%を占める。一般的なプロモーション費用も入るが、売り場の占有争いを目的としたリベート、つまり値引きの原資であり、トンネルするお金だ。これを差し引くと
〝純〟売上高は三千四百十四億円になる。東洋水産も同様に三千七百二十二億円から販促費六百二十四億円(一六・七%)を差し引くと同三千九十八億円になる。つまり、実質的には一割以下にまで差が縮小しているのだ。
「安藤家の長男(徳隆氏)に代表権をつけたため、次男(清隆氏)活躍の場を作るため、中国に大型投資をしている。だが、五年でたった一三%しか伸びていない成熟市場で、この先も成長は見込めない。どの企業も収益が落ちている中での大型投資だ」(前出業界関係者)
日清食品は一三年世界シェアで一三・四%、同一五・二%を取った台湾の頂新国際集団に世界最大手の座を奪われた。頂新はサッポロ一番のサンヨー食品との合弁会社「康師傅」が中国大陸でシェア五割を持っているが、今や康師傅の売上高は一兆円を超えた。将来的にネスレやペプシコ級の会社になることは確実な同社と日清では勝負になるだろうか。つまり、米国の二の舞い、いや、それより無残な結果になる可能性が高い。サンヨー食品は中国、エースコックはベトナムを持っているが、日清には何もない。「創業家の事情」ばかり考えているうちに、世の中の風景は変わってしまった。
日清の行く末は、横浜みなとみらいにある「カップヌードルミュージアム」に建立された創業者・安藤百福像が象徴している。「安藤家のカリスマ化」―。これが日清の地盤沈下の元凶だ。
両社のキャッシュフローを比較しよう。日清の営業CFは直近五年の平均は三百二十九億円、投資CFで平均マイナス百七十八億円、同様に東洋水産は、二百七十九億円、マイナス二百三十億円となる。つまり、規模が小さい東洋水産のほうが投資を行っているのである。
〇七年のスティール・パートーナーズ買収騒動後、怯えた日清経営陣は株式持ち合いに走り、フリーキャッシュフローは自社株買いに注ぎ込んだ。「安藤家の防衛行動」に精を出し、今頃になって「次はアフリカだ」などと騒いでいる。同社の管理職は「安藤家に絶対忠誠を誓った者ばかり」(同前)と言う。そんな会社に未来はあるのか。
「退職金が多すぎる」
安藤百福氏と同時代を生きた東洋水産創業者の故・森和夫氏は、そう言って自身の退職金を七分の一に減額したという。東洋水産が成長したのは偶然ではない。遠からず、「銅像を祀る愚かな会社」から業界盟主の座を奪うだろう。
同社は直近でもインドネシアのインドフードとの合弁解消をして独自展開を発表するなど「頻繁な海外展開の報道」で市場の期待を膨らませ、株式市場も実に二十七年ぶりに上場来高値を更新した。だが、冒頭の司会者が間違えたように「ニッシン」は世界に浸透していない。海外売上高比率はいまだ一七・六%でしかなく、利益貢献も低い。「日清食品」「明星食品」「低温事業」「米州地域」「中国地域」「その他」の六事業のうち、「日清食品」が売り上げの半分を占め、営業利益二百七十七億円のうち二百五十七億円(九二・七%)を占めるという「海外のかの字もない」国内企業だ。既に営業利益では業界二位の東洋水産に二年連続で抜かれ、売上高でも射程圏内に捕らえられた。慢心の日清に、業界最大手からの転落の日が迫っている。
「自分の市場が一つもない」
二社の業績を比較しよう。日清の直近四年の売上高は三千七百四十九億円、三千八百七億円、三千八百二十八億円、四千百七十六億円。営業利益が三百四十五億円、二百六十六億円、二百三十九億円、二百七十七億円と僅かに増収しているが、利益成長はない。一方、東洋水産は売上高が三千五十九億円、三千二百九億円、三千四百四十五億円、三千七百二十二億円。営業利益は二百五十八億円、二百五十五億円、二百九十六億円、三百六億円と堅調な増収増益だ。
東洋水産の好業績は営業利益率が一七・四%に達した海外事業から来ている。同社は「水産食品」「海外即席麺」「国内即席麺」「低温食品」「加工食品」「冷蔵」「その他」の七事業を持つ。この間の増収に寄与したのは「海外即席麺」「国内即席麺」「その他」だが、特に「海外即席麺」は一一年三月期の五百一億円から七百五十四億円と五割も拡大した。営業利益三百六億円のうち「海外即席麺」が、その四二%、百三十一億円を稼いでいるのである。利益の九割が国内という日清とは何が違うのか。
「東洋水産は自分の市場を持っている。日清は一つもない。その違いだ」(業界関係者)。世界の即席麺市場は一千五十五・九億食に達した。東洋水産は市場規模世界六位(四十三・五億食)の米国でシェア六割、世界十六位(九・二億食)のメキシコで八~九割のシェアを持つ。日清は米国で二位だが、善戦しているわけではない。
「米国ではカップヌードルはたった二十円。タダ当然で、狂った市場だ」(同前)
シェア六割を握る東洋水産の前に、安売り勝負しかできないのだ。日清の既存進出国で、大きいのは米国や中国だが、利益貢献はまだ先の話だ。
「投資規模が小さい。時機を見て大型投資をしてその国の市場を拙む必要があるが、日清にはそれがない。インドネシアとインドに二十年前から、進出しているのに、鳴かず飛ばずの状況だ」(同前)
世界市場を俯瞰すると、市場規模順に一位中国、二位インドネシア、三位日本、四位ベトナム、五位インドとなる。特にインドは年率二割の成長をしており、一四年中に日本、ベトナムを超える見込みだという。逃がした魚はあまりに大きい。
海外事業で唯一の成功例と言えるのがトップシェアを持つ十位のブラジルだが、これは現地企業を味の素が買収、後に日清が出資したという経緯がある。味の素が立て直したところに、日清が乗っかったにすぎない。〝盟友〟のはずの味の素は日清から離れ、その後は東洋水産と合弁でインドとナイジェリアで事業を始めてしまった。
「安藤家のカリスマ化」が元凶
円安も追い風に、東洋水産は日清との差をさらに縮めるだろう。業界筋によると、簿価ではなく実態でみれば二社の差はすでに小さいという。売上高四千百七十六億円のうち、日清が拡販費と呼ぶ販促費が七百六十二億円、一八・二%を占める。一般的なプロモーション費用も入るが、売り場の占有争いを目的としたリベート、つまり値引きの原資であり、トンネルするお金だ。これを差し引くと
〝純〟売上高は三千四百十四億円になる。東洋水産も同様に三千七百二十二億円から販促費六百二十四億円(一六・七%)を差し引くと同三千九十八億円になる。つまり、実質的には一割以下にまで差が縮小しているのだ。
「安藤家の長男(徳隆氏)に代表権をつけたため、次男(清隆氏)活躍の場を作るため、中国に大型投資をしている。だが、五年でたった一三%しか伸びていない成熟市場で、この先も成長は見込めない。どの企業も収益が落ちている中での大型投資だ」(前出業界関係者)
日清食品は一三年世界シェアで一三・四%、同一五・二%を取った台湾の頂新国際集団に世界最大手の座を奪われた。頂新はサッポロ一番のサンヨー食品との合弁会社「康師傅」が中国大陸でシェア五割を持っているが、今や康師傅の売上高は一兆円を超えた。将来的にネスレやペプシコ級の会社になることは確実な同社と日清では勝負になるだろうか。つまり、米国の二の舞い、いや、それより無残な結果になる可能性が高い。サンヨー食品は中国、エースコックはベトナムを持っているが、日清には何もない。「創業家の事情」ばかり考えているうちに、世の中の風景は変わってしまった。
日清の行く末は、横浜みなとみらいにある「カップヌードルミュージアム」に建立された創業者・安藤百福像が象徴している。「安藤家のカリスマ化」―。これが日清の地盤沈下の元凶だ。
両社のキャッシュフローを比較しよう。日清の営業CFは直近五年の平均は三百二十九億円、投資CFで平均マイナス百七十八億円、同様に東洋水産は、二百七十九億円、マイナス二百三十億円となる。つまり、規模が小さい東洋水産のほうが投資を行っているのである。
〇七年のスティール・パートーナーズ買収騒動後、怯えた日清経営陣は株式持ち合いに走り、フリーキャッシュフローは自社株買いに注ぎ込んだ。「安藤家の防衛行動」に精を出し、今頃になって「次はアフリカだ」などと騒いでいる。同社の管理職は「安藤家に絶対忠誠を誓った者ばかり」(同前)と言う。そんな会社に未来はあるのか。
「退職金が多すぎる」
安藤百福氏と同時代を生きた東洋水産創業者の故・森和夫氏は、そう言って自身の退職金を七分の一に減額したという。東洋水産が成長したのは偶然ではない。遠からず、「銅像を祀る愚かな会社」から業界盟主の座を奪うだろう。
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