不運の名選手たち 56
高塚信幸(野球選手)憧れの甲子園に捧げた「右肩」
2014年8月号
「ばちっとはまった」のは、本番三日前だった。
一九九六年春、選抜高校野球大会は、智辯和歌山高校の高塚信幸の大会となった。
「開幕前の練習試合で、試行錯誤を続けていたフォームが、ようやくかたまった。そこからは、ホンマ、とんとん拍子でしたね」
甲子園デビューとなった一回戦の鵬翔高校戦は、ダイナミックなオーバーハンドから自己最速となる百四十三キロをマーク。3―0で二安打完封勝利を挙げる。
「気持ちよかったですね。絶対打たれへんと思ってましたから」
突然現れた大器に、プロ野球のスカウト陣が色めき立った。身長百八十センチ、体重七十七キロ。堂々とした体默に、三年生と勘違いするスカウトもいたが、高塚はまだ二年生だった。
その後、二回戦、準々決勝、準決勝と一人で投げきり、決勝の鹿児島実業高校戦は、四日連続の先発登板となった。さすがに体が悲鳴を上げていた。
「朝、体がいうことをきかず、なかなか起き上がれなかった」
腕の筋・・・
一九九六年春、選抜高校野球大会は、智辯和歌山高校の高塚信幸の大会となった。
「開幕前の練習試合で、試行錯誤を続けていたフォームが、ようやくかたまった。そこからは、ホンマ、とんとん拍子でしたね」
甲子園デビューとなった一回戦の鵬翔高校戦は、ダイナミックなオーバーハンドから自己最速となる百四十三キロをマーク。3―0で二安打完封勝利を挙げる。
「気持ちよかったですね。絶対打たれへんと思ってましたから」
突然現れた大器に、プロ野球のスカウト陣が色めき立った。身長百八十センチ、体重七十七キロ。堂々とした体默に、三年生と勘違いするスカウトもいたが、高塚はまだ二年生だった。
その後、二回戦、準々決勝、準決勝と一人で投げきり、決勝の鹿児島実業高校戦は、四日連続の先発登板となった。さすがに体が悲鳴を上げていた。
「朝、体がいうことをきかず、なかなか起き上がれなかった」
腕の筋・・・